第32話
☆☆☆
見知らぬ女の人がパソコンのモニターの中で泣いていた。
顔をくしゃくしゃにして涙を流していた。
そんな顔はしてほしくなかった。
だからどうにかしなくちゃいけない、僕はそう思った。
でもわからない。こんなとき、どうすればいいのかを僕は知らなかった。
焦る。
頭が混乱している。それでも考える。
とにかく返事をしなければならなかった。
だから僕は頷いた。あんまり深くは考えずに急いで返事をした。
「うん。友達になるよ。だから泣かないで……」
「本当? 友達になってくれるの?」
「うん。なるよ」
「よかった…………」
そう言って、お姉さんは笑ってくれた。
涙のいっぱい溜まった目から、涙をこぼしながらうれしそうに笑ってくれた。
だから僕もうれしくなって、半年振りに微笑むことができた。
僕はそんなうれしい気持ちのまま話しかけた。
「僕の名前は藤原神姿。神姿っていうのはあんまり好きじゃないから、シンって呼んで。それで、お姉さんの名前は?」
その質問をした途端にまたお姉さんの表情が曇っていく。
「私は……私には名前がないの」
悲しそうに笑って、そう言った。
名前がないなんて考えもしなかった。ちょっとビックリしたけど、驚いている場合じゃない。またお姉さんを元気にしないといけなくなった。
だから考えた。
お姉さんは名前がないことが悲しいんだと思う。
だったら簡単だ。
「じゃあ、僕が名前をつけてあげるよ」
「本当?」
「うん。いい名前を考えるから、少しだけ待ってね」
「うん。ありがとう」
僕は考えた。一生懸命に考えた。
だって名前は大切だ。一回つけたらずっとそのままで、その名前がお姉さんのことを表す記号になる。
だから必死で考えた。
女の人用の名前だ。
昨日読んだ物語を思い出す。その物語に出てきた少女の名前は
そのとき僕の視界の片隅で、ナリアの花が窓から入ってきた風で揺れていた。
「ナリア……」
彼女の顔を見ながら声に出してつぶやいてみる。
しっくりくる気がした。
だから……
「ナリアっていうのはどうかな?」
「ナリア? ナリアっていうのはそこのお花の名前?」
「うん。女の人の名前は花の名前をつけることがよくあるんだ。昨日読んだ本に書いてあったから間違いはないと思うよ」
「シンはその名前がいいと思う?」
「うん。僕は似合ってると思うな」
「じゃあ。それにする。私はナリア。よろしくね、シン」
「よろしく、ナリア」
こうして僕とナリアは友達になった。
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