第4話 集う想いと、握られた拳


 期末考査を終えてしまえば、学生にとっての「壁」はもはやないに等しい。それは五野寺学園高校においても例外ではなく、生徒達は皆夏休みを前に浮かれる日々を過ごしていた。

 だが……その只中にいるはずの炫は、今日も浮かない表情で校門を後にしている。そんな彼の眼前に、思わぬ来客が現れたのは、その直後のことだった。


「飛香君、久しぶり。あの日以来だね」

「……! き、輝咲さん」


 純白のブラウスに袖を通す、色白の美少女。黒の長髪を桃色のリボンで纏めている彼女の美貌に、周囲の生徒達(主に男子)も注目していた。

 そんな人だかりを前にしても、彼女――輝咲玲奈は炫だけを見つめ、視線で場所を変えるよう促す。その意図を汲んだ炫は、彼女の後を追うようにこの場から立ち去っていった。


「お、おい、あいつらどこに行くんだ?」

「なんなんだよあの超絶美少女! 飛香の奴、いつの間にあんな……!」

「クッソ、ちょっとあいつ――いだだだだだ!?」


 見るものをたちどころに魅了してしまった、絶世の美少女。その背を追おうと、1人の不良生徒――鷹山宗生たかやまむねおが歩みだしたのだが。何者かに後ろから耳をつねられ、阻止されてしまった。

 何事かと振り向いた彼の眼前に立つ、黒髪を短く切り揃えた美男子は、憮然とした表情で男子生徒達を睨んでいる。


「ゲッ! ま、真殿まどの!」

「貴様ら、夏休み前だからといって羽目を外しすぎるなよ。何をしようとしていたのかは知らんが、他校の生徒にちょっかいを掛けるなど言語道断だ」


 彼の名は真殿大雅まどのたいが。サッカー部のエースにして現生徒会長というスペックの持ち主であり、その甘いマスクも相俟って女子生徒達から絶大な人気を博している男子だ。

 しかし、彼はある1人の少女にしか関心がないらしく――未だに浮いた話がひとつもない。


 ――さらに、生真面目で融通の効かないその性格もあってか、多くの男子生徒にとっては目の上のたんこぶなのだ。

 そんな彼に見咎められたことで、男子生徒達はすごすごと引き下がって行く。敵に回せば、より面倒なことになるからだ。


「で、でもよ、飛香の奴がホイホイ付いていっちまってたぜ!」

「なに……飛香炫がか?」


 だが、自分達ばかりが注意されるのは面白くない――と言わんばかりに、男子生徒は炫のことについて言及する。それを耳にした大雅は、暫し神妙な表情を浮かべていた。


(……あいつが、今更他の女にうつつを抜かすとは思えないが)


 ――優璃達が姿を消したことで、炫がどれほど思い悩んでいたか。それを彼は、よく知っているのだ。


 ◇


「もう夏休みね……。あんなに肌寒かった夜が、嘘みたい」


 五野寺学園高校に続く、並木道のベンチ。そこに腰掛ける2人の男女が、太陽を浴び翡翠色の輝きを放つ木々の葉先を見つめていた。

 やがて少年は、隣で木陰に涼んでいる少女の横顔を見遣る。


「……あなたがここに来たということは、伊犂江さんのことですか」

「そうなるわ。もうすぐあの子も、誕生日だしね」


 そんな彼に対し、玲奈は溌剌とした笑顔を向ける。だが、その屈託のない笑みを前にしていながら、炫は苦々しい貌で目を伏せるしかなかった。


「……そうですね」

「優璃と利佐子の居場所――判明したそうよ」

「……!」

「プレゼントの花束、買ってあるんでしょ? あなたのことだから」

「……いえ、あれは」


 優璃と利佐子の行方がわかった。それは本来なら、何よりも喜ばしいことだというのに――炫の表情は晴れない。玲奈はそんな彼の胸中を汲むと、敢えて視線を逸らす。


「……合わせる顔がない。本当に、そう思うの?」

「オレは……オレ達はあの日、正しい・・・ことをしました。デザイアメダルの密売を阻止し、全てを終わらせました」

「そうね。私達が選んだ道は、間違ってはいなかったと思うわ」

「でもそれは、オレの理屈なんです」

「……」


 今にも消えてしまいそうな、か細い声で炫は呟く。その一言一句を、隣の玲奈は静かに聞き続けていた。


「どんなに悪い人だったとしても、彼女達にとってはかけがえのない家族だった。そんなあの人を、オレ達は……」

「あの人を放っておけば、より多くの死者が出ていた。彼が警官隊を殺めた時点で、もう情状酌量も絶望的だったのよ」

「それでも、父親も母親も、子供にとっては1人きりです。誰かが代わることのできない、家族なんです。オレ達は正しい・・・ことのために、彼らの全てを、踏み躙った」


 幼くして父を失い、家族を喪う痛みの中で生きて来た彼にとっては、人の家庭を破壊し路頭に迷わせるなど、許し難い悪業でしかない。

 それにどんな大義があったとしても、起きている事実から目を背けることは出来なかった。


 ――大義名分を振りかざし、伊犂江家と蟻田家を破滅に追いやった自分にはもう、友達面する資格などない。

 それが、彼女達を避ける理由であった。


「……それは、違うと思う」

「……」

「優璃も利佐子も、あなたがグランタロトだったことは知らないでしょうし……仮に知っていたとしても。違うと思うわ」


 だが。その胸中を慮った上で。玲奈は炫の結論に、異を唱える。


「あの子は、身内に何かと甘いところはあるけど……物事の善悪がわからない子じゃない。何よりあの子は、寂しい思いをするのが一番嫌なの。中学で初めてあの子に会った頃、『色眼鏡で私を見ない人なんて、あなたが初めて』って言われたの、今でも覚えてるわ」

「……」

「例えあなたが思うように、あの子達にとってあなたが、破滅の元凶だったとしても。優璃も利佐子も、決してあなたを責めないわ」


 ――中学時代、玲奈と優璃は友人同士だった。下心に溢れた男達にばかり囲まれ、女子達から少なからず嫉妬も買っていた優璃にとって彼女は、心の底から・・・・・気を許せる数少ない友人だったのである。


「……前にね。優璃があなたのことを嬉しそうに話してくれたの。花が好きで、とても優しい男の子に出逢えた……って」

「オレは優しくなんか……!」

「あの子にとってはそうだった、それが全てよ」


 そんな彼女だからこそ、当人に代わって伝えられる想いがある。そう自負する玲奈は、表情に迷いの色を滲ませる炫の眼を真っ直ぐに見据え、語り掛けた。


「……飛香君。全てを無くしたあの子達にとってあなたは、最後の希望なの。だから……お願い。あの子達の想いを、あなた独りで終わりにしないで」

「輝咲さん……」

「あの子は今も、あなたをずっと待ってる。罪も罰も、関係なくね」

「……輝咲さん、オレは!」

「わかってる。自分を責めたい気持ちは、私も一緒だから。……でもね、優璃の心を救うには、あなたが必要なの」


 炫が優璃達に会えない理由。それに共感を示しつつ、なおも玲奈は彼を諭す。あまりに多くのものを失い、孤独に苛まれつつある優璃の心を救えるのは、彼女が愛する炫だけなのだから。


「だから、許してあげて欲しい。これまでの、あなた自身の全てを」


 やがて、玲奈はそう言い切ると――俯く炫に慈母の如き微笑を向け、ベンチから立ち去っていく。ふと顔を上げた炫が、辺りを見渡す頃には……すでに彼女は、姿を消してしまっていた。

 ――玲奈は地球防衛隊の精鋭「セイバーV」の一員であり、その背に多くの命を背負っている。いつまでも、たった1人の側に寄り添っているわけにもいかない。

 ゆえに彼女は、炫に親友の未来を託したのである。


「……」


 そんな彼女に、導かれるように。炫もベンチから立ち上がり、青空を仰ぐ。この空の向こうに繋がるどこかに、彼女がいるのだと……待ち続けているのだと。


 ――かつて、グランタロトだった拳を、握り締めて。


 ◇


 伊犂江優璃と蟻田利佐子の行方は、警視庁だけが握る機密事項であり、FBI連邦捜査局の力を以てしても容易く介入することはできない。

 炫に深い恩義を感じているFBI捜査官「キッド・アーヴィング」と「トラメデス・N・イカヅチ」は、彼と彼女達の関係を鑑みて2人の行方を独自に調査していたのだが、これといった成果を得られずにいた。


 ――だがある日。彼らの知人から、有力な情報を得たという連絡が来たのである。

 しかもその知人とは――1年前の「ギルフォード事件」でFBIを辞職し、「COFFEE&CAFEアトリ」に勤務するバリスタとなっていた、アレクサンダー・パーネルだったのである。


「……で、そのお前が寄越してきた情報がタレコミって……どういうことなんだよ」

「そんなものを信用するあなたではないはず。理由をお聞かせ願えますか」


 ――そして、情報の出所を問うべく。キッドとトラメデスは、「COFFEE&CAFEアトリ」に足を運んでいた。かつて炫と優璃も働いていたこの店は、再びチーフとアレクサンダーの2人体制に戻ってしまっている。


 ブラウンの髪を短髪に切り揃えた、黒スーツ姿のキッドは、カウンターの隅でコーヒーを淹れている亜麻色の髪の美少女を、警戒するように一瞥していた。

 ――これはあまり、外部の人間に聞かせていい話ではない。彼女が英語を理解できない保証はないのだから。

 一方、キッドの隣でアロハシャツ姿になっている、金髪を肩まで伸ばした美男子――トラメデスは、露骨なまでに好色に満ちた視線で、チーフのうなじを眺めていた。そんな旧友の相変わらずな姿を前に、カウンターに立つアレクサンダーはため息をつく。


「タレコミ……は、タレコミだが。容易く聞き流せそうにもない筋から入ってきた話でな」

「お前がそう言うからには、さぞ珍しいお客さんが来たんだろうな」

「それで、誰なんですか。あなたに情報を流した人物とは」


 そんな彼に、トラメデスとキッドはチーフから視線を離し問い詰めていく。その2人を前に、どう説明したものか――と、アレクサンダーが顎に手を当てる瞬間。


「俺をお探しかい? FBIのワンちゃん達」


 突如。

 トラメデスとキッドの間に割り込むように、1人の男が姿を現し――彼らの肩に、手を回していた。

 FBI捜査官ですら察知できないほどに気配を殺し、2人の背後を取ったその男を間近で目の当たりにして――現役捜査官達の眼の色が変わる。


 ――この夏場には到底そぐわない、漆黒のレザージャケット。背中まで伸びる、艶やかな金髪。鋭い肉食獣のような、蒼い眼。

 2人は、この男に見覚えがある。かつてサイバックパークに現れ、天照学園主催のヒーローショーに乱入したデザイアメダルの怪人――スペンサー・アーチボルドだ。


「貴様……! 何故ここに!」

「おいおい落ち着けって。混み合う前だからって、こんなとこでドンパチ始める気かぁ?」

「……なぁるほど。確かにこいつぁ、珍しいお客さんだな、アレックス」


 キッドは懐の拳銃に手を伸ばすが、スペンサーの言及に唇を噛み、どうにか思い留まる。トラメデスは彼の出現からおおよその経緯を悟り、口元を不敵に緩めていた。


「……その男が、2人の居場所を突き止めて来たのが、数日前のことだ」

「苦労したぜぇ。なにせ、陸路が全くない山のど真ん中だ。多分ヘリで行き来するような別荘だったんだろなぁ」


 アレクサンダーはスペンサーに訝しげな視線を向けつつ、懐から1枚の写真を取り出す。そこには、丘の上に聳える屋敷で暮らす、2人の美少女が映されていた。


「ま、元SAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)の俺にかかれば『お茶の子さいさい』ってヤツさ」

「……何故貴様が、こんなことに手を貸す」

「まだあの坊やに、報酬を払ってなかったからな」

「報酬だぁ?」

「あぁ。前に、俺のゲームを盛り上げてくれた報酬さ」


 キッドとトラメデスの追及に対し、スペンサーは得意げに嗤い、おどけて見せる。そんな「気紛れ」を起こす彼に、アレクサンダーは渋い表情を浮かべていた。


「……すでにこの情報はセイバーVと天照学園にも共有させている。炫君の耳に入るのも時間の問題だろうな」

「そうですか……! では早速、我が社からヘリを1機――!」

「やぁめとけ、やめとけ。マスコミに嗅ぎつけられて、隠れ家をバラされるのがオチだ。そんなことになってみろ、今度こそ嬢ちゃん達の居場所はねぇぞ」

「し、しかし……」

「ほーん、陸路が開通するまでお預け……ってか? じゃあ、今年の誕生日プレゼントはお見送りだな」

「それについては天照学園に考えがあるそうだ。……間に合わせるさ、彼ならきっと」

「ハッハハハハ、そうかいそうかい! 好かれてんなぁ、あの坊主!」

「……お前よりは遥かにな」


 だが、スペンサーに対抗するように……彼もまた、不敵な笑みを返す。そんなアレクサンダーの眼を、気紛れな男は面白げに見つめていた。


「……で、この写真を渡す前にお前が言っていた『情報料』とはなんだ。今日説明する、と聞いたが」

「あー、そういやそうだったな。はは、心配すんな金は取らねぇよ。ちょっとやって貰いたいことがあんだ」


 すると。アレクサンダーは、スペンサーが要求していた「情報の対価」の実態を問いかける。それに対し、当のスペンサーは彼から目を逸らすと、ちらりと後方を一瞥していた。


「『情報料』? そんなもの、貴様が要求する権利はない! スペンサー・アーチボルド、デザイアメダル犯罪の容疑で貴様を逮捕――!」

「――ほぅら、おいでなすった」


 そして、スペンサーの態度に激昂するキッドが、彼を捕らえようとした……その時。

 入り口のドアを突き破り、異形の怪人達が突然雪崩れ込んで来たのだった。あまりの事態に、人数分のコーヒーを用意していたチーフも目を丸くしている。

 血走った眼でスペンサーを睨む怪人達は、ジリジリとこちらへにじり寄ってくる。この事態を受け、アレクサンダーは苛立ちを募らせた表情で彼を睨みつけた。


「……説明してもらおう」

「ほら、俺が持ってるデザイアメダルって、変異種な上に腐れつえーじゃん? 欲しがるギャングは多いのよ」

「……で、俺らにシメて欲しいと」

「そゆこと。あんたら荒事なら得意でしょ?」

「それくらい自分でやれ!」

「だってあいつらしつけーんだもん。FBIがバックにいるって思わせりゃあ、ちっとは大人しくなるかも知れないじゃん?」

「……そういうことか。別に私は構わんが、ドアの修理代は別件として請求させて貰うぞ」

「ケチ」


 1年前、天照学園のヒーロー達により、デザイアメダルを密売するカラーギャング「ブラックスカル」は壊滅した。だが、メダルの力を狙うギャングはブラックスカルだけではない。

 地下に潜伏し、難を逃れた残党勢力は、今もこうして強力なメダルを付け狙っているのだ。ゲームデータを現実世界に顕現させる能力を持つスペンサーも、そのターゲットに含まれているのである。


 その「魔除け」として利用されていた真相に辿り着き、アレクサンダー達はスペンサーに厳しい視線を向ける。だが、FBIの精鋭達に睨まれても全く動じない彼に、やがてため息をつき――やむを得ないとばかりに、怪人達に対し身構えるのだった。


「キッド、トラメデス。なるべく店の損害は避けるようにしたい。私が奴らを引きつけるから、上手く外へ誘導してくれ」

「わかりました、任せてください」

「あいよ。ちょっと店が壊れるかもだが、そこはこいつにツケといてやれ」

「そのつもりだ。……スペンサー、お前が蒔いた種だろう。少しは手伝え」

「ちぇ、なんだい頼りねぇな。しゃあない、ここはひとつ、この俺様の手腕も披露してやるとするか」


 そして戦列にスペンサーも加わり、いよいよ戦いが始まろうとしていた。

 周囲に一通りの指示を送ったアレクサンダーは、最後に後方に視線を向け、チーフに隠れているように言おうとした――


「……当店では、荒事は禁止です。お引き取りください」


 ――の、だが。


 普段穏やかで、怒ることなどそうそうない亜麻色の髪の美少女は――全身から、ただならぬ殺気を放っていた。

 その異様な空気に、アレクサンダーはもちろん他の男達も、目を剥いている。


「……警告は、しましたよ」


 怪人達にも、それは聞こえていた。だが、少女1人の言葉に応じるような輩が、そもそもこの店に押し入るはずもない。スペンサーのデザイアメダルを狙う彼らは、一気にこちらに向かい襲い掛かって来た。


「喧嘩なら、外でしてください」


 ――そして。アレクサンダー達が、チーフを守ろうとするよりも速く。

 当の彼女は男達の頭上を飛び越え、怪人達の眼前にふわりと着地する。


 先頭の怪人の頭を太腿で挟み、腰の力で捻りながら、スカートの下に隠していた2丁拳銃を引き抜いたのは――その直後だった。


 一番槍だったはずの怪人は、太腿で頭を挟まれながら脚の力で投げ飛ばされ、床に脳天から突き刺さる。その後に続いていた2体の怪人は、2丁拳銃のゼロ距離射撃を浴びて転倒してしまった。


 1人目の怪人はなんとか頭を引き抜き立ち上がると、怒りを露わにして飛びかかろうとする。だが、飛び上がる寸前に足を払われ、今度は体制を崩し――顎にハイキックを浴びてしまった。


 転倒し、後頭部を打った怪人は気絶してしまい――残された2体の怪人に動揺が走る。その隙を、彼女は見逃さなかった。


 その場から軽やかに跳び上がった彼女は、身体を錐揉み回転させながら胴廻し回転蹴りを放ち、怪人の頬を打ち据える。

 残された最後の1人が、そんな彼女を背後から捕まえようとするのだが――チーフはとっさに身をかがめ、下から突き上げるようなヒップアタックを見舞った。


 その一撃でひっくり返されてしまった怪人は、弾みで同胞の腹の上に墜落。予想だにしない追撃を浴び、下敷きにされた怪人も気を失ってしまった。


 あっという間にたった1人になってしまった怪人は、それでも諦めまいとチーフに挑み掛かる。

 だが、猪のように突進して来た彼の背を、跳び箱のように飛び越してしまった彼女は――その顔面を再び太腿で挟み込むと、歪な方向に捻ってしまった。グキリ、という嫌に鈍い音が響き渡る。


 やがて、最後の怪人は泡を吹いて気絶し――1分も経たないうちに、店内に平穏が戻ってしまった。


「……」


 無論。ついさっきまで戦うつもりでいた男達は、唖然としたまま固まっている。一番彼女の近くで過ごしてきたアレクサンダーでさえ、彼女の実力には驚愕しているようだった。

 ――そして彼らは皆、思っていた。「ちょっと羨ましいけど、あの技には掛かりたくない」……と。


「話はお伺いしておりました。……ドアと床の修繕費用、近日中にお支払いください」

「お、おう……」


 やがて、チーフの穏やかな声に萎縮し、スペンサーは初めて自身のペースを乱されるのだった。


(……飛香さん……いつか必ず、必ず……優璃さんを連れ戻してくださいね。私、信じてますから……)


 一方。自分の力に慄く男達など、意にも介さず。チーフはこの店から姿を消してしまった2人を想い、窓の外に広がる青空を見遣るのだった。

 そんな主人を――窓辺に留まる愛鳥のリクが、「ご主人様は心配性だなぁ」という眼差しで見つめている。


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