第176話 ■「南方へ」

「『魔物の巣』が見つかった?」

「ああ、ルード要塞から南に八十キロほど行った所にな」


 王国歴三百十一年九月五日


 半年に一回実施されている魔稜の大森林の調査から帰還したルッツ団長からの報告を受けていた。

 調査といっても要塞から半径百キロ程しか調査自体は出来ていない。


 それより奥は人類未踏の地といえる。

 そこから先は広大な平原が広がっているのかもしれないし、鬱蒼とした森が続くのかもしれない。


 この調査は一個騎士団を投入するほどの大規模な調査となっており、さらには新兵の訓練も兼ねている。

 今回新たに加わったレッドやブルー達といった今年度卒業生も参加している。


「御大、どうぞ」

「おっとすまないな。ベル嬢……うん、美味いな。

 ……今年は夏に暑い日が続いただろ。どうやらそれで北のほうに上ってきているらしい」


 ちょうど別件の報告に来ていたベルからお茶を受け取り飲みながら語る。


 魔物も言ってしまえば生物だ。


 暑さに弱い種族もいたりする。そういった種族が要塞近くまで北上して来ているようだ。

 『魔物の巣』というのはそういった中規模または大規模な群れを意味している。


「九月になって気候が安定したら南下する可能性は?」

「有るとも言えるし、無いとも言えるな。確率的には五分五分ってところだ」


 暑かったから北上している。というのは結局人間の推論だ。

 実はさらに北上して要塞を襲撃するつもりという可能性も十分にありえる。


「推定数は?」

「約五百」


「……多いですね。確かに気候の所為だけと決め付けるには」

「危険、か」


「発見したのは?」

「二週間前、八月の二十一だ」


 二週間、ということは状況がさらにどうなっているかは分からない。


「エル坊、お前の考えは?」


 ルッツ団長はプライベートでは子どもの頃から僕をエル坊と呼ぶ。

 それは大人になった今でも変わらない。変わらないことが少し嬉しい。


「もしかしたら蜂の巣を突くことになるかもしれませんが……、潰しましょう」

「ほぅ、どうして?」


 ルッツ団長はお茶を飲む手を止めて僕に聞いてくる。

 その顔は祖父が孫の話を聞くかのようだ。


「まず距離的に近すぎます。馬であれば飛ばせば単純な直線距離で四時間もかからない。

 さらに馬よりも速い魔物もいる以上、早急に倒しておくべきです」

「……なるほどな。

 だがあくまでも五百というのは推定だ。もしかしたらさらに数倍なんてこともありうる

 下手をしたら全滅だ。それでもか?」


 魔物と人間では能力的にどうしても差が出てしまう。

 だから騎士は最小単位としてツーマンセル。

 さらに三組の六人での行動が原則だ。


 それは一人では一体の魔物の相手が厳しいからということもある。

 もちろん、ゴブリンやオーク程度であれば一対一でも訓練を受けた騎士であれば問題ない。


 だが、下級魔物でもトロールクラスが来るとまず魔法が使えない騎士が単独で対峙するのは無謀だ。

 それでも……


「はい、それでもです。御大。

 実は僕の中で一つやりたいことがあるんです」

「ほう、やりたいことか?」


「魔稜の大森林側に早期警戒網を構築したいんです。なるべく奥深くまで」

「……なるほどな。『守り』から『攻め』へというわけか……」

「どちらかと言うと『守り』から『より積極的な守り』へですかね」

「たしかに……悪くない」


 現状、ルード要塞での防衛は後手となる事が圧倒的に多い。

 ルード要塞からの目視しか方法が無いからだ。


 馬よりも早く走破できる魔物も比較的多い。下級魔物ではダイアウルフがその筆頭だろう。

 ルード要塞は常時警戒態勢であるからそこまで致命的な状況となる事は少ないが、少しでも早く有事の際の体制が取れたほうが有利となる。


 監視衛星なんてとても無理な現状、目視できる地点をより敵地側に進めるしかない。


「だが一番の問題は監視員の安全だ。

 もちろん騎士はバルクスのために命をかけるって奴ばかりだ。

 だがな応援も期待できない場所に行くなんてのはただの見殺しだ。

 それは監視員だけではなく要塞に常駐する騎士にも悪影響になるぞ」


 そう、今までも早期警戒網の案が出なかったわけが無い。

 監視員の安全を確保できなかったから頓挫しているのだ。


 監視員が魔物を見つけ後方の警戒線に狼煙のろしや照明弾で伝えたとしよう。

 さて、その後どうするのだ?

 馬に乗って逃げようにも先に言ったように馬よりも早い魔物が存在する。

 それらからすれば逃げる人間なぞ格好の的だ。

 だからといって監視所にとどまれば魔物の群れに飲み込まれる。


 つまり監視員になるイコール『死』なのだ。

 どんなに綺麗ごとを言ったところで死がほぼ約束された場所に誰が行きたいと思うだろうか?


「はい、なので考えてみたんです。連絡後の退避場所を」

「退避場所? 何処にだ? まさかお空に逃げるとかいわねぇよな」


 そうルッツ団長は苦笑しながら聞いてくる。

 それに僕は右手の人差し指を下に向け口を開く。


「地下です」


 と。


 ――――


「……マジで地下に空間を作ったのかよ。エル坊」


 地下に作られた空間に入ったルッツ団長は驚き半分、呆れ半分といった感じに漏らす。

 ここは、平行で動いているプロジェクトの一つ『鉄筋コンクリート』の開発に伴って作り出した試作型の地下シェルターだ。


 そこには僕とルッツ団長、そしてベルが訪れていた。

 試作型なのでスペースとしては十人も入れば手狭となるくらいのスペースしかない。


 四方を鉄筋コンクリートの打ちっぱなしだから風景も灰色で味気ない。

 入り口は天井に鋼鉄製の分厚い円形ハッチで頑丈に出来ている。


「実際には監視員の四名と一週間分の非常食。呼吸のための通風孔も必要になるのでもう少し大きめに作る必要がありますけどね」


 そう返す僕の声がほとんど届いていない様子でルッツ団長はきょろきょろ内部を見渡したり壁を叩いてみたりしている。

 技術的に原爆レベルの破壊力は無理だけれど、魔物の破壊力であれば耐え切れるだろう。


 そもそも魔物たちもまさか地下に逃げているとは思いもしないだろう。

 鉄筋コンクリートつまりは鉄を中に入れてあるから魔法感知型の魔物の検索にも引っかかることは無い。


 連絡後に全員がここに逃げ込めば残るのは無人の監視塔のみ。


 救助が来るもしくは魔物の群れが過ぎ去るまで篭れるだけの準備をすればいいのだ。


「欠点としては人力なので建設の工期が地上に建設するより数倍かかることなんですけどね」


 ベルは苦笑いしながら話す。

 ベルが言ったようにまだ重機までは技術的に難しい。


 ゆえに地下室を作るために手掘りする必要がある。それがまぁ大変なのだ。

 ちなみに今回の試作型用の穴掘りはバルクス領騎士団への特別報酬を払っている最中だったので人手・予算共に余裕が無かった。


 だから僕の魔法をダイナマイト代わりに掘り進めた。

 僕としても久しぶりに魔法をぶっ放せたのでストレス発散にもなった。ウィンウィンだね。


「工期がかかることを差し引いても前線に監視網を作る。

 それは絶対に損になる事は無いと思うんです。

 そのためには、魔物の巣の存在は邪魔になる」


「……うし、了解だ。今回の遠征、第三騎士団が出るぞ。それでいいなエル坊」

「はい、僕も一緒に行くつもりです」


「シュタリアは前線に立つを良しとする。だな

 了解だ。エル坊のお守りも含めて俺に任せておけ」


 こうして王国歴三百十一年九月十日

 エルスティア辺境候の随伴の下、第三騎士団に鉄竜騎士団も含む遠征軍はエルスリードを出発する。


 それはエルが、魔稜の大森林に足を入れる最初の事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る