第152話 ■「次に会う時は……」
その姿は、異形の一言だった。
顔は猿、いやオランウータンに近いだろうか?
体は虎や
それに比べると手足、いや四足は熊を思わせる太さが体との微妙なアンバランスさを見せる。
とはいえ、一発薙ぎ払いされただけで体が真っ二つにされそうだ。
その姿は、空想上のキマイラ……いや、むしろ
「……そんな、なぜこんな所にボルディアスが……」
あーその反応、アストロフォンの時のアインツの反応っぽいねぇ。懐かしいよ。
リスティの驚愕とした呟きを聞きながらそんなことを僕は考える。
そして、こいつも倒したら次はどんな変な異名を付けられるんだろう?
なんてことを考えてみたりもする。
うん、どうやら今までの色々な経験である程度、肝っ玉が強くなっているらしい。
たしかボルディアスはアストロフォンと同じく将級に分類されていたはずだ。
アストロフォンが盾であれば、ボルディアスは
その圧倒的な物理攻撃力ゆえに接近しきる前に倒すことが良策といわれる。
「リスティ! 僕とアインツで奴をけん制する!
ユスティと一緒に鉄竜騎士団の銃撃による支援をっ!」
「まっ! …………いえっ、分かりました!
ユスティ、鉄竜騎士団の支援隊形を!」
「わ、わかったよ。リスティ」
僕とアインツが前面に出ることを反対しようとしたのだろうけれど、一瞬の判断でそれが最善と理解したリスティがユスティに支援体制の構築を指示する。
「アインツ! 支援体制が構築できるまで敵をけん制する!」
「了解! アストロフォンの時とは違うって事を見せてやるよっ!」
そう、あの頃と比べて特にアインツは肉体的にも成長したしより実戦を経験している。
念のため、鉄竜騎士団に支援体制構築を命令したけれど恐らく不要だろう。
「んじゃ、僕を少しは楽させてくれよ」
「まかせとけ!」
僕とアインツは笑いあうと、臨戦態勢になる。
近づきつつあるボルディアスの姿が徐々に大きく見えてくる。
「……
僕の詠唱により雷で出来た槍が三つ現れる。
それをこちらに直線的に向かってくるボルディアスに放つ。
これはあくまでもけん制――といっても殺傷能力はかなり高いけどね――相手の速度が落ちることを期待しての攻撃だ。
けれど……ボルディアスは止まらない。
向かってくるライトニング・ボルグを体に受けながらもこちらに向かってくるスピードは落ちることが無い。
「おいおい、嘘だろ。……そっか鵺って別名雷獣だったか」
僕は驚きながらも、一方で冷静に頭の中で詠唱を続ける。
僕の中では既に魔法は、口で詠唱するという行為はあまり意味を成さないレベルになっていた。
詠唱は無意識に脳内で魔方陣構築する事をオートメーション化するためのツールだ。
つまり意識的に魔方陣構築を脳内で出来れば詠唱は不要ともいえる。
詠唱と意識であれば難度はともかく速度では圧倒的に異なってくる。
最終的に紡ぎだす詠唱も発動のトリガーに過ぎない。
これが出来るようになって以降は、複数の魔法を並列的に構築できるようになったからより効率が上がった。
とはいえ、僕と同じようなことが出来るのはベル達一部の人だけなんだけどね。
「チェーンバインド!」
鵺かどうかは置いておいて雷系があまり効果が無いと考えた僕は魔法での拘束を試みる。
そして僕の読みどおりにチェーンバインドが瞬く間にボルディアスを拘束していく……かに思われた。
だが、ボルディアスは自分に向かってくるチェーンの先端を右腕で薙ぎ払い、地面に叩き落す。
そう、まるでそのチェーンが自分を拘束することを分かっているかのように…………
「っ! なら!」
僕の周りに水の塊が五つ現れる。
それを見たボルディアスは突如突進をやめ、僕と一定の距離を保ちながら威嚇音を口から発する。
この魔法が何かを知って警戒しているかのように。
「いけっ! アイスボール!」
僕の詠唱をトリガーに水の塊が氷へと固体化しながら爆発的なスピードでボルディアスに向かう。
……だが……
「ガアアアアアアアアアアアアアアァ」
ボルディアスが雄叫びを上げると同時に雷が発生する。
そしてその雷は一直線にアイスボールへと向かい、衝突と共に爆散し周りにオゾン臭を撒き散らした。
チェーンバインドの拘束からアイスボールによる攻撃パターン。
それは最初に使用して以降、僕の中では無敗の攻撃パターンであった。
それをボルディアスは事前に察知したのか両方を完璧に妨害したのだ。
とても初見とは思えないような洞察力だ。
……ん?
「なぁ、アインツ」
「ん? なんだエル」
僕は隣で準備をしていたアインツに声をかける
「ものすごく突飛な事を言うかもしれないけれど聞いてくれる?」
「爆笑ものであればいいぜ」
「あのボルディアス……もしかしたらラズリアかもしれない」
「……しばらく会わないうちにラズリアも大分風貌が変わったらしいな……んで根拠は?」
「あいつ、チェーンバインドもアイスボールも完璧に防ぎきった。
まるで初見じゃないみたいに」
「……ほう、それで」
「チェーンバインドで拘束してからのアイスボールでの攻撃、以前ある奴に使ったことがあるんだけど……覚えてる?」
「あぁ、懐かしいな。あの時はスカッとしたもんだ……けど証拠としては不十分じゃないか?」
「そうだね。けど奴はモレス要塞のほうから現れた。
にもかかわらずモレス要塞に攻撃を仕掛けた第二・三の騎士団から想定外事項を知らせる狼煙も上がってこない。
おかしいと思わない? あれだけの巨体が突如現れたってことになる」
「……確かに、突飛も無い話だな。
だが、そうだとしてもあれは紛れも無い魔物だぞ? 魔法に人間を魔物にするってのがあるのか?」
「魔法では聞いたこと無いな、もしかしたら召喚魔法にそんなのがあるのかもしれないけど……
どちらかと言うと聖遺物って考えたほうが早いかもね」
それにアインツは頭をガシガシ掻きながら徐々に近づきつつあるボルディアスに視線を向ける。
「なるほどな……で……あいつは治せるのか?」
そう、もしあの魔物がラズリアだとしたら元に戻せるのかが気になる……だけど……
「……たぶん無理。そもそも元に戻す方法が分からないし、それに……」
「体が魔物になっちまったら戻しようが無い、か……」
人間と魔物だと体の構成がまるで別物だ、一度人間としての構成を失ったものを元に戻せるとは考え難い。
アインツはボルディアスをじっと見つめる。その目に浮かぶのは哀れみだろうか。
「エル、今の話は俺とエルだけの秘密だ。
ユスティやリスティ、ベルやメイリアが知る必要は無い」
「うん、そうだね。皆、優しい子達だからね」
敵対したとはいえ、皆がラズリアと共に学園生活を送ってきたのだ。
あの魔物がもしラズリアだと知った時、彼女達は傷つくだろう。
知っていればいいのは、今からその命を絶つことになる僕とアインツだけで十分だ。
「さて、もしそうだとしてあいつを倒す方法はあるのか?」
「……そりゃね。ラズリアが知っているのはここまでだから」
そう、ラズリアとの対戦以降、僕は殆どの魔法を学校、特に第三者の前で使用することをやめていた。
つまり僕が得意としている魔法の多くをラズリアは知らないのだ。
それに、アストロフォンと戦った時から七年。
魔力・身体能力共に成長した僕にとって今であればアストロフォンくらいであれば余裕で倒せる自信もある。
「こんな風にね……『エアシールド』」
目前まで迫っていたボルディアスは、突如壁に正面衝突したかのようになり、勢いを殺しきれずに上空に吹き飛び、地面に叩きつけられる。
――エアシールド
本来の使い方は不可視の壁として敵の攻撃を防ぐことだが、その不可視性を生かして敵の進攻を妨げる壁としても使える。
そんな壁に全速力でぶつかったのだ、ダメージが無いはずは無い。
軽い脳震盪を起こしたかのようにふらつきながらボルディアスは立ち上がる。
……けれど……
「……『アイスジャベリン』」
ふらつくボルディアスの下に水色の魔方陣が浮かび上がる。
そこからはまるで上下が逆さまになったかのような巨大な
その氷柱がボルディアスを拘束する役目も果たす。
「ガ、ガァ」
その拘束から逃れようとするボルディアスだが、いくつかの氷柱は確実に急所に刺さり命を削り取っていく。
そして……
「『エア……』」
「エル、もういい……」
最後の止めを刺すために詠唱を仕掛けた僕をアインツが止める。
その顔はいつものような笑顔のようで泣いているようにも見える。
「アインツ?」
「お前が全部、背負い込むこともないだろ?
ラズリアは……まぁ、嫌な記憶しかないけれどそれでも学友だったからな。
……ここは俺が背負うさ。お前は俺に命令すればいい『眼前の敵を討て』ってな」
「……感謝を。アインツ。
……アインツ鉄竜騎士団団長に命令する。眼前の敵を討て」
「……エルスティア伯爵閣下が
命令承った」
そう力強く答えるとアインツは双剣を抜き放つ。
そして未だ拘束から抜け出せぬボルディアスに駆け寄ると
「じゃぁな、ラズリア」
眉間部に深々と剣を突き刺す。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ」
ボルディアスは断末魔を上げるとその巨体を横に倒れ臥す。
「次に会う時には、出来れば親友になろう」
そうアインツは呟くと静かに黙祷する。
「……ェ……ル……ァィ……ン……ツ」
ボルディアスの口から弱弱しくも音が漏れる。
それは僕とアインツの名前だろうか……それが僕達に確信をさせる。
「ル……デ……ァ……ス」
「……おい、今なんて言った? ラズリアッ!」
最期に呟いた言葉は僕には聞き取れなかったけれどアインツが反応する。
再度聞き返すアインツの言葉にもうボルディアスは答えることは無かった。
「ルデアス……ルディアス……ルーディアス……ラズリア、お前そう呟いたのか?」
アインツの独り言は吹き付けた風に瞬く間にかき消されていった。
――――
遠くからその光景を眺める男が一人。
彼はわざと大げさに拍手する。
「素晴らしい。素晴らしいよエルスティア。
将級魔物程度であれば触れさすことも無く
……とはいえ、君を殺すのはなかなかに骨が折れる。
こちらもそれなりの準備が必要ということだね。
……さて、いずれまた
それは個人的なのか動乱の中でなのかはまだ分からんがね。
それまでの健闘を祈っているよ」
そう、男にとってはこれは序曲にしか過ぎない。
彼にとって百年という歴史の流れは
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