第33話 ■「旅立ち」

 翌日、僕たちは父さんたちの見送りを受けてエルスリードを出発した。


 旅団としては乗客用の馬車二台と荷物用の馬車四台のそれなりの規模になる。

 まぁ貴族としてみた場合には少ないらしいけれど。

 荷物用の馬車は、僕用の荷物をメインに乗せた馬車。

 ベルやバインズ先生、メイド三人の荷物を乗せた馬車。

 そして残り二台は人足や護衛を含む全員分の食料や生活必需品を乗せている。

 食料や生活必需品は町に着くたびに補充していくことになる。


 僕が乗る馬車にはベルとバインズ先生が同乗している。

 ベルは、実質メイドを首になった形になっているからメイド服ではなく浅葱あさぎ色のワンピースを着ている。

 よく考えるとベルは、ほとんどメイド服だったからとっても新鮮だ。


 ベルに聞いた話だと母さんとファンナによって大量の私服が荷物として搭載されていたらしい。

 うん、やっぱりこの二人のこうと決めた時の実行力は、侮れない。

 特にファンナさんの妊娠中に母さんの茶飲み友達になって以降はより連携強化された気がする。


 ベル自身もやっと昨日のドッキリ宣言の意味を理解できたらしく、今は必死に『貴族のたしなみ』とか言う本を読んでいる。

 うん、多分それって外国人が作った外国人向けの日本ガイドみたいなもので、あんまり意味ないよ。ベル……


 もう一台の馬車にはフレカ・アーシャ・ミスティのメイドトリオが乗っている。

 後で聞いた話では元々はフレカとアーシャだけの予定だったけれどベルがメイドから外れるため急きょミスティが追加されたらしい。

 選考理由は……ミスティが中央に行ってみたい! と猛アピールしたのが母さんの御眼鏡に適ったそうだ。

 大丈夫なのか? 我が家の採用条件は?


 とはいえ、三人ともメイドとしてはファンナさんも太鼓判を押していたから問題ないのだろう。

 もし足りないようであれば、追加で雇う事になるそうだ。


 ……出発して四時間……


(どうしよう。めちゃくちゃ暇だ。)


 最初は遠出という事で風景を楽しんでいたけれど、どこまで行っても同じような大草原が続けば流石に飽きてくる。


 本を読むにしても、本は全部『書庫の指輪』の中にある。

 さすがにベルはもう見慣れたけれど、バインズ先生の前で本を取り出すわけにもいかない。


 どんな魔法だよ、になってしまう。

(ベルには我が家に伝わる聖遺物でごまかしている。)

 次の休憩の際に荷馬車から持ってきたという事にしよう……次の休憩予定まで半日あるけれど。


 いまだにベルは『貴族の嗜み』を熟読しているから少し声を掛けづらい。

 バインズ先生は目を瞑っている。

 寝ているのであればこちらも声を掛けづらい。


 まだ二か月にわたる長旅が始まったばかりなのに……僕の精神は持つだろうか?


「そうだ、エル、お前に渡しておくものがある」


 目を瞑っていたバインズ先生はそう言うと僕に二枚の紙を差し出す。


「はい? えーっとウォーターアロー、ファイアーアロー、アイスストーム……」


 魔法の名前が一覧としてざっと五十個ほど記載してある。

 多くが中級魔法、もしくは今まで練習として改良して新しく名付けた魔法だ。


「えっと、バインズ先生、これは何でしょうか?」

「いいかエル、入学したらよほどのことが無い限り記載してある魔法の使用は禁止だ」

「え? ちょっと待ってください。僕のメイン魔法ばかりじゃないですか!」

「ばかやろう。お前の使っているメイン魔法は殺傷能力が高すぎるんだよ。

 そんなのを魔法教導とかで使ってみろ死人が出るわ」

「うっ」

「いいか、解禁していいのはお前かベルに危険が及んだ時か実際に教師の使用許可が出たときだけだ。わかったな」

「……はい……」


 ――――


 そう言って黙り込むエルにバインズは満足する。

 エルの能力はバインズも高く評価するところだ。

 だがその能力はもう学校に通う他のガキたちに比べるとレベルが違いすぎる。

 いや、そもそもが騎士団の中でもトップクラスと言ってもいい。


 しかし、いままでエルの周りにいた同年代……クリスやベルもエルが教えた事で化け物レベルになっている。


 ベルは他の人とも交流があるから能力が異常である事を認識しているだろうが、エルにとっては、その出生ゆえに外部との干渉が少なかったせいで、それが普通という認識になっているのだ。


 エリザベートが自分の才に驕らない様にしたのは確かに良かったが別の弊害が出てしまった。


 その認識で練習したら場合によっては相手を消し炭にするほどの魔法もある。


 さらに問題になるのが、ウォーターアローのようなエルが改良した魔法だ。

 言っちまえば、これは学校で教える理念の幾つかをひっくり返しかねない代物である。


 今までの歴史でも魔法の改良には多くの専門家が何年、何十年と掛け、それでも成功するかどうかも分からない、

 国を挙げての一大プロジェクトなのだ。


 八歳になったばかりの子供が何十個も魔法を改良しました……なんて笑い話にもならない。

 それだけで無能と判断された専門家の首が(もしかしたら物理的にも)どれほど飛ぶかわからない。


 ということで、バインズが先生と言う立場を使って抑制してやる必要があったのである。

 エルは、この年齢の割にはちゃんと約束は守る、今のうちに釘をさせたのは良かっただろう。


 一緒に聞いていたベルがなんだか複雑そうな顔をしているが、彼女の事だ、エルに同情でもしているんだろう。


 ――――


 確かに、ここでエルに釘を刺したのは一定の成果を上げたと言えるであろう。

 事実、入学後にエルと訓練で対戦し、消し炭になる者は一人もいなかったのだから……


 けれど、もしクリス(ベルは思っても口に出さないから除外する)であればこう付け加えたであろう。


『あと、新しい魔法を開発することも禁止』と……


 バインズがクリスやベルのようにエルと言う人間の思考回路をもっと理解していれば良かったがエルとちゃんと向き合うようになってから日が浅いのだから彼を責めることは出来ない。


 バインズは黙り込んだのは、エルが意気消沈したからだと思った。

 一方、ベルは『何か別のアプローチから思案を始めたなぁ』と察して複雑な顔をしたのだ。


 実際、エルは既に思案を始めていたのであるから――――


(なるほど、確かに殺傷能力が高いというのは盲点だったな。

 攻撃魔法の大部分が戦争から生まれたせいで相手を殺すことが目的だったから仕方ないけど、これからも魔法量を鍛えていくとして、確かに学校で攻撃魔法をぶっ放すってのも怒られるか……

 殺傷能力を抑えた攻撃……とりもち……うん、わるくない粘液性を高めたウォーターボールって感じかな。

 確かにこの世界の魔法にはバインド系の魔法は皆無だからなぁ。

 後は……スタンガン……おぉ、これはいいかもしれない。

 何かの物質に帯電させて相手に当てる感じでいけそうな気がする。

 他にも色々と考えてみよう。やっぱりバフ・デバフ系もあるといいよなぁ。


 うん、いやぁさすがバインズ先生だよな。

 これからも僕とは違う観点を持つ人から積極的に意見をもらうようにしないとな)


 この時、エルは知りようもなかった。

 本来、魔法は四つの系統「攻撃魔法」「治癒魔法」「召喚魔法」「一般魔法」に分類されていた。

 そこに「補助魔法」と呼ばれる新たな系統をエル(とベルも手伝う巻き込まれるわけだが……)により確立することになるとは。


 そしてこの時のエルは、ただこう考えていただけだった。

 よし、これでこの二か月間の長旅も有意義に過ごせそうだ…と。

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