第234話 ■「悲しき再会2」

「…………、クリス。今、襲撃者の中に誰がいたって言った?」


 王国歴三百十四年一月十一日、執務室でアリスとともに執務をしていた僕の元に、アビーからの情報をファンナさんから聞き出して来たクリスからの報告に僕は耳を疑う。

 そのせいでついラブコメ主人公特有の聞こえませんでした的な返しをしてしまった。


 クリスだって僕が本当に聞こえていなかったとは思っていないのだろう。

 それで先ほどと同じく淡々と報告する。


「襲撃者達が去った後、キスリング宰相を助けるために戻ってきた御者に何名かの名前らしきものを語ったそうよ。

 その中に『フィレンツ・アクス・ベルクフォード』。アクス男爵家当主……つまりはメイリアの父親の名前があった。と」


 僕の聞き間違いであってくれという僅かな希望は、クリスの言葉によって否定される。


「意識が混濁としている中で出た名前だから本当に襲撃者だったのか、それともまったく別の話なのかは判断がつかないわ。

 でもね。御前会議からの出頭を命じられた男爵が病気と称して出席しなかった。それが現実なの」


 アクス男爵も下手を打ったと言わざるを得ないだろう。御前会議は、王国において最高の権威を持つ会議だ。

 王命を除けばその会議で決められた方針が最優先事項となるほどに。


 自分が無罪なのであれば堂々と出頭し、無罪を訴えるべきであった。それがどれだけ重病であったとしてもだ。

 『重病である』。それが実際に襲撃に加わっていないという理由の一つになるはずなのだから。


 だが、そのチャンスを棒に振った事になる。


 貴族社会においては、確かに限りなく黒に近い灰色でもそれは白色と言い放つことが出来る。

 だがその道理は、ほぼ対等の貴族であれば、という前提がつく。


 公爵や侯爵がそろう御前会議において、たかが男爵であれば逆に限りなく白に近い灰色でも黒となりうる。

 いや、これだけの大事件だ。御前会議に出席している貴族たちも一日でも早く事件解決に向かっているという実績を見せる必要がある。


 それであれば、冤罪だろうと罪人を作り出すことすらやりかねない。


「クリス、この事はメイリアには?」

「もちろんまだ言ってはいないわ。当主であるエルを差し置いてはね」

「そうか、よかった。さてとクリス。もし君の予想があれば教えて欲しいのだけれど」


「十中八九、アクス男爵は襲撃者ね。いえ、正確には襲撃者として今後話が進んでいくわ。

 アクス男爵は恐らく最大の。そして最後の弁論の機会を失ってしまった。貴族らしからぬ失態ね」

「……そうだね。そこは僕も同じ考えだ。宰相への暗殺未遂という行為。どのくらいの罪になる?」


「キスリング宰相は、宰相である前に伯爵待遇よ。宰相への襲撃であると同時に上級貴族への襲撃。死刑は免れない。実際には『名誉ある死』を賜るでしょうね」

「……名誉ある死」


 その言葉が僕に重たくのしかかる。名誉ある死。つまりは他人の手によってではなく自分で……つまりは自決しろという事だ。

 自決の方法は大概決まっている。自決用に改良された痛みや苦しみもない毒による安楽死。


「それで当主以外の扱いはどうなると思う?」

「当主以外が関わっていなかったとしても重大な事件よ。おそらく妻子にも罪が及ぶ。

 おそらく妻と第一位継承者も……、そしてアクス男爵家は取り潰しになるでしょうね」

「そっか……三人も」


 つまりはメイリアはこの事件によって一度に三人の肉親を失うと言ってもいい。

 アクス家と絶縁したとはいえ、なにも家族が憎くてというわけではない。

 本人もいつの日か……という僅かとはいえ希望があったかもしれない。


「エルス、バルクスとしてどう対応しますか?」


 クリスからの報告を静かに聞いていたアリスが僕に尋ねてくる。

 バルクスとして……つまりは私情で動くなという釘を刺されたに等しいだろう。

 ホント、厳しいなぁ。けれどそれ故に僕は冷静になる。


「絶縁しているとはいえアクス家ゆかりの子女が当主の妻になっている。

 バルクス辺境侯が無関係である事を弁明する必要があるだろうね」

「はい、不幸中の幸いですがバルクスはどこの派閥にも属していない。さらに言えば王国にとっては防衛の要。

 無下に扱われることはないでしょう。執務官にオリゲンという弁が立つ者がいます。彼に任せれば問題ないでしょうね」

「あぁ、早速手配を頼む」


 アリスがそう言うのであれば、バルクスとしての動きは問題ないだろう。

 そもそも中央からこれだけ遠方のバルクスが、加担すると言うのは物理的にも無理であることは自明の理なのだ。

 もしどこかの派閥に属していたら難癖付けられただろうけれどその心配もない。


「さて次は、僕たち家族の問題だ」


 家族の問題。僕がそう言ったことに対して二人も静かに頷く。

 メイリアは僕にとって妻であると同時に、二人にとっても家族なのだから。


「どれだけ話を隠したところでこれだけの事件です。いずれはメイリアの耳に届きます。

 それであれば、なるべく早いうちに伝えてあげるべきです。それがどれだけメイリアを悲しませることだとしても」

「……うん、そうだね」


「……ねぇ、クリス、アリス。メイリアにどうにかして最後に家族に会わせてあげる事は出来ないかな?」

「……アクス男爵が襲撃者の一人だったとして、直ぐに死を賜ることは無い。

 御前会議としては、襲撃者を捕まえた。その事実があれば後は急ぐ必要がないもの。

 むしろその他の関係者の情報を聞きだす必要があるのだから、どれだけ早くても三ヶ月は猶予がある。

 今からメイリアを中央に行かせれば恐らく間に合う。でも、それはあらぬ疑いをかけられる事にもなるわ」


 クリスの言葉は、僕としても予想していた事と一致する。使者を出して無関係であることを伝えようとしているのに、娘と家族を合わせるというのは、疑ってくださいと言っているのと等しい行為だ。

 それを分かった上での提案である事はクリスも重々承知の上だろう。


「エルス、ある方を頼ってみるというのはいかがでしょうか?」

「ある方?」

「『南方の黒獅子』にして公爵家第二位、アーネスト・ファウント・ロイド様」

「……ファウント公爵か」

「此度の事件に関して誰よりも早く行動を開始し、実質的な調査を管理されている。

 ファウント公爵の力を借りることが出来れば、重要参考人から話を聞き出すための切り札という形で」

「……なるほどね、犯人の情に訴えるために家族を使ったという形にか」


 犯人から情報を聞き出すために親や子を使うというのは常とう手段だ。

 面会の体裁を整えるという意味では確かに使えるかもしれない。


「ファウント公爵に一つ借りを作ることになるけれど……しょうがないね」

「ファウント公爵は恐らく、エルの事を気に入っているわ。そこまで酷い事には使わないわよ」


 僕の言葉にクリスが苦笑いとともに答える。


「よし、ファウント公爵への手紙をさっそく書こう。アリス、皆を、メイリアたちを呼んできてもらえるかな?」

「はい、わかりました」


 アリスは頷くと共に執務室を出ていくのだった。


 ――――


「そう……ですか、父がそのような恐れ多い事を」


 メイリアたちが執務室に集合した後、僕は皆に中央で起こった事件――キスリング宰相暗殺未遂事件について話す。そして、その犯人の一人がメイリアの父親であろう事も。

 皆がみな、その事に驚きの表情を浮かべる一方で、メイリアはむしろ冷静にその話を聞いていた。


「元々、父にそのような大それたことを自らが計画して実行するなんてできませんから、恐らく誰かに大金をちらつかされて行ったのでしょうが……後の事すら考えられないほどに追い詰められていたのでしょうね」


 ため息とともに絞り出すかのようにメイリアは呟く。


「今回の事、バルクスは一切関係が無いことを証明するために使者を出すことにした。そして……メイリア」

「? なんでしょうか。エルスティア様」

「君もその使者の一団に参加するんだ。恐らく両親と……兄上との最後の別れを」


 僕の残酷ともいえる言葉に周囲の空気が少し固くなったことを感じる。

 その中でもメイリアはその雰囲気を崩すことなく僕の言葉を聞く。

 

 僕の言葉を聞き終わった、メイリアは、一つ呼吸をすると僕に微笑みかける。


「ありがとうございます。エルスティア様」


 言葉とともに僕に一礼をする。それに僕は少しホッとする。けれど……


「ありがたいお言葉ですが、お断りさせていただきます」


 メイリアから続く言葉は、否定の言葉だった。


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