第242話 ●「不協和音」

 悪いことが続く時にはとことん悪いことが続くものだ。

 それが今のファウント公爵の偽らざる率直な気持ちであろう。


 一月五日、王国の天才的な調整役であった宰相キスリングが暴走した下級貴族たちにより襲撃された。

 そして二月十八日、国王アウンストが病魔に倒れた。

 六月になる今も宰相、国王共に快方の兆しを見せていない。


 四ヶ月に渡りおおやけの場に現れないことで、一部では国王はご逝去されたのではといった無礼な噂も流れている程である。

 アクス男爵家が、『名誉ある死』ではなく絞首刑となったのは、起こした事件の重さもあるが国王不在という事がより大きかった。


 『名誉ある死』とは、エスカリア王国への今までの忠義・忠節を鑑みて慈悲として国王より与えられるもの。

 だが国王と宰相も不在の今。公爵といえど勝手に与えることは出来なかったのである。


 そしてさらに厄介なのは……


「国王陛下が御不予となられて四ヶ月。快癒される事を常にお祈り申し上げておる。されど……」


 別名『青の部屋』に集まった二十名の中でウォーレン公爵が口火を切る。


「宰相キスリング卿も未だこん睡状態という中で、このままでは国政の滞りは大きな懸念であろう」


 ウォーレン公爵の言葉に、第二王子派の貴族達が大きく頷き賛同の声を上げる。


「だがどうする。宰相はともかくまさか畏れ多くもアウンスト国王陛下から譲位を行うなど言わぬでしょうな」


 ウォーレン公爵に突っかかるように第一王子派のベンダ侯爵が声を上げる。


「まさかまさか。そのような畏れ多きこと。あくまでも国王代理を立てるべきだと言うことだ」


 それにウォーレン公爵は芝居がかった返答を行う。傍から見せられるファウントには両方とも大根役者にしか見えないが。


 国王代理を立てる。それは本来正しい選択である。

 国王が執政を行える状況ではなくさらに国王に代わって執政を行うべき宰相まで居ない今、国王代理を立ててその元で執政を行う事で滞っている執政の健全化を図るのだ。


 だが国王代理。それが問題なのである。


「それならば、長子であらせられるルーザス殿が相応しかろう」


 高々にベンダ侯爵が声を上げるがそれに続く声は上がらない。それが第一王子派の苦境をありありと示す。


「いやいや、ルーザス殿は思考が武に寄りすぎておる。執務という点ではいささか不安が残ろう」


 ウォーレン公爵は特に『武に寄りすぎ』という部分を強調する。

 過去のルーザスの初陣での無様な姿を参加している皆が知っているのにえて。である。

 ゆえに何人からかこらえきれず噴出す笑いが響く。

 そのような本来であれば無礼なやり取りが罷り通るという事実にベンダ侯爵は続く言葉を失う。


「それに比べてベルティリア殿下こそ、執政において右に出るものはおらぬ。ここは殿下に国王代理を勤めていただくことこそ最適であろう」


 なるほど確かにベルティリア王子は、執政において優秀であろう。『平時において基本どおりに執務を行う場合に限る』という但し書きが加わるが。


 ウォーレンの言わんとする事を予測していた、イグルス王子派第三王子派の貴族や正当性に劣るゆえに擁立が難しいルーザリア王女派第一王女派の面々が一斉にファウント公爵に視線を送る。

 皆が皆、ファウント公爵がイグルス王子を推挙する事を期待しているのだ。だが……


「ふむ、なるほど確かにベルティリア殿下であれば何の問題もないかもしれぬ」


 ファウント公爵の口から出たのはウォーレン公爵の進言に追従する言葉。

 それには視線を向けていた貴族たちだけでなくウォーレン公爵も驚きの表情をする。


「お……お、おう。ファウント公爵も認めていただけたのだ。これほど信頼があることも無かろう。

 それでは国王代理についてベルティリア殿下にお願いすることで皆よろしいかな?」


 上機嫌に告げるウォーレン公爵の言葉に反対する者はいなかったのであった。


 ――――


「ファウント公爵っ! なぜにベルティリアなんぞを認めたのですかっ」


 その日の夜。ファウント公爵家にはイグルス王子派の貴族達が大挙押し寄せていた。


「ルーマン侯爵、恐れ多くもベルティリア様は殿下であらせられる。そのような不敬な物言いはいかがなものかの」

「ぬぅっ」


 ファウント公爵は詰め寄った貴族――ルーマン侯爵に苦笑いしながらもたしなめる。


 ここに集まった貴族たちは、いまや後継者問題において、イグルス王子派が最大勢力である自負がある。

 ゆえに彼らとしては国王代理にイグルスをいだいて一気に形勢を確固たるものにしたかったのだろう。


 ところがである。筆頭であるファウント公爵の口から出たのはベルティリア王子を国王代理として容認という、考えてもいなかった言葉であった。不満を持たないほうが無理である。


「おぬし達でこれなのだ。さぞ第一王子派や第一王女派もはらわたが煮えくり返っておることだろうな」

「それはそうでしょう。此度の事でウォーレン公爵の発言権が高まったといっても過言ではありませぬから」

「そうであろう。それでルーマン侯爵。ウォーレン公爵がそれほどの発言権に自制できると思うか?」


「我が世の春とばかりに使うでしょうな……まさか」

「さぞやメルカルト公爵やベンダ侯爵はウォーレン公爵にさらなる敵愾心を抱くことであろう。

 いやはや、内戦にならねば良いが……な」


 ファウント公爵の言葉にルーマン侯爵は顔を青ざめる。


「ファウント公爵、そのような国を分かつような事をっ!」

「いやいや、勿論そのような最悪な状態にならぬ事を祈っておるぞ。だがな、歴史というのは得てして『最悪な状況』というものが好物のようでな……」


 そのファウント公爵の言葉にこの場に集まった貴族たちは、ファウント公爵の意図を察する。


「ファウント公爵……我々はどうすれば?」

「我々は部外者だ。こちらに火の粉が飛んでこぬよう。あくまでも中立とするのだ。そうあくまでも……な」


 貴族たちは理解する。

 今回の事で恐らく国は分かつであろうと。

 そしてそれに先立ってライバル達同士を争わせて手負いとするつもりなのだ。と。


 ――――


 貴族達が帰った後、私室にて一人。ファウント公爵は黙考する。


 キスリングが倒れた後、ファウント公爵は事件の首謀者を見つけるために動き出したのと平行して帝国と連邦の情報収集に力を入れ始めた。


 もちろんキスリングを襲った集団が帝国か連邦の息がかかった者という可能性を考慮してということもあったが、ファウント公爵は両国共に無関係であろうという直感があった。


 ならば何故となると、王国が割れた時に侵攻して来る可能性があるかを調べるためである。

 つまりファウント公爵はキスリングが倒れた時点で即、それまでの穏健路線から主戦路線へと舵を切ったのである。


「キスリング……そなたのせいだぞ。そなたさえ無事であればあと五年で穏便に後継者争いが終わらせられたものを……」


 ファウント公爵は一人呟く。

 実際には後に国王が御不予となったわけだから夢物語となってしまったが、それでも今から起こるであろう流血をかなり防ぐことが出来たはずである。


 ファウント公爵の目の前にはエスカリア王国の版図の上に、四色に塗られた駒が置かれている。

 その四色の中でも黒色の駒――イグルス王子派の貴族の駒が実に半分を占める。


 そしてファウント公爵の視線は西方――赤・青・黄色の三色の駒が複雑に配置された場所に集中する。


「動くとすれば……ここであろうな……それに……」


 続いてその視線は地図の南へと移る。そこに置かれるのは唯一つ四色に染まっていない白い駒が置かれる。


「さて『番犬』よどうする。動くか動かぬか。北方の動乱をわがにえとするか。見させてもらおうぞ」


 そう静かに笑うのであった。

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