第48話 ■「治癒魔法の練習をしよう」

「おーい、エルくーん、こっちも頼むー」

「はーい、すぐ行きまーす」


 僕は、遠くで呼ばれた声に応えて立ち上がる。


 ここは放課後の練習場。

 六月も終わりと、日は大分長くなってきたため放課後とはいえまだ明るい。


 僕の周りには多くの学生(ほとんどが上級生だ)がいる。


 練習場は『実戦訓練研究会』という実戦を想定した戦い方について研究するという部活動の練習中である。


 名前自体は仰々しいけれど実際は木剣を使ってのスポーツチャンバラに近い。

 そんなところに僕がいるというのは部活動に入ったのか…というと違う。


 チャンバラとはいえ、使用しているのは木剣だ。

 擦り傷切り傷は当たり前、当たり所によっては骨折することもある。


 前世であれば全治何週間……なんだけれどこの世界は治癒魔法という便利なものがある。


 擦り傷・切り傷であれば低級魔法。

 骨折であれば中級魔法で治すことが出来る。


 僕は、治癒魔法の練習を兼ねて治癒作業のボランティアに参加している。


 部員数五百人越えと王立学校の中でも大規模な部活動の一つで、治癒師が圧倒的に不足しているためこうしてボランティアで治癒を行う学生を常に募集している。


 ボランティアをする方も魔法の鍛錬と学校からの評価が上がるのでメリットはある。


 実際ボランティアをしている人の多くは、将来的には騎士としてではなく治癒師としての王国への貢献を希望しているものが多い。


 まぁ、治癒師は国際法上、非戦闘員として考えられるので戦争で殺害されるリスクが騎士よりは低くなる。

 前世で言うところの赤十字みたいなものになるのかな?


 もちろん法上の話だから絶対に無いとは言えないけれどね。

 特に魔法戦の場合は爆風などでとばっちりを受けることもある。


 王国でも不足気味だから就職後の安定と戦死のリスクを考えると治癒師は人気職の一つになる。


 治癒魔法は攻撃魔法と違って実際に怪我を治癒してみないと出来たかどうかが分かりにくい。


 聞いた話だと、別の学校の治癒師を専門的に教育する学科だと自傷してそれを自分が治すなんていう授業もあるそうだ。

 うーん、まさにドМ!


 僕もいままで治癒魔法を使ったことがあったのが、去年の商人を助けた時とライトニングバインドを完成させることに、に参加してくれた盗賊さん達が気を失ったときに使ったくらいで後は鍛錬中の擦り傷・切り傷治療に使ったのが関の山だ。


 あの盗賊さんたちは元気かなぁ……いや、とっくに処刑されているか。


 なので生傷が絶えないこの部活動は僕にとっても格好の練習場だ。

 当初は入学したての八歳児にお願いする人はいなかったけれど、とある日に大量の怪我人が出た際に物は試しにでやったところ、大変ご好評いただき今ではこうして積極的に声を掛けてもらえるまでになっていた。


 低級治癒魔法は、新陳代謝を活性化する事で自然治癒を急速にする感じなのに対して中級治癒魔法は、本来認識している形に復元するイメージだろうか?


 本人が生きてさえいれば骨折や場合によっては腕とかがちょん切れても修復…いや「再生できる」の方が近いのかもしれない


 まさに外科いらずだけれど、魔法量の消費量は中級魔法の中でもトップクラスで使用できる人は少ない。


 この学校でも教師以外では上級生に数えるほどしか中級治癒魔法は使えない。

 という事で毎日魔法量を限界近くまで減らしたい僕にとっても最適な場所になっている。


 効率を考えてどんな怪我でも中級魔法を使っている。

 HPが3くらいしか減っていない人にベホ○ミをかけているようなものだ。


 僕は二十人ほどであれば問題ない位までは魔法量は増えているので、大概は何とかなる。


 ボランティアだから「魔法量が尽きた」と言えばそこで終了でいいわけだし。


 低級でも中級でも使用された方は同じように傷が治る。

 なのでまさか僕が中級魔法で治癒しているとは思っていないだろう。


 あと、僕にとって治癒魔法の練習と併せてもう一つの理由があった。

 それは、優秀な人材のスカウトだ。


 このクラブは、どちらかと言うと平民出身の人が多い。

 実戦剣術よりも社交場で持てはやされる剣舞の方が重要と言う認識の貴族が多い。


 だから貴族の大部分は『社交剣技部』という部活に所属している。

 社交剣技部……いやはや、変な名前!


 それに比べて平民は、モンスターや賊から身を守るために実戦剣術が重要視される。

 なので剣術を本格的に習得したい人はこの部活に所属する。


 こういった平民の中から筋がよさそうな人をスカウトするのだ。

 治癒行為は相手への伯爵公子という警戒心を緩和させる意味合いも強い。


 現に二ヵ月の付き合いで、クラブの人たちには「エル君」と呼ばれる位まで打ち解けることが出来ている。


 目星をつけているのが十名ほどいるんだけれど、今の所本人たちから色よい返事はもらえていない。


 まぁ、バルクス領はモンスターとの最前線の場所だから、安寧を求める人は中々うんと言ってくれないよなぁ。


 とはいえ、軍を率いる事の出来る人物は何人いても困らないから今後もスカウト活動を頑張っていこう。


 と、小さく僕は拳を握りしめたのである。


 ――――


「見て、エル君、何だかわからないけど小さく拳を握りしめてる。可愛い!」

「うん、うん、エル君って可愛いよね。伯爵公子なのに他の貴族と違って上から目線じゃないし。

 金髪の中の一房の黒髪が子犬のしっぽみたいで可愛いのよねぇ」

「わかる、わかる。治療する際にも『大丈夫ですか? 痛くないですか?』

 って優しく微笑むし。もう、母性本能をくすぐるよねぇ」


 と遠巻きに年上の女の子たちはかしましい。


「平民の僕たちにも平等に接するし……はぁ、地元の貴族がエル君だったらなぁ」


「そういえば、エル君って自分の所で働いてくれる人を探しているらしいね。

 バルクス領だからちょっと危険だけれど。

 卒業したら実家に帰らずにバルクス領で働かせてもらおうかなぁ」

「あー、それもいいかもなぁ。

 僕みたいに才能も大してない奴でよければだけどな」

「んじゃ、エル君の御眼鏡に叶うように頑張らないとな」


 と男の子たちは自分たちの本来の目的である貴族への売り込みのターゲットの一人としてエルについて噂をする。


 こうして、エルの日々の行動により知らぬ間に平民たちとの人脈を広げていくのである。

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