第4話 異世界多勢無勢

 ――ぶしゃあああああああっ!


 さっそく血飛沫が上がった。ゴルガスが部下を粛清したのである。

 ゴルガスの武器は、斧の刃に鎖を通したものだ。

 それをぶん回して飛ばし、数人の首が飛んだのである。


「声が小さいわ! 腹から声を出せい、腹から!」


 ゴルガスが大喝すると、モヒカンたちが「ヒャッハー!」の叫びを上げた。

 無茶苦茶である。

 ゴブリンやオークというモンスターの死と違って、人間の首が飛ぶところを見るのは卒倒ものの衝撃だが、アマトはなんとか倒れず踏ん張った。

 踏ん張ったが、足はガクガクに震え、顔はすっかり青ざめている。


「ししししし死んだ!? 人が死んだ!?」

「ゆ、勇者様、落ち着いて! 大丈夫です、下郎が死んだだけですから」


 なんか無茶なことをファンローラは言った。

 おそらく、この《剣と魔法の異世界》では人の命は相当に軽い。

 その感覚は、ファンローラもそう変わらない。


「そいつが勇者? とんだ腰抜けを引き連れておるな。この程度で縮み上がっておっては、色小姓いろこしょうとしても役に立たんだろう。野郎ども、存分に笑ってやれい!」


 モヒカンたちも一斉に笑う。腹の底から笑う。

 そうしないと暴君ゴルガスの鎖斧によって首が飛ばされるからだ。

 

「勇者様への侮辱、看過できません!」


 ぎりりと唇を噛み締めるファンローラであるが、アマトとしては侮辱とかこうなってくるとわりとどうでもいい。命あっての物種なのだ。


「だったらどうする? 俺たちゴルガス盗賊団全員を相手にするか?」


 有無を言わざすファンローラと戦う頭数に入れられているモヒカンは、逆らったらすぐ殺すという暴力で支配されている。意思に問わずというのは哀れといえば哀れだが、暴力を振るう側にいるのだから同情の余地はない。

 そして、この挑発にファンローラはさも当然であるかのように答える。


「します。その程度の数で“無双烈姫”に挑む勇気、末代まで讃えてあげましょう」


 なんという豪胆か。ファンローラは、百を超え、機関銃まで揃える賊徒に対し、自分に挑むのは寡兵であると勇を褒めて見せた。

 虚勢や駆け引きはない、威風凜然いふうりんぜんとした態度で言ってのけた。

 “無双烈姫”には百では足りぬ、万でようやく釣り合う、掛け値なしの自信である。


「ふん、言いおるわ。野郎ども、懸かれい!」


 ゴルガスの号令と同時に、モヒカンたちが「ヒャッハー!」の雄叫びを上げて襲いかかってきた。


「わああああああっ!?」


 アマトは頭を抱えて逃げ場を探す。しかし、すでに包囲されているし、案の定バイク部隊がぐるぐる回っているので逃げ場も隠れ場もない。


「勇者様、わたしの後ろに!」

「う、うん!」


 言うや、ファンローラはその背に勇者アマトを庇った。


「がははは! 女の背に隠れる勇者とは呆れたものよ」


 ゴルガスが腹を抱えて笑う。

 そんなこと言われましても……というのがアマトの率直な感想だ。

 現代から転生してきた何も取り柄のないに、暴力に対抗する手段なんぞあるわけがないのだ。せめて同情するならチートをくれ。

 一方の暴力の方はと言うと、そんなアマトの内心にお構いなしだ。

 遠慮なく爆音を上げ、バイクが突進してくる。

 

ッ――!」


 そのバイクに向かい、ファンローラは軽功の妙をもって跳んだ。

 矢のような飛び蹴りで、スロットルを握るモヒカンをまずは地面に叩き落とす。

 その着地の前に、後ろ蹴りで走る車体を勢いよく蹴っ飛ばす。

 すると、コマのように回転しながら囲んでいた一団に突っ込み、モヒカンどもをボーリングのピンよろしく撥ね飛ばしていった。

 さらにもう一台猛進してきたが、今度は前輪のタイヤを踏み抜くように蹴る。

 急に前輪がロックされたせいで、後輪から勢いがついて跳ね上がり、今度は縦方向に回転しながらすっ飛んでいった。


「ちくしょおがあああああっ!!」


 ピックアップトラックに備え付けた機関銃に、モヒカンが張り付いた。

 12.7㎜の銃弾が雨霰のごとく撃ち出され、ファンローラが元いた場所の地面に無数の穴を穿ち、土煙があがった。

 説明すると、この機関銃はブローニングM2重機関銃といって、アマトの世界では戦場のベストセラーとして百年近く使われてきた兵器だ。

 弾丸がファンローラを追う。だが、紫電の疾さで駆けるファンローラにはまったく追いつかない。


「ほう、“無双烈姫”には魔法が効かんという噂は本当のようだ」


 ゴルガスが感心して言う。


 ――いや、いやいやいや! それ魔法じゃないし。


 アマトは心の中でツッコむ。

 声に出さないのは、やっぱり恐ろしいからだ。

 まあ、《剣と魔法の異世界》は、見たとこ中世ヨーロッパ風だ。

 文明レベルが通常のファンタジーと同程度と考えると、内燃機関とか機関銃とか、確かに魔法の代物に見えるのかもしれない。

 原理が理解できないものは魔法、それで片がつくのがファンタジーである。

 ともかく、ファンローラは機関銃の掃射を浴びせされたのだが、あまりに高速で動き回るので、射手ガンナーも照準できない。

 姫を見失ったそいつは、すばやく駆け回って後ろに回ったファンローラの膝を後頭部に叩き込まれ、前のめりに倒れ込む。

 ちないに、ブローニングM2重機関銃のトリガーは引金式ではなく押し金式だ。

 で、それが前のめりに打ち付けられたとなると、押し金を押したままターレットをぐるぐる回る、回転木馬のように回り、周囲を無差別に射撃する事態となる。

 モヒカン連中も、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うしかない。

 もちろん、アマトもだ。


「ひいいいいいいっ!?」と腹から情けない声を出しながら、一緒に右往左往する。


「だ、大丈夫ですか、勇者様!?」

「え、ええと、大丈夫だけど……気をつけてね」


 あー、やっちゃったーという顔をしているファンローラに、アマトから言えることは何もなかった。


「さすがは噂に名高い“無双烈姫”よ。下っ端が束になったところでかなわんか」


 ずいっと、ゴルガスが歩み出る。これからボス戦のようだ。

 なんかモンスターよりもたちが悪そうである。

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