第293話 ■「新たなる試み5」
「ふふふ、メインディッシュってところかしらね。エ……ユーイチ君」
訓練場の二十メートル四方の会場に上った僕たちを見たレスガイアさんは嬉しそうに言う。
「あはは、僕は魔術師ですからお手柔らかに」
「あらら? それは残念ね」
まったく残念そうな素振りも見せずにレスガイアさんは僕やユスティ以外の三人にも目線を送る。
その右目の虹彩がやや赤みを帯びるのを見る。魔眼が発動しているのだろう。
「なるほど、
「そこまで突出した力はないわよ。参考程度。でもなるほどね。お姫ちゃん達が揃えただけはあるわね」
それはラインたち三人に向けた言葉だろう。
「なかなかにあくの強いメンバーだけどね」
それにユスティが笑いながら言う。
「ふむふむ、前衛に斧の子と剣の
良いバランスじゃない。強いて言えば回復役が欲しい所だけどユーイチ君が両方賄えるものね」
「なかなかにベルほどの使い手が居ないもんね」
「あら、欲しがるレベルが高いわねぇ。あの子、私が知る限りトップ五十には普通に入ってくるわよ」
ユスティとレスガイアさんのやり取りを聞きながらも他の三人は緊張した面持ちを崩すことはない。
そりゃ、周りに転がっている気絶したままの候補者たちの様をまざまざと見せられているのだからしょうがないだろう。
少しでも気を抜けば、自分たちもお仲間入り確実なわけだから。
「それでは最終組。試験を開始します!」
ヴァンダムの宣言により僕たちの試験は開始されるのだった。
――――
「当初の作戦通り!」
そう叫ぶユスティの声に従い、皆は動き出す。
このチームの指揮については、騎士団副長としての経験豊富なユスティにお任せである。
他の三人もどちらかというと指揮するよりされる方が力を出せるという自覚があるらしく、あっさりと受け入れられた。
「眼前の敵を捕らえよ。チェーンバインド!」
試験開始と同時に僕はレスガイアさんに向けてバインド魔法を発動させる。
初手のバインド魔法は僕のお気に入りの戦法である。
本当は、詠唱しなくても発動は可能であるが、今は一介の冒険者候補のトウドー・ユーイチ。
無詠唱の魔術師が非常に希少であることを考えてこうして大人数がいる場所では、詠唱――実際にはでたらめな詠唱文を唱えるようにしている。
詠唱とともにレスガイアさんの足元に魔方陣が浮かび上がると、そこから出現した魔法の鎖がレスガイアさんを瞬く間に拘束していく。
それを機と見た前衛のラインとビーチャは間合いを詰めようと駆け出す。
「うんうん、なるほどなるほど。これがユーイチ君発案の拘束系魔法か。面白いわねぇ」
その状況が見えているはずなのにレスガイアさんはいつもの雰囲気のまま、感心したように頷く。
そこに焦りは全く見えてはこない。
「でも気を付けてね。魔物や極一部の人間種の中には即座に魔法を解析できる存在もいるの。こんな風にね」
そう言うと、レスガイアさんは何かを呟く。
すると瞬く間にレスガイアさんの体を拘束していた鎖はまるで錆び落ちたかのように崩れていく。
それに僕は驚愕するとともにある一人の人物を思い出す。魔法を解析できる者――その亜人種の根源。
――西方の亜人王『グートリアン』――
「まさか……レスガイアさんも『四……」
そう呟きかけた僕に向けてレスガイアさんは左手の人差し指を自分の口に当てる。
その意図に気付いた僕は、言葉を止める。
「我らを忘れてもらっては困りますっなっ」
「私も……いる」
その間にレスガイアさんへと間合いを詰めたラインとビーチャは、その斧と剣をレスガイアへと振り下ろす。
その速度・正確さは精錬されたもの。確実にレスガイアさんに当たることを確信させる……だが……
カツン! カッ!
それをレスガイアさんは、右手に持つ剣の柄を斧と剣の背に軽く当て紙一重でその軌道を逸らす。
それはまるで児戯をさらりと躱すかのごとく。
「なんとっ!」
「……嘘……」
驚愕の表情を浮かべるラインとビーチャに、レスガイアさんは逸らした時の反動を利用して剣を一閃する。
それに辛うじて反応できたのは二人の日ごろの鍛錬の賜物であろう。
二人も斧と剣の柄で防いだ時の衝撃を利用してレスガイアさんから距離を開ける。
「? な、なにが起こったんだ?」
気絶から回復した周りの冒険者候補たちから困惑の声が起こる。
今の三人の刹那の攻防を彼らは全く理解できなかっただろう。それほどまでにハイレベルな攻防だったのだから。
「ふっ!」
そんな中、間髪入れることなくアルフレッドは遠距離から愛弓から矢を放つ。しかも同時に三本。
それは正確にレスガイアさんの両肩と胸元へと向かう。
さらにユズカも同時に両足に向けて矢を放つ。正確無比に放たれた五本の矢は……
「うーん、確かこんな感じだったかしら?」
こんな状況ですらのんびりと聞こえるレスガイアさんの呟きとともに不可視の壁によってすべて防がれるのであった――
――――
「うんうん、個々の能力、仲間との連携。どれをとっても問題なし。ごーかくー」
辛うじてという感じでへとへとになりながらも十分間の試験時間に唯一、一人の離脱者も出すことがなかった僕たちにレスガイアさんは満足そうに合格判定を出す。
「まじかよ……」
「あいつら立っているぞ……」
周りからは信じられない光景を見た候補者たちのざわめきが上がる。
だからといって、レスガイアさんが手心を加えたとは思ってはいないだろう。なにせ自分たちと対峙した時よりも明らかにレスガイアさんから鋭い攻撃が繰り出されていたからだ。
「ば、化け物でござる」
「反則級ですね」
「疲れた……もう寝たい」
五人を相手にしたにもかかわらず息を切らすことなく言うレスガイアさんに三人はぼやく。
アインツやリーザとの模擬戦でレスガイアさんの強さを目の当たりにして感覚がマヒしていた僕やユスティと違い、三人にとっては初めての感覚であろう。
「私思うんだけどさ……レスガイアさん一人で災害級の魔物倒せちゃいそうだよね」
そう呟くユスティの言葉に僕は深く頷く。
「ユーイチ君もユズカちゃんも人を化け物扱いしてぇ」
ユスティの呟きを聞いていたらしいレスガイアさんが僕たちに抗議の声を上げるが、災害級にも勝てるのでは? という疑問を否定しないのが恐ろしい。
「それにしてもエアシールドまで使えるなんて聞いてないですよ」
最初の囮ともいえるラインとビーチャの攻撃から間髪入れずに放たれたアルフレッドとユスティの矢は僕たちとしては完璧ともいえる攻撃だった。
だがそれは、僕が考案したエアシールドによって完璧に防がれてしまった。
そこからはレスガイアさんの攻撃を防ぐことで精いっぱいになってしまった。
もっと連携が洗練されていれば一矢報いることもできたかもしれないが、如何せん三人と出会ってから一週間ほどでは十分な連携が出来なかったのが悔やまれる。
「そりゃそうよ。だって今日初めて使ってみたんだから」
そうあっけらかんとした表情でレスガイアさんは返してくる。
「……まさか、僕やアインツたちが模擬戦で使ってたのを見よう見まねで?」
「うん、そうだよ」
何でもないようにさらりと返事をするレスガイアさん。
「……やっぱり化け物です」
そう僕は、ため息とともにぼやくのであった。
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