第238話 ■「魔物とハサミは……2」
「兄さんっ! アリィ達も一緒に行きたい」
「私も兄様と一緒に行きたいです!」
はぐれのレーゲンアーペ捕獲訓練に出かける三日前。
夕食を食べ終わり、皆と話をし始めた僕にアリィとリリィの二人がやってくる。
「……えっと、どこに行きたいと?」
「レーゲンアーペの捕獲訓練にっ!」
「……うーんと、どうして?」
「レーゲンアーペって排泄物を処理することばかりが話題になるけれど、実は食べた後の
実際にレーゲンアーペの巣の周りは植物が良く育っているって報告もあるくらいだし。
農業を預かっている身としてはその真偽を確かめてみたいの」
なるほど、レーゲンアーペは言ってみれば巨大ミミズ。ミミズは『大地の
有機物とあわせて土塊を体内に摂取し、糞として排出する際に栄養素の高い土となる。
レーゲンアーペにも同じ特徴がある可能性は確かにありそうだ。
質の良い土壌の検討をしている二人にとっても調査したいところだろう。ただ……
「なるほどなるほど……それで、本当の理由は?」
「「楽しそうだからっ!」」
そう二人は元気良く素直に答える。
「いやはや、まったくじゃじゃ馬娘達だなぁ」
僕はそう苦笑いする。けれど……
「そうかしら? やっぱりエルの妹よねって再確認しただけよ」
「そうですね。やっぱり二人ともエルさんの妹ですよね」
「ほんと、エルスそっくり」
「やっぱ兄妹って似るもんなんだねぇ」
我が最愛の妻達からはそんな論評が返ってくるのであった。
――――
「さてと、アリィとリリィが来るとしても嫁入り前の子に何かあっても困るからなぁ」
まぁ、そう簡単に嫁にやるつもりは無いけれどね。気に入らない奴のところなんて全力で阻止してやる。
「大丈夫だよ。こう見えて私たち剣も魔法も使えるよ」
そう言うとアリィは右手の五本の指先それぞれに無詠唱で二cm大の小さな水球――ウォーターボール――を造りだす。
いとも簡単にやっているように見えるけれど無詠唱で、しかも五つの魔法を同時に制御することが出来る人なんてバルクス領内で探しても数えるほどしか居ないだろう。
良く考えれば、二人とも幼少時から僕の真似をして魔法の鍛錬をしているのだ。魔力量でいえば僕と同じくらい。
しかも僕の妹ということは『四賢公』の血を引いているのだ。魔法に関しては他とは次元が違うといえる。
さらに学生時代はわざと目立たないようにしていたけれど、剣術についても人並み以上でもある。
「それにいざとなればお兄様が守ってくれますから」
リリィは僕に微笑む。あぁ、二人の信頼がとても重たい……でも嫌いじゃない。お兄ちゃん頑張っちゃうよ。
「そりゃまぁそうなんだけどね。とっさの事となると……そうだ、赤牙と青壁の新米騎士団を実地訓練も兼ねて付いてきてもらうか」
「赤牙と青壁って……レッドとブルーの騎士団?」
「うん、そうだよ。二人とも農試を手伝ってくれたりしてたから気楽でしょ?」
赤牙と青壁というのは昨年ようやく完成したレッドが率いる
レッドとブルーだから赤と青……うん、なんとも安直ではあるけれどこちらでは英語は通じないから問題ない。
名前が現すように赤牙は攻勢を青壁は守勢を想定した兵科配置になっている。
つまりは赤牙は騎兵と軽装兵をメインに、青壁は重装騎士をメインといった感じである。
もちろんどちらにもバルクスの主力兵器である銃兵も千人ほど配属している。
ただどうしても急造したせいで兵の質という部分ではまだまだ他の騎士団には遠く及ばない。
そういった意味でも実戦経験を積ませることが出来るというメリットはある。
「そっか、ブルーも一緒なんだ」
「レッドも一緒なんですね」
そう呟くアリィとリリィ。よく見ると何だか頬がうっすら赤いような気もする。風邪でも引いたのかな?
「二人とも大丈夫? なんだか顔が赤い気が……」
「ううんっ! 大丈夫だよ兄さん!」
「はい、私も大丈夫です」
「そう? ならいいんだけど……何かあったら遠慮なく言ってね」
「「うん、大丈夫」」
そう言う僕の言葉にアリィとリリィは大きく頷く。そんな僕をクリスが何か面白いものを見るような視線で見ている。何なんだろ?
「それでリスティ。両騎士団から百名ずつの新兵を二人の警護用に借りたいんだけれど問題ないかな?」
「はい、問題ありません。レッドとブルーにも部隊統率を経験させるために随伴していただきましょう」
リスティは後半部分は僕に対してではなくなぜかアリィとリリィと目線を合わせながら提案してくる。
「うん、そうだね。それじゃ今回の作戦に参加するのは僕、クリス、ユスティ、ベル、アリィ、リリィ、レッド、ブルーで護衛として赤牙と青壁から総勢二百名。
僕とクリスがメインで捕獲対応を行って、ユスティは僕とクリスのフォローを。
ベルは状況の確認と今後の捕獲対応の情報収集、アリィとリリィは捕獲作業後の地質調査ってことでいいかな?」
そういう僕に参加予定の皆は頷くのであった。
――――
「実物を見たのは初めてだけれど……なるほど確かに巨大ミミズだねぇ」
主都エルスリードから南東に一日半ほど来た場所にある平原の少し小高い場所から見下ろすように僕は目的の魔物――レーゲンアーペのはぐれを見る。
体の下半分が大地に掘られた穴の中にあるので推定となるけれど全長としては十m程なのかな? レーゲンアーペの中では小さい方であろう。
それでも僕たちよりも大きいわけでそれなりの圧倒感はある。本当に良く知るミミズを巨大化してみましたというような感じだ。
そんなレーゲンアーペは口? と思わしき先端部分から大地を抉り取るようにモリモリと食べていく。
その食欲たるや大食い王も顔負けである。っていうかずっと食べ続けているよなぁ。
体が大きいからそれを維持するために必要な餌の量も膨大なのかもしれない。そこらへんは捕まえてから要調査だな。
「さてと、捕獲作業を開始するとして……レッド」
「はい、何でしょうかエルスティア様」
「索敵したところどうやら東方に小規模とはいえ魔物の群れがあるみたいだ。ここの騒ぎをかぎつけて来るかもしれないから警戒を」
「了解しました」
「ブルーもレッドと同じく警戒を。ただしベル、アリィ、リリィの警護を第一優先で」
「かしこまりました」
「ベル、アリィ、リリィには出来るだけ危険が迫らないようにするけれど……まぁ、三人とも……ねぇ」
僕の言葉に三人とも苦笑いをする。華奢に見えるこの三人も魔法に関していえばバルクスでもトップクラス。
いや、中央でも上位に入るだろうから自衛に関しては、正直なところ特に心配はしていないんだけどね。
最終的には三人を守るべき新兵達を三人がフォローすることになりかねない気がする。ま、それも経験の一つだね。
「んじゃ、クリス。ユスティ。大捕物といきますかね」
「そうね。さっさと終わらせて愛しいアルフとシェリーを抱きしめたいことだし」
「私もフレアの事が恋しいよ」
そう軽口を叩きながら笑いあう。
そして計ったかのように三人は同時に魔法を発動させるのであった。
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