第137話 ■「最強騎士団へ」
十二月中旬になったがルーティント伯領内の内乱は続いていた。
いや、後継者を巡っての内乱は九月にはフォードと文官派の粛清により終了したはずだった。
だがラズリアはヒンデルク要塞の非戦闘員についても謀反の容疑をかけ次々と処刑していった。
その数は千数百人に上る。
その悲劇が決め手となった。
伯領の場所場所で平民による内乱が勃発したのである。
とはいえこちらは、たかが平民による内乱である。
ラズリアはその反乱分子を掃討している最中だ。いずれは収束するだろう。
だが、その掃討作戦に巻き込まれることを恐れた平民達が次々とバルクス伯に流民として流れ込む結果となった。
その数は既に五千人に上る。
半年ほど前からこれを危惧して準備をしていた事とベイカーさんやアリスを筆頭に執務官が頑張ってくれたおかげで何とか大きな混乱を起こすことはなくやって来ていたけれど……
「そうか、もう限界か……」
僕は、資料を読みながら眉をひそめる。
資料には、バルクス伯に流入した人数や貯蓄していた資源――多くは食料だ――の在庫をまとめたグラフが記載されている。
その資料によるとこれ以上の受け入れはバルクス伯の経済に打撃を与えるというレベルにまで来ていた。
そもそもが六十二万人の人口に対して五千人の流民を短期間で受け入れること自体が事前に準備していたからこそ出来ただけなのだ。
ほとんどの流民がほぼ身一つである。それは厳重なルーティント伯境を越えるために少しでも荷物を減らすためだろう。
恐らく、ここまで流れてきた人はまだ幸運なほうだ。
多くのものが領境を越える前に拘束されているだろうから。
そんな彼らのためにカモイの町に事前に作っておいた休息場の開放と一日二食の食事提供とかなり手厚い対応をしていた。
「エルスティア様、本日をもって流民の受け入れを停止すべきです」
アリスはそう断言する。それがどれほどの勇気を持って言っているかがよく分かる。
本音では戦災から逃げてきた者達だ。助けたい気持ちは強いだろう。
だけれど彼女は一人の執務官でもある。優先すべきはバルクス伯の益なのだ。
だからこそ僕も心を鬼にして告げる
「そうだね。流民の受け入れは命令がカモイの町に届いた時点で停止する。
以降の流民については別領への移動のみを承知するとする」
「かしこまりました。早速命令を出します」
そうアリスが言うと事前に準備していたのであろう命令書を騎士に渡す。
さすがアリスである。
「現在受け入れている五千人についても今後はカモイの町周辺での農作業に従事してもらい、順次無償提供の比率を下げていきます」
「うん、よろしく。さすがに流民とはいえ何時までも特別扱いは出来ないからね」
これまでの無償対応も、流民たちに対する哀れみ、もしくは自分達が巻き込まれていない優越感でバルクス伯の平民達の心情も同情的だったからこそ出来たと言える。
だが、それが長期化をすれば話は変わってくる。
自分達が汗水たらして仕事した成果を流民たちは何もせずに享受している。
そんな考えがバルクス領民の中に生まれた場合、事態は大きく変わる。
そう、悪いほうにだ。
それを領主として事前に防ぐためには流民たちにも働いてもらう必要がある。
そう『働かざるもの食うべからず』なのだから。
カモイの町は、十数年前に出来たばかりの若い町で元々の人口は二万人ほど。
そこが僅か数ヶ月で人口が二十五%増えたに等しい。
産業自体も発展途上中でどこもかしこも人手不足になっていたから人手確保も出来たと言える。
内乱中の特別処置と言うことで最大で二年しか滞在は許可していないけれどね。
もちろんその間に永住を希望するのであれば厳重な審査の後に認められることはある。
その厳重な審査のひとつに『まじめに勤労をしていたか?』も含まれているから結局働く必要が出てくる。
「とりあえず、流民対策は事前にアリスたちで検討してもらっていた内容で進めてもらえるかな?」
「はい、かしこまりました」
うん、流民対策は今後は執務官主導で進めてもらえばいいだろう。
領主である僕は正直、流民対策だけにかかずらっている訳にはいかないのだから。
――――
「それじゃ、次はリスティかな? 第三騎士団の武装一新の進捗はどうだろ?」
「はい、進捗としては八割ほど。やはり今までの常識から大きく変わるので少なからぬ混乱はあるようです」
「まぁ、そうだよね。銀製をやめて鋼鉄製の武装転換なんだから」
「それによるメリット……対人戦闘における大きなアドバンテージについては理解してもらっています。
単純に重量による感覚のずれの部分が大きいようです」
「あー、なるほどね。使い慣れた武装との重量や動きの部分か……」
戦争の際に借り出される民兵と違い、騎士団の騎士は非番を除き常に武装をしていると言ってもいい。
武装は一般的な騎士で二十キロ、より階級が上がればさら重装になるから重量があがる。
最初の訓練では着続けていても疲労しないだけの体力と体捌きを身に着けさせるのだ。
なので騎士暦が長いほうがギャップに苦しんでいるようだけれどそれもいずれは解消するだろう。
「それで実際に新武装を使用した騎士達の評判は?」
「まずは、相手の武装をほぼ無効化できる。と言うのは大きいですね。それにより心の余裕が生まれますから。
さらに言えば相手の魔法を無効化できるというのも……凄いですね鋼鉄をベースに作成した武装は」
バルクス伯にいる四騎士団について武装を変更することにしたのは半年前のことだ。
この世界の発想は魔法を中心に動いている。
魔法の刃を発生させるための銀の剣、銀の槍 ――
『オートディフェンダー』による防御力上昇を想定した銀の鎧、銀の盾 ――
騎士が身につける武装の多くは銀製品。
魔法を阻害する鉄が部品として使われることは一切無い。
可動部用に動物の皮が使用されるくらいだ。
だからこそ僕はそれを逆手に取った。
剣、槍、鎧、盾それら全てを鋼鉄製に変更したのだ。
これにより相手の剣と槍は鎧に触れる前に魔法の刃を霧散させてしまう。
鎧にあたる頃にはただの刃の無い銀の棒による殴打になっている。
そして鋼鉄と銀であれば、圧倒的に鋼鉄のほうが硬度が高い。
多少の衝撃はあるだろうが、致命傷になることはほぼ無い。
オートディフェンダーで防御力を向上していようと、鋼鉄の剣と槍の前では無力化される。
ある程度の剣の腕があれば銀の盾や鎧も寸断できる。
……アインツが銀の鎧をいとも簡単に両断したのは流石に引いたけれどね。
そして盾は、敵魔道士による一斉魔法を複数人で横に並べることで無力化することが出来る。
元々バルクスの騎士は魔物戦に特化したため、魔法ではなく武器による攻撃を主体とし魔法戦はほぼ想定していない。
なぜなら魔法が大きな効果を出すのは、陣形による密集隊形に対しての攻撃だ。
陣形と言う概念が無い魔物には威力的に劣る下級魔法しか費用対効果が無い。
レイーネの際は、魔物の数の多さと木々による侵攻ルートの制限で自然と密集隊形になっていたに過ぎない。
後はミスティアの花油っていう鋼鉄による魔力阻害を防ぐことが出来る画期的なものもある。
鎧の裏側。つまり人に触れる部分についてはミスティアの花油を皮に染み込ませたなめし皮を張ることで魔法の発動にも一応成功している。
相手の魔法は無力化するのに自分は使える。うん、まさにチートだ。
これにより攻守にわたって他を大きく引き離すことになる。
他が真似をしようにも『鋼鉄の製造方法』『鋼鉄の加工技術』『ミスティアの花がバルクス伯固有種』という大きな障害が発生する。
まさにバルクス伯だから出来る武装なのだ。
「それじゃ製造でき次第、全騎士団についても武装変換をよろしくね」
「わかりましたエル。
今後の戦術については、全騎士団が新武装化し、銀竜騎士団による遠距離戦が出来ることを前提としてよろしいでしょうか?」
「うん、それでよろしく」
こうして、バルクス伯の騎士団は誰にも知られることも無く最強騎士団へと変貌していくのである。
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