(15) 1作だけ

 

「1作?」

 

「そう、1作」

 

 じゃあいいかな、という思いと、いやいやダメだ、という思いが交錯する。カネと贅沢に目がくらんで変節なんてしたくない。でも、この3日間の食事や風呂や布団。悩んでいるところに、重要な一言がレン太から加えられた。

 

「書いて読ませてくれたら、報酬として、青海川先生の今月分の家賃と携帯料金を出そう」

 

 ぼくはわざとらしく腕組みをして、うーんとしばらく唸ってから、分かったと言った。できるだけ重々しく。心の端で、負けたな、とも思った。

 

「ありがとう、青海川先生」

 

 レン太は笑顔でそう言うと、携帯電話を手に取った。

 

「あぁ。ワタクシだ、レン太だ。青海川先生に部屋を用意してくれ。とりあえず数日間だ」

 

 レン太!? レン太と自分で名乗っているのか!? 彼は本当に、ぼくの付けたあだ名を気に入ってくれたのか!? ぼくは、おそらく使用人への連絡であろう、その通話を聞いて唖然とした。

 

「青海川先生、部屋の用意ができるまで一杯やってくれ。作家センセイみーんな大好きな飲み物、ホッピーだ。今から書き始めるといけないと思って、『ナカ』は少なめにしてある。もっとも先生は、アルコールが入っても書けるクチなのかな?」

 

 足を組んでグラスに口をつけながら、レン太が言う。その余裕ある態度に、すっかり相手のペースに乗せられたことを実感した。

 

「呑んでも書けるよ。まぁ、量にもよるけどな」

 

「そうか。部屋に行くと携帯が置いてあるから、短縮『1』で頼んでくれ。ホッピーでもなんでも。大抵のものは揃うと思う」

 

「ありがとう」

 

 少し迷ったが、ぼくは礼を言った。

 

「いや、礼はいいよ。働いてもらうための、環境づくりだ」

 

「それにしても、すごい部屋だな。レン太がこんなに本が好きだなんて、知らなかったよ」

 

「あぁ。昔から好きだったよ」

 

 もっと聞こうと思ったが、そこでノックの音が響き、黒服の男が現れた。

 

 レン太に送り出され、黒服に従って廊下を歩く。そしてドアが開いている部屋の前で、こちらです、と手招きされる。黒服は慇懃だが大柄で威圧感がある。部屋に一緒に入られたらイヤだなぁと思ったが、ぼくが入ると外から静かにドアを閉めた。

 

 部屋には机があり、パソコンが1台。そしてメモが置いてあり、書いてほしい作品の傾向が書かれてあった。

 

「軽めの謎解きが入る刑事もの。かつて女性層を中心にとても流行った、秋川史郎の作風で。必ずハッピーエンドになること!!」

 

 ぼくはその文字に、じっと、体の内に闘志がわいてくるのを感じた。

 

 


 

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