第60話.不審者の最後

俺の一日はトレーニングから始まる。



剣術や魔法のトレーニングをするのが日課である。



これを2~3時間した後、クレアとシャルとご飯を食べる。



最近は、シルフィさんがご飯を作りに来て一緒に食べるのだが、今日はおばさんが作りに来てくれたようだ。



料理の腕は、それを仕事にしてるだけあっておばさんの方が上手である。



もちろん、シルフィが下手って訳ではない。



ご飯を食べ終えると、シルフィから昨日の報告を受ける。



街で起こったことや改善案、屋台の売上などの収支を聞く。



シルフィには多くの相談が来るようになっている。



門番や商会に寄せられる商人らの相談はシルフィが受け持っている。



俺がやってもよかったのだが、俺が行くと相手がいちいち堅い挨拶とかしてきて面倒なので、シルフィに任せている。



そして、先ほど口頭で聞いたことをまとめた書類を俺が処理していくのである。



また、街には意見ボックス的なのを置いているので、一般市民も要望ができるようにしてある。



最近多い要望が街灯の設置である。



確かに街灯があれば便利なんだよな。



夜も明りがあるから、その分も店を出すことができるから売上も上がるだろうし、セキュリティの面でも良い。



だが、高いのだ。



1つで金貨1枚もする。



この街の全部に置くとするといくらになることやら。



商店が賑わう中央通りに絞ったとしてもかなりの額だ。



30~40mごとに置くとして、直径1kmだから1000÷30で33個。



両端に置くから、66個だから約金貨66枚である。



今のところ、俺はまだ金貨15枚程度しか使っていないが、今後3kmの壁を作らなければならない。



前が1kmで金貨10枚だったが、これは半額にしてもらったからだ。



今回はそうもいかない。



単純計算で前の3倍の大きさだから、金貨60枚ぐらいはするだろう。



さらに、下水やらゴミ処理場やらも作らないといけなくなるし、他にもいろいろ考えていることがあるので、街灯を設置すると金が足りるかどうか微妙になってくる。



ん~どうしたものか……



「シルフィはどう思う?」



「作っても良いのではないでしょうか。それによって商人の売上が上がれば、街の収益となりますし、このまま商人が増えていけば建設に掛かった費用分も直ぐに回収することができると思います。」



その通りだな。よし、作るか!



もし、金が足りなくなりそうだったら、俺が冒険者業をして稼いでくれば良い話だしな。



今はシルフィがいるから、それも可能だしな。



「そうだな。作るか。協会の方に依頼しといてくれ。」



「かしこまりました。」



昼からシルフィは商会の方に行くので屋敷は俺一人になる。



昼からは、残った資料を片付けた後、街を見て回る。



商人の店に行ったり、冒険者ギルドにある依頼を見に行ったりして、直接交流していくのだ。



これが大切だと思っている――本音はちょっと面倒だと思っているんだけどね。



屋敷でふんぞり返るだけなら簡単だが、それで反乱が起きても困る。



ここは、良い貴族ってのを演じないとね。



そうして、俺の一日は終わっていく。



今日もまた同じような1日だと思っていた。



異変が起きたのは夜だ。



「ウォン!ウォンウォン!」



俺とシルフィが話し合っていると、寝そべっていたウィルが急に起き上がり吠え出したのだ。



こんなことは初めてのことだ。



「どうしたウィル。」



「ウォン!ウォン!」



ウィルが必死に叫ぶもその意図は読みきれない。



だが、何かが起きているのは感じ取れた。



ウィルは伝わっていないことを感じ取ったのか、今度は行動に現した。



扉のところまで移動し、俺の方を振り向き吠えた。



それが、付いてきてと俺に言っているようだった。



「付いてこいって言っているのか?」



「ウォン!」



「シルフィ!何かが起きているようだ。行ってくる!」



「はい。お待ちしております。」



ウィルは部屋から出ると、そのまま外に出た。



そして、屋敷から出て、真っ直ぐと中央エリアの方に走っていく。



俺は強化魔法を使い、その後を追う。



ウィルは、細い路地をどんどん進んでいく。



そして、角を曲がったときそこにはクレアとシャル、そして知らない男がいた。



俺は瞬時にクレアとシャルのピンチだと悟り、二人に近づいていこうとしていた男を横に蹴り飛ばした。







目をつぶった瞬間、大きな音がした。



恐る恐る目を開けると、そこには倒れた男の人とそして、お兄さんとウィルがいた。



そっか、またお兄さんが助けてくれたんだ。



お兄さんの顔を見たら、さっきまでの怖い気持ちが吹き飛んじゃった。



クレアは、お兄さんの顔を見るなり、私から離れお兄さんに抱きついた。



私も、この時だけは素直にお兄さんに抱きつきに行った。



「二人とも、怪我はない?」



お兄さんの優しい声。



「大丈夫なの。」



「私も。」



「そっか、良かった。」



お兄さんは、安心したような声でそう言った。



「あの男と話をしてくるから、ウィルと少し待っててね。」



『うん。』



その時のお兄さんは、少しだけ怖い感じがした。



私は、初めてお兄さんが本気で起こっているんだなって思ったよ。



私達の事で本気で怒っている。



そのことが、とても嬉しかったのは秘密だよ。






クレアとシャルに怪我がなかったのは本当に良かった。



だが、横で悶えている男に対する殺意は全然収まらない。



本音は今すぐにでも殺してやりたいが、クレアとシャルの前で人を殺すのは躊躇われる。



二人の教育に悪いからな。



俺は、二人に聞こえないよう、男に近より話しかけた。


「おい、お前の名前は?」



「あ!?」



「名前はって聞いてんだよ。」



「は、言うわけないだろ。」



「お前、俺が誰かしってんのか。」



「知らねーよ。」



「俺は、この街を治める貴族だ。そして、あの子達は俺の大切な家族だ。」



それを聞いたとき、男は動揺した。



当たり前だ。



貴族の家族に手を出したとあれば、普通は処刑されるからだ。



「た、頼む。殺さないでくれ。」



男にさっきまでの威勢は欠片もなかった。



「なら、質問に答えろ。」



「ハッシュ……です。」



「ハッシュか。良いだろ。殺すのは勘弁してやる。だが、お前はこの街に永久に立入禁止だ。今から、三時間以内にこの街から出ていけ。」



「そ、それはないですよ~。こんな暗い中外に出たら、魔物に殺されるじゃないですか。」



男は殺すのは勘弁してやると言ったときに、少し笑みを浮かべたが、その後のセリフを聞いてその笑みを引きつらせた。



「今殺されるのとどっちが良い?」



「わ、分かりました。出ていきます。」



「そこにいるウィルは鼻が良くてな、お前の臭いも覚えてる。もし、三時間経っても街にいたら、その時は殺す。門番にも名前は言っておく。名前を変え街に侵入したとしても、ウィルが気づくからな。変なことは考えず、命が欲しければこの街には二度と立ち入らないことだ。」



「は、はい。」



言いたいことを良い終えた俺は、二人の元に戻り家まで帰った。



男は、蹴りのダメージで暫くそこから動くことは出来なかった。



道中、二人はウィルの背中に乗り楽しそうにしていた。



その様子を見る限り、精神面でも大丈夫そうなので安心した。



家に帰ると、シルフィがご飯を作っているところだった。



「お帰りなさいませ。もう少しでご飯の準備ができますので、もう暫くお待ちください。」



ご飯を食べ終えた後は、クレアとシャルはお勉強タイムだ。



今日ぐらいは止めとこうかなとも思ったが、非日常の出来事を日常で上書きすることが大事かなとも思ったのでやることした。



この世界で、大抵の人が文字の読み書きができるのは、親が子に教えているからである。



中には出来ない人もいるが、それは育児放棄された子や親を無くした子が文字の読み書きを教わらずに大人になり、子供が出来た時に教えることが出来ないからだ。



夫婦の一方が読み書き出来れば良いのだが、そういった人達は同じような環境の人と結婚することも多く、どちらとも教えることが出来ないので文字の読み書きを出来ない子が誕生する。



この経緯が長い年月を得て、今では2割の人は文字の読み書きが出来ない状況にある。



勉強を1時間程度した後、二人は寝る時間だ。



いつもは、二人だけで寝ることが出来るが、今日は「一緒に寝よ」と可愛らしくお願いされたので、二人が寝るまで一緒にいることにした。



二人が寝静まった頃、静かに抜け出した。



その顔には、さっきまで二人に向けていた優しさなど一欠片もなく、ただただ冷たい表情をしていた。







「クソが!まさか、あの可愛い子供が貴族の子供だとは!」



男は、シャルとクレアを思いだし、ある部分を硬くしていた。



「本当なら、今頃あの子達を……グヘヘヘ。」



男は妄想し、さらに硬くする。



そんな男を誰かが見ていた。



その誰かは、男の背後に近より肩を叩いた。



男は振り返り、その顔を見たときさっきまでの感情は恐怖に支配された。



「お前は!?」



それが、男の最後の言葉となった。



数時間後、そこには男の死体はなく血の跡だけが残っていた。

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