第22話 ■「剣術を習おう」
さて、今日からバインズ先生に剣術を習う事になる。
今のところ『ギフト』による自身強化を考えていない僕としては、自分を守るためには自分の努力で強くなるしかない。
そう言った意味で、小さいころから魔法の勉強と身体能力強化は継続して進めているけれどやっぱり、技術という部分で欠けている状況だ。
とはいえ、八歳になれば入学することになるから1年ほどではあるが、最低でも基礎は習得しておきたい。
剣術も前世の小学校二年から六年まで近所の公民館で行われていた剣道の道場に親に言われて通っていた程度なので付け焼刃に近い状態だ。
剣道は日本式の刀をベースにしている分、使い物になるのか?
がいささか不安ではある。
「それでは、エルスティア様、本日よりお願いするよ」
バインズ先生は、三十六歳で父さんの知り合いらしい。
中央騎士団(エスカリア王国の主力騎士団である)の元第三騎士団長という事で実績は申し分ない。
魔物との戦闘でけがをした際に現役を退いたそうだが、引き締まった体には無駄な贅肉が無く今も現役と言われてもおかしく無い。
「はい、よろしくお願いします。
バインズ先生は、師匠となりますので遠慮なく呼び捨てでお願いします」
バインズ先生は元平民で騎士団時代の実績から男爵号を拝命しているが、爵位から言えば僕の方が上になる。
だから、僕の事を様付けで呼んだのだろうが、先生に様と呼ばれるのは何だか変な感じがする。
かといって、先生から呼び捨てにするとは言えないから僕から呼び捨てをお願いする。
変な風習だけれど、この世界での爵位が持つ意味はそれほどの力関係が発生するのだ。
「わかった。それではエル。まずはお前の構えを見せてくれ」
と剣(いわゆるロングソード)を僕に差し出す。
剣といっても鉄ではなく銀でできている。
ゲームでは鉄より銀の剣の方が高価で攻撃力が高い事が多いが、実際には硬度の部分で鉄に劣る。
だけど、この世界は魔法を中心としているから阻害効果が高い鉄は忌み嫌われている。
騎士団や傭兵も共通の認識になっているようで戦士でも魔法との相性が良い銀の剣が常識となっている。
硬度の問題は剣に刻印されている魔法陣により魔法の刃を形成することで解決する。銀のナイフの巨大版といった所だ。
今手渡された銀の剣には魔法陣の刻印がされていない。
剣で言えば刃を落としている。という奴だ。
僕は剣を受け取り少し考える、構えと言っても剣道の構えしか知らない。
まぁ、七歳の子供に最初から完璧は求めないだろう。
と剣道で言うところの正眼の構えをとる。
「ほぅ、面白い構えだな。エル。ひとまず打ち込んで来い」
ロングソードを立てながら右手側に寄せて左足を気持ち前に出す。
剣道で言うところの八双の構えに近い。
八双の構えは、剣道のルールであれば役に立たない(袈裟懸けや逆胴になる)が、既に剣先が起きているので、後は落とすだけと「起こり」が必要ない分、実戦においては非常にオーソドックスな構えになる。
それに対して僕はまずは上段から打ち込むが、難なく防がれる。
続く手として横薙ぎに打ち込むが防がれる。
その後、手を変え品を変え数十合打ち込むが全て防がれる。
今まで鍛えてきた身体能力だけで打ち込んだせいで最後の方は肩で息をする形で手が止まる。
「なるほど、力だけで数十合打ち込めるだけの体力は十分あるようだな。」
少し汗ばむ程度で息も切らさずにバインズ先生は言う。
「だが、私が思うにエルの動きは片刃を前提としたものになっていないか? 表刃からの打ち込みだけで裏刃からの打ち込みが無かったぞ。」
そう言われて、気が付く。
確かに刃こぼれ(実際には刃は無いけど)しているのは片方側だけだ。
剣道が動きのベースになっているせいでどうしても日本刀のような片刃の動きになっている。
対してロングソードは両刃だ、刃を返すことでツバメ返しも容易にできる構造になっている。
「たしかに、そうかもしれません」
「エル、しょげることは無い。まずはお前の基礎体力を見るのが目的だったんだ。
他の子供たちはただ
「本当ですか、バインズ先生」
「あぁ、これからまず、基礎部分からみっちりと鍛えていくから覚悟しろ」
「はい! よろしくお願いします!」
……僕はこの時、まだ知らなかった。
バインズ先生が言う「みっちり」が僕の常識外だった事を……
――――
「つ、疲れたぁ」
部屋に戻ってきた僕はそのままベッドに倒れこむ。
あれから三時間、時々バインズ先生から指摘を受けながらただ黙々と素振りをしていた。
竹刀や木刀とは違い銀でできた剣なので重い、最後の方には膝はガクガク、剣筋なんて見れたものじゃなかった。
それでも先生が止めろと言うまで続けられた自分を褒めてあげたい。
「明日からも……がんば……る……ぞ……」
そのまま僕は深い眠りについた。
――――
その夜、バインズはレインフォードと飲み交わしていた。
バインズとレインフォードは、剣術の師匠を同じくする兄弟子と弟弟子の関係で退役後の就職先を探していたバインズに真っ先に声をかけたのがレインフォードだった。
「それで、うちの息子はどうだった?」
空いたバインズのグラスにワインを注ぎながらレインフォードは尋ねる。
バインズのほうが兄弟子にはなるが、お互いに敬語を抜きに話すようになって久しい。
「あれは、本当にお前の子供なのか?」
「うん? エリザベートが浮気をしていなければ、正真正銘俺の息子だが? ……おっと、今のは聞かなかったことにしてくれ。
俺はエリザベートを信じているのでね」
とレインフォードは茶目っ気を見せる。
「ふんっ、ごちそうさま」
バインズは、呆れたように返し、注がれたワインを飲み干す。
「素人にしては構えの基礎が最初からできているし、体力的にも合格点だ。しかも三時間の素振りに文句ひとつ言わない。
普通の七歳のガキんちょなら逃げ出すぞ」
「あぁ、そういうことか……なぁ、バインズ。エルはいつから体を鍛えていると思う?」
「うん? まぁ六歳くらいからか? それにしては体力がある方だが」
「いいや、四歳の頃からだ、しかも誰に言われたでもなく自主的にな。
しかも魔法の練習も四歳のころから始めている」
「おいおい、嘘だろ。四歳なんておしめが取れたばっかりじゃないか」
「俺はな、バインズ、親バカなのかもしれないが、
エルは神が連れてきた救世主なんじゃないかと思ったりするんだよ」
それに対して、バインズ自身、否定出来ない。
否定しようとすれば出来るのかもしれないが、四歳の頃から鍛錬しているという話を聞いた後ではその言葉が出てこない。
「だからな。バインズ、エルが求めるのであれば出来るだけ鍛え上げてやってほしいんだ。
これは親友であるお前にしか頼めない話だからな」
バインズは頭を掻く。こういう時に『親友』という言葉を出すのはずるい。
「あぁ、わかったよ。レインフォード。どこまで出来るかわからんがな」
「感謝する」
空になっていたグラスにレインフォードはワインを注ぐ。
それを
「まったく、退役後はのんびりとガキんちょのチャンバラに付き合うだけのつもりだったんだがな……」
と呟く。
明日からも厳しい鍛錬が続くのだろうな。と少し無責任な事を思い、苦笑いしながらレインフォードはワインを飲み干したのだった。
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