第51話 ■「魔法を教えよう」
チェーンバインド改の方向性も見えた事だし、次はリスティの魔法の練習を始めることにしよう。
「リスティは、例えばウォーターボールであれば連続で何回位詠唱が出来るの?」
「えっと、お父様に小さな頃からコツコツ積み上げていけば魔法量が増えると言われて練習してきていたので、今ですと二十回程です」
なるほど、リスティも僕たちに比べれば魔法量は確かに少ないようだけれど同世代の子供で見た場合、かなり破格な魔法量のようだ。
ただ……うーん、やっぱりバインズ先生も幼少の頃からの鍛錬で増えると言っているんだよな。
ルーディアス先生の説明とやっぱりズレがある。どっちが正解なんだか?
もしかしたら通販番組みたいに「個人差があります。」「使用者様の私感です。」って感じなのかもしれない。
魔法量なんて結局、数値として見れるわけじゃなく、主観的なものになってしまう。
低級もしくは中級魔法であれば何回使えるか? が物差し代わりになってしまっている。
でもルーディアス先生からあの時感じた違和感が引っかかるんだよな。
結局、あの違和感はあれ以降、先生から感じることは無いんだけどね。
まぁ今考えてもしょうがないから、とりあえず置いておこう。
学校に通い始めて、改めて理解したんだけれど僕の魔法に対する取り組み方は異端だ。
学校は当たり前だけれど基本を教える。
基本と言うのはつまり過去から連綿と続いてきた詠唱や魔法陣だ。
そこに無駄や非効率があったとしても「セオリーだから」で教え込まれる。
いや、過去から続く物に無駄だったり非効率だったりがある。
という意識すらないのだろう。
先生にしろ生徒にしろそれが『正解』でしかないのだ。
まぁ、僕もベルも今後は学校ではそれが『正解』であるというフリをしなきゃいけないけどね。
それに比べて僕の魔法の勉強は、先生がいない書庫から始まった。
つまり『正解』という概念が無いから『どうしてそんな構成なのか?』からアプローチした結果、無駄だったり非効率だったりに気づくことが出来たというわけだ。
もしかしたら独学で勉強する事を許可してくれた母さんの思惑通りだった
のかも? と思ったりもする。
……母さんだったら本当にありそうだ……わが母ながら本当に謎な人だ。
だからまずリスティには僕の理論を理解できるように、常識を壊す必要がある。
僕は、リスティに一枚の魔法陣を渡す。
「リスティ、この魔法陣が何かは分かる?」
そう僕に言われたリスティは、魔法陣に目を通し始める。
「魔法陣はそこまで詳しくは無いですけど。
ウォーターボールの魔法陣ですか?」
「うん、正解。それじゃあの藁人形に対してウォーターボールを詠唱してみてもらえるかな?」
「はい、わかりました」
そう言うとリスティは僕から少し離れてウォーターボールの詠唱を始める。
「『我、求るは清涼なる水の加護。集え、せせらぎの流れ。ウォーターボール』」
詠唱と共にリスティの右手の先に水の塊が生まれ、設置されていた藁人形に発射される。
ウォーターボールは藁人形に当たると破裂するように消滅する。
うん、詠唱もスムーズだし威力も申し分ない。
日々努力していた事がよく分かる。下地は十分だ。
僕は、リスティに別の魔法陣を渡す。
「これは何かはわかる?」
目を通し始めたリスティ。次第に困惑の表情を浮かべる。
「すみません。この魔法陣は今まで見た事が無いです。
中級魔法の魔法陣か何かでしょうか?」
「ううん、これもウォーターボールの魔法陣だよ」
「えっ? でも魔法陣の構成が別物ですけど」
「正確には元のウォーターボールの魔法陣で無駄や非効率だった部分を僕が修正した魔法陣ってのが正しいかな。
いまから修正した場所とか理由を説明するから聞いてくれるかな?」
「はい、お願いします」
そこから僕は修正点と理由をリスティに一つ一つ説明していく。
最初こそ理解するのに必死だったリスティだけどギフトの恩恵か本質を見抜く能力は高い。
次第に質問内容もリスティの聞きたい部分がしっかりと出てきた。
「……と言う感じだけれど。理解はできたかな?」
「正直な所、既存の魔法陣を修正できるなんて驚きですけど、
何をしているかは理解できました」
「うん、それじゃもう一回ウォーターボールを詠唱してみてもらえるかな?」
「はい、何か意味があるんですか?」
「まぁ、詠唱しての楽しみだよ」
そう笑う僕に少し困惑しながらもリスティは再度、対象の藁人形に向かってウォーターボールの詠唱を行う。
生まれ出た水の塊は先ほどより色が濃い。
水の密度は4℃で最大になると言われているからそこに近い温度になっているだろう。
放たれた水の塊は藁人形に当たる。
――ボキッ――
藁人形を支えていた木の棒の衝撃に耐えきれず割れる音が辺りに響き渡る。
そのままウォーターボールは地面に着弾してその形を崩し水たまりになる。
「えっ、嘘……」
その様に驚愕したリスティは、今、ウォーターボールを放った自分の右手を見つめる。
うん、成功だ。
正直この方法は、僕に対して疑念・不信があるとうまくいかない。
なぜなら自身の認識を僕の論で上書きしてもらう必要があるからだ。
それは僕がどうやっても干渉する事ができない。
リスティが自らの意思で僕に教えてほしいと来ているから出来ると言ってもいい。
クリスやベルは僕の訓練をずっと間近で見ていたから受け入れられたのだ。
バインズ先生も僕の力を知っている。
だけれど長年の固定観念が邪魔をしてうまくいかなかった。
なので魔法に対しての固定観念が薄い子供の頃から練習する必要があるんだと思う。
「リスティ、どんな感じだった」
「えっと、その、さっきと比べて自分の中から消費される魔力は少なかった
感じでした。
それなのに威力自体は上がっている。え?どうして?」
「これが、僕の魔法の訓練だよ。リスティ
君には今までの概念がぶっ壊される覚悟が必要だよ」
「これが……お父様とベルさんが言っていた事なんですね」
「うん、これから魔法量を増やすのに合わせて、
既存・新規含めて新形式で覚えていってもらうからね」
「はい、それで強くなることが出来るのであれば。よろしくお願いします」
こうして、リスティも僕の弟子になる事になる。
それが彼女にとって(エルに毒されていくという意味で)幸か不幸かは
まだ誰も知らない。
――――
後年、エルの認識の上書きという奇想天外な理論が魔法教育における常識となり世界の魔法技術の進歩に大きく貢献する。
だがそれは意図せず今までの教育を真っ向から否定するものだった。
その恨みを込めて旧来の学者からエルは
「魔法史の破壊者」
「全ての魔術師を敵に回した男」
「魔法書を焚書し全ページを修正させた者」
と呼ばれることになる。
だが、そう呼ばれたエルは
「ま、喜んでもらえる人が半分でもいればめっけもんでしょ」
と愛飲するアウトリア産のお茶を飲みながら一言呟いたと伝わる。
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