第195話 ■「魔法の深淵1」

 年が明けて王国歴三百十二年になった。


 昨年は、クリスとの再会や結婚、魔稜の大森林への初めての遠征など色々あった年だった。

 ……今年は出来ればもう少し落ち着いた一年になってもらいたいものである。


 年が明けたということは、つまり僕は二十歳。

 次のギフトをもらえる年齢になったのである。


 そんなわけで……


「エルよ。久しいのぉ」

「えぇ、本当に久しぶりな気がします」


 一人で執務をしていたのを見計らったかのように老人――神様は姿を現す。

 ……しまったな。ベル達にも会わせたかったけれど、今日は皆が用事で外出中だ。


 また明日にとはいかないよね……


「それでエルよ。新しい『ギフト』として何を望む?」


 神様もさすがに僕が今考えていたことは分からなかったらしい。そう尋ねてくる。

 ……仕方ない。ベル達との面会はまた次回だ。


 それに僕としても神様に聞きたい事があったし……


「それでは『地球のありとあらゆる作物の種』でお願いします」

「ほう……なんじゃ。元の世界の食べ物が恋しくなったか?」


 そう、神様は笑う。


「それもありますね。長らく白米を食べてないのでどんな味だったかも若干あやふやに……

 まぁ、個人的な理由もありますけれど一番の理由は『希少価値』です」

「……この世界で手に入らぬ食材をお主が独占して販売することができる。そういうことじゃな?」


 神様の言葉に僕は頷く。


 以前にも言ったようにこの世界の野菜や果物は種類が偏っている。


 生前、息をするかのように食べていたジャガイモやサツマイモといったイモ類が一切無いのだ。


 イモ類は、痩せた土地でも耕作が出来るだけでなく穀物と比べても天候の変化に強く、農地面積あたりの生産量・カロリー量も穀物より優れている。

 なんせ、戦中・戦後などは飢餓対策作物としてサツマイモが栽培されていたこともあるくらいである。


 また、澱粉でんぷんは料理のバリエーションを増やすし、蒸留酒の材料としても使用することが可能とスーパー食物でもある。

 これの栽培方法をある意味独占できればバルクス領の経済的にも非常に魅力があるのだ。


 もちろん、いずれはイモ類だけではなく米や果物もやって行きたい所ではある。

 ハクマイ……タベタイ


「ふむ、了解した。とはいえ、以前と同じように量が量じゃ。この指輪を渡そう」


 以前と同じく神様は僕に指輪を差し出す。

 『書庫の指輪』と同じような薄青色に光る指輪だ。


「『豊穣ほうじょうの指輪』これも『書庫の指輪』と同じ使い方じゃ。

 食物の育て方は……『書庫の指輪』に入って居るじゃろう」


「ありがとうございます。ところで一つ聞きたいことがあるんですけど?」

「ほぅ、なんじゃ?」


「その前に、変なこと聞いたからって今後のギフトが貰えないなんて事は……」

「安心せい。これからの会話はモニタリングとは別の話じゃ」

「それを聞けて安心しました。……この世界の『いびつさ』は何なんですか?」


 その僕の質問に神様は答えない。

 だがその片眉が僅かに動いたことを僕は見逃さない。


 神様は無言のまま続きを促す雰囲気があるので僕は続ける。


「一番歪さを感じるのは、魔法の新規開発についてです。

 僕は前世で、プログラマーとして数多あまたのプログラム言語に接していました。

 だからこそ魔法が幾つかの部品に分かれている事に気付けたのだと……そう思ってました。でもおかしいですよね?

 その上積みがあるからと言って魔法について調査しだしたばかりの僕が気付けることを長年、それこそ子々孫々に渡って魔法を使ってきた現地人が気付かないなんて」


 子供の頃はごく狭い範囲内――この伯爵家の中だけ――で魔法について考えていたから気付かなかった。

 僕が生み出したようにこの世界では新たな魔法が次々と生み出されると思ってすらいたのだ。


 けれど学生として王都に住み、そこで新規魔法を生み出すことは国家プロジェクトであることを知った。

 そして巨額の予算をつぎ込んでも多くの場合、失敗に終わってしまうということも。


「だから僕は思ったんです。もしかしたらこの世界の人は歴々と続く固定観念に邪魔されて、魔方陣が呪文ごとに部品化されていることに気付いていないだけなんじゃないかって」


 人間にはありがちな事だ。

 固定観念に囚われ過ぎて別の視点でのアプローチが出来なくなるのだ。

 それは特に経験を積んだ老人に有りがちの事といえるだろう。


 別の視点を持つということは自身の今までの人生経験を否定する可能性があるのだから。


「だからこそ僕はまだ固定観念が確定していない子供――具体的に言えばベルやアインツ、ユスティ、メイリアに魔方陣の構成について話しました。

 けど、違った。他の事であれば優秀である皆が理解できなかった。

 ……いや、まるで『』という事だけが理解できなかった」


 子供の頃、ベルに短縮詠唱について教えたことがあったが、最終的には諦めることになった。

 その時には『ギフト』を授かったせいで魔法の才能が高くないからだと考えていた。


 けれどそうじゃない。

 ベルは、短縮詠唱――つまりは部品化された呪文に関して以外であれば魔力才能は非常に高いといえる。

 現に彼女は、僕よりも治癒魔法を得意としている。


 アインツやユスティ、メイリアも魔法の勉強がベルよりも遅かったから魔法量では劣るとはいえ、平均からすればかなり突き抜けている。

 にも関わらず、この理論だけが理解できないのだ。

 まるで頭に突然もやがかかったような感じになる……らしい。


「けれど一人……いいえ、恐らく六人だけこの理論を理解することができた」

「……お主の母親と弟妹、クラリス・エスカ……いやバルクス・シュタリアであろ?」


 神様の言葉に僕は頷く。

 それに神様は嬉しそうに笑う。


「エルスティアよ。そなたは本当に面白いの……これほどまでに早く魔法に関しての一端に気付いた者は数えるほどじゃった」


 そう言うと、何処からともなくお茶が入った湯飲みを取り出すと一口含む。

 その後で静かに語り始める。


「遠い昔の神話じゃ」


 神様の口から神話という言葉が出ることに微妙さを感じながらも僕は黙って聞き続ける。


「この世界……ラスリア大陸のある者達に神からの祝福が与えられた。

 北方の英雄『ミルフォント』

 東方の覇王『シュタイナー』

 西方の亜人王『グートリアン』

 そして中央の智王『エルトリア』


 彼らに与えられた祝福。それは魔法の深淵をのぞき見る力」

「魔法の深淵……」


 その僕の呟きに神様は苦笑いする。


「なに。深淵なぞと小難しい言葉で言うておるが、要は『魔法構成を当人が認識できる形で知覚できる』ということじゃ。その力を使って四人は数多くの魔法を生み出していく。

 それは途絶えた物も数多くあるが、幾つかは今も残っておる。おぬし達が使っておる『魔法』としての」

「途絶えた物もあるんですね」


 そう返す僕に神様は苦笑いする。


「なに、この四人というのが変わりもんでな。何の役にも立たないような魔法ばかり作っての。

 例えば、『棒が意図した方向に倒れる』とかの」

「なるほど、でも何かの役に立ちそうな予感も……」


 その僕の言葉に神様は笑う。


「まったく、蛙の子は……じゃの」

「え?」

「いや、なんでもない。祝福は親から子へ、子から孫への血脈による相伝であった。

 それにより祝福を持つ人数が増えた時、『魔法のあさひ』と呼ばれる時代が来た

 毎日のように新しき魔法が生まれ、人類種の生活は瞬く間に豊かになっていった。

 その時代は何時までも続くとその時の誰もが思っておった……」

「そういう言い方をするという事は、そうならなかったという事ですよね?」


 それに神様は頷く。


「そうじゃ、人類種にとって最大・最悪の敵が現れたのじゃ」

「それは?」

「『嫉妬』じゃよ」


 神様はそう冷たく言い放つのであった。

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