第七章③ 古の黒い風

 ベブルたちはデルン宮殿に進入した。五人と一匹が全員扉をくぐりぬけたところで、扉が閉ざされた。宮殿の中は窓がひとつとしてなかったが、魔法の蝋燭が宮殿内部のいたるところに設置された燭台の上で光を放っており、暗くはない。


「僕たちを帰さない気だ」


 ウォーロウが、閉ざされた扉を見て、言った。


 ザンが言う。


「俺はやつらと同じように空間転移の魔法が使えるんだ。だが、どうやらここでは無理そうだな。デルンが結界を張って、外の空間と内の空間を断絶しているようだ」


「望むところだ。むしろ、奴らが袋の鼠、ってことだ」


 ベブルには全く弱気になる気配すらない。そんな彼に、ウォーロウが言う。


「だが、どうする? 不老の薬の在り処どころか、奴らの居場所さえわからないんだ」


「なに、問題はないさ。薬はともかく、奴はちゃんと案内してくれるさ。“アドゥラリード”のところへはな」


「さっきゆっとったもんな。最高傑作を見せてくれるって」


 ヒエルドが言った。彼が言うと、彼のとなりのシュディエレが頷いたように見えた。


「それより、ずっと立ち止まっている方が危険だ。さっさと奴らのところへ行こうぜ」


 ベブルはそう言って、奥へと伸びている廊下を歩き始めた。他のメンバーも、先に進むことにした。


 

 ヒエルドが廊下の途中にあった、部屋の戸を開けようとした。だが、開かない。


「ベブルンルン、開けへんよ」


「放っとけ、そんなもん」


 ベブルは一刻も早く奥へ進みたそうだ。


「だって、薬探すんやろ?」


「んなもん、どうでもいいんだよ」


 ベブルはザンたちの作戦を、ついに「どうでもいい」と言い切ってしまった。


「俺はそんな回りくどいのが嫌いなんだよ」


「ベブル! これは作戦だろう!」


 ウォーロウが声を荒らげた。だが、その彼をソディが制止した。彼は反論しようとしたが、それもまた遮られた。


「彼の力を持ってすれば、この場で決着が付けられるかもしれない。彼の言う通り、回りくどいことをしなくて良いかもしれない」


++++++++++


 広間に出た。天井が異常に高い。人間の身長の軽く五、六倍はある。そこには、やはり、ファードラル・デルンと『未来人』たち四人がいた。五人とも、全員既に杖を手にしていた。


 こちらも、ウォーロウは鉄の杖を持っていた。しかし、ヒエルドはカシノキの杖を持ってきていなかったので、杖なしだった。


「宴会に招かれてやったぜ」


 ベブルは言った。彼はメンバーの先頭に立って、構えもせずに両手を腰に当てて立っていた。この位置はもはや、彼の居場所だ。


「かつてない素晴らしい客人だ。さぞ見事な席となるであろう」


 ファードラルがそう言って、ベブルはすぐさま切り返す。


「だが、宴席の主役がまだのようだな」


「それはすまぬな、すぐに呼ぼう。“アドゥラリード”!!!」


 ファードラルの声が異様なまでに響き渡った。それと同時に、この広間の横手の壁が砕け、吹き飛び、そこから巨大な怪物が姿を現した。


 巨大な蛇――身体を不自然にくねらせる奇妙な物体、全長はこの部屋の高さの半分ほどはあるだろう――だが、蛇ではない―― 一対の巨大な、鳥の翼を持っている――しかし、羽や毛は一切生えていない――尖った口をしているが、嘴ではない――眼はなく、身体じゅうには魔術師たちが使う特殊な文字を、模様のように刻み付けられている。


 これが、“アドゥラリード”。


 “アドゥラリード”は口を大きく開き、息を吐いた。青色の蒸気がそこから漏れ出す。


「ほう、これまた面白そうな物をつくったもんだな」


 ベブルは怪物に対して構えた。怪物も、彼に対して口を大きく開き、威嚇しようと吼えた。低く轟く音の中に、耳をつんざく高音が紛れている。


 アドゥラリードの周囲に魔力障壁が展開した。これが、ザンが言っていた苦戦の種、決して破れない、強力な障壁だった。


 ベブルはファードラルに言う。


「それで? 乾杯はまだか?」


 ファードラルはにやっと笑って、杖を振りかざした。


「未だ見ぬ未来に、乾杯!」



 “アドゥラリード”がベブルに襲い掛かった。怪物は魔力障壁を張ったまま、その外側から魔法の光弾を連射した。これの第一射を受けて、ベブルは吹き飛ばされ、何とか踏ん張って床の上に立った。


「やるじゃねえか!」


 彼のその叫びは殆ど、ただの雄叫びにしか聞こえなかった。連射されてくる光弾を拳で打ち返しつつ、怪物の方へと走って行った。


「俺たちも参加だ」


 ザンが漆黒の大魔剣を構えた。ウォーロウも、ソディも、ヒエルドも、それぞれに戦闘態勢をとっていた。


「俺たちもだ」


 そう言ったのはファードラルだった。『未来人』たちも、今回は戦いに参加する気のようだ。


 五人と一匹対五人と一匹。頭数では全く同じだった。



 ファードラル・デルンは自分自身に対して、魔力強化の呪文を唱えた。そして、“アドゥラリード”と夢中で戦っているベブルに向かって“炎の魔法”を唱える。ファードラルの強化魔法には耐え切れず、ベブルは思い切り跳ね飛ばされた。今回は、手傷を負って。


 そのファードラルに、大魔剣を持ったザンが斬りかかる。銀髪の魔術師はそれを魔力障壁で受け止める。


 立ち上がろうとしたベブルの脳天に、“アドゥラリード”の雷の魔法が直撃する。これで彼は再び倒れた。


 ソディが倒れているベブルに、離れたところから治癒の魔法を使った。これで彼の苦痛が和らいだ。


 ウォーロウが『未来人』たちに向かって光の魔法を乱射する。分散して威力が落ちた分、簡単に防がれてしまう。


 激しい炎が巻き起こった。ベブルが“アドゥラリード”に向かって撃ったのだった。怪物は少し退がって攻撃を一時中断したが、その魔力バリアを破壊することはできない。最強の魔力障壁、と豪語するだけのことはある。


 シュディエレがナデュク・ゼンベルウァウルに噛み付きに行った。彼はそれを躱し、魔法で反撃する。だがその魔法は、その魔獣に当たるや彼の方に跳ね返ってきた。思わぬところで痛手を被り、ナデュクは倒れた。


「“反射の魔法”が掛かってるのよ」


 ディリア・レフィニアが言った。彼女は杖を持って魔獣に応戦した。自分が噛み付かれそうになると、姿を消してそれを避ける。そして魔獣の背後を取ると、すぐに杖で打ち据えに掛かった。だが、なかなか倒れる気配はない。


「“護りの魔法”も掛かってるのね。厄介だわ」


 彼女は舌打ちした。


 オレディアル・ディグリナートはソディと、魔導銃剣と神剣とで打ち合いをしていた。オレディアルが魔力を一時的に爆発させて押すと、ソディがよろめいた。そこへ、彼は魔導銃を起動して魔法の光弾を数発ソディに撃ち込んだ。そして、少しの間の時間の余裕をつくると、治癒の魔法の呪文を唱え、怪我を負ったナデュクを回復させた。


「ありがとよ、『星隕』」


 ナデュクは言った。


「それよりも『飛沙』、あの犬に反射と護りの魔法を掛けた奴を探しなさい!」


 シュディエレと戦いながら、ディリアが彼に言った。


「ああ、……わかった。アールガロイ師だ」


「なんてこと」


「俺たちはアールガロイ師にだけは手を出せない。その魔獣は自力で倒してくれ」


「なに言ってるのよ、貴方も手を貸しなさい!」


「無理だっつの。俺は噛まれちまうもんな。おまけに、魔法は弾かれる。打つ手なしだ」

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