神様のモニタリング ~人類滅亡回避のススメ~
片津間 友雅
第1話 ■プロローグ
何もない、音もない静寂な目が痛くなるほどの広さを持つ空間
そこに黒い霞の様なものが集まってくるとそれは徐々に人の形を成していく。それは好々爺とした老人。
「さてと、早々に今日のノルマ分を見繕うかのぉ」
右肩を左手でもむ仕草をしながら呟き、空いた右手を垂直に振り上げる。
すると老人の前の空間に幾つもの黒い点が浮かび上がり、時には直線に……時には曲線に……また時には折り重なるように……意思を持ったかのように点は姿を変えていく。
現代の技術では理解できない光景にもその老人は特段驚いた様子もなく眺めている。
その風景が落ち着く頃、それは何百行にもなる一覧の様な形を成す。
そこに書かれたのは人の名前だろうか? 日本人、外国人と多種多様な文字が並ぶ。
その横には数字がゼロから三桁をいく数字がランダムに並んでいるようにも見える。
さらにその横には、「人」「ライオン」「杉」「アゲハ蝶」などありとあらゆる動植物の名称が並ぶ。
「……ふむ、今日は虫あたりにするかのぉ」
その老人が呟くと同時に左手を振ると「人」や「ライオン」といった文字が浮かんでいた列が次々と霧散し、残ったのは「アゲハ蝶」「ハエ」「カブトムシ」「蚊」といった文字が浮かぶ一覧のみ。
それでも未だに数百はあるだろう。
「若すぎるのは自我が薄いし……かといって年寄りは固定観念が強すぎる……ふむ、二三十代にするかの」
再度左手を振ると数字の値が二十から三十九以外の一覧が次々と霧散する。
「おぉ、それなりの数に絞れたのぉ」
百件未満にまで絞られた一覧に老人は満足そうに呟くと、名前らしき文字を次々と指で弾いていく。
そして弾かれた文字はすぐさまに赤色へと色を変えていく。
「よし、今日はこのくらいじゃろうて」
老人は、満足そうにつぶやくとその一覧を残したまま、姿を消す。
老人が不規則に選び出し、赤色に文字が染まった数は実に二十六。
その中の一つにあったのは、『
――――
「はぁ、今日は疲れたなぁ」
時計の長針と短針が
明日からの一週間の長期休暇を堪能するために仕事を切りが良い所まで……
と頑張ったので普段より遅くまで残業することになったが、その甲斐あり明日からは休暇に没頭できそうだ。
男こと藤堂 雄一は一流……とは言わないもののある程度名前の知れたIT企業に入社して六年目になる。
子供の頃から両親に「いい学校に入っていい会社に」を呪文のように聞かされながら生きてきた。
それは両親共に上場企業の社員だった経験からであろう。
母親は結婚後に家庭に入ったが、父親の収入で十分に暮らすことが出来るだけの貯蓄はあった。
だからこそ自分の息子にも苦労をさせないようにとの思いだったのだろう。
雄一もその期待に応え、そこそこいい大学に入学してそこそこいい会社に就職することが出来たが、内定をもらえた三日後に両親を交通事故で失い、雄一の進路に満足したのかどうかも聞けずじまいになってしまった。
妻無し子無し彼女なしで、親戚はいるものの葬儀の際に久しぶりに会った位の疎遠な関係でしかない。
独り身である雄一には休暇に撮り溜めたアニメ鑑賞や積みゲー消化する事が唯一至福の時になっていた。
雄一の性格的に同じことでもこつこつ繰り返しやる事については特に苦にはしていない。
ゆえにアクションゲームと言った運動神経に依存するゲームよりも戦略シミュレーションを一番好んでいて国内・海外発売問わずかなりの量をやってきた。
(本当は彼女でも作って結婚……ってのが健全な男子なんだろうけどなぁ)
とは思ってもそれを何か行動に起こす。まではまだ踏み切れそうにない。
実際問題、独り身のほうが気楽だし三十過ぎてからでも真剣に考えればいいだろ……というのが雄一の偽らざる本心なのである。
(ま、それはそれ、今は明日からの休暇を精いっぱい楽しまないとな。
この休みの間に開墾・開拓を進めてまずは、人口百万人達成しないとな。)
と、今一番はまっている内政に重きを置いた戦略シミュレーションゲームの事を考えながら家路へと急ぐ。
人気もほとんどない深夜の住宅街。
もし女性であれば周囲に気をつけたほうが良いのだろうが、男である雄一は通いなれた道をただ帰るという感覚しかない。
会社を六年間も行き来すれば、自分の歩くスピードと信号機のタイミングも体に染み付いている。
何時も引っかかる赤信号が青に変わるのをぼーっと待つ。
日中は車通りが多い四車線のこの道路も、この時間にもなるとほぼ車が通ることがない。
それが何時もの事……ゆえにその日の僕は完全に油断していた。
青信号に変わったのを確認した後、左右を確認することなく横断歩道を渡り始める。
四分の一ほど渡っていた僕の右目に車のヘッドライトの光が入った。
今渡っている信号は確認してから渡りだしたのだから、もちろん青信号。
そして右側からの車という事は車にとっては赤信号。
車は横断歩道の前で減速、停車するというのが一般常識なわけで、どこにでもありそうなシチュエーションに過ぎない。
しかしふと、雄一は違和感を感じる。右目に入ってくるヘッドライトの光量に減速感を感じないのだ。
「おぃ、嘘だろ……」
猛スピードで近づいてくる車の運転席に視線を向けるが、運転手の顔が見えない。
いや、運転手の頭頂部しか見えないと言った方が正解か。
居眠りなのか急病なのか、あずかり知らぬところだが、運転手には雄一の姿が見えていないことになる。
すでにその時には避けようもない鉄の塊が迫ってくる中で出来たのは、体を守るために腕を交差させることだけ。
もう少し冷静であれば、わずかな希望にかけて頭部を守っていたかもしれないが、どだい無理な話だ。
衝突。聞こえる自分の体が
百七十五㎝とそれなりの体格である雄一でさえも、まるで小石かのようにあっさりと宙を舞う。
激痛に意識を持って行かれる
(あぁ、五百万人都市が結局作れなかったなぁ)
と自分で立てたゲーム目標を達成できなかったことであった……
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