死神のデスクールライフ

玉梨イノスケ

第1話 死神とその日常

学校の校門を抜け、皆と混じり家へと帰る見た目はごく普通っぽい高校生、九十九和也はある種の人から危険視されている。


まあぶっちゃけこれから始まるのはそんな彼のダラダラとした身の上話だ。


全く大したことはない、ちょっと珍しい事情を抱えているだけの普通の人間の話だ。


まあこの身の上話を簡単にすると少年がベーブ・ルースに憧れ、野球選手になるのを夢見るようなそんな頃のお話だ。

業界というのはいわゆる裏の人間、ヤバいことをしている人達が主だ。


目撃した人も居て、そこから噂が広まり犯罪者のように見られたりしたこともあった。


「あの子と関わる人は死ぬ」だとか「呪われる」だとか。


和也は吐き捨てるように思った。


別に俺が悪い訳じゃない。


俺を狙う奴らが周りを巻き込んだのが悪いんだ。


いや、となるとやっぱり結局悪いのは俺か、などと。


まあそんなことはどうでもいい。


誰が悪いだとか誰の責任だなんてことはこの際考えるだけ無駄に決まっているのだ。


ほとんどの人間が様々な能力『ゼーレ』を持つこのねじ曲がった世界、そこで和也はそれっぽく言えば『殺す』能力を持っていた。


殺すだなんて物騒な事だが、自分でもそれをよく理解出来ておらず、コントロールだって全く出来ていない。


だから出来る限り限界を試すように無暗に振るわないようにしている。


そもそも誰かを殺めた回数なんて片手で足りるほどしかない。


ほとんど全力で使ったことのない能力だが、きっとまだこれには何かがある、そんな風に感じていた。


人間の脳のようにほんの少ししか今は使えないのだろう、と。


もっと強くなればもっと力が行使出来て、自由自在に扱えるようになり、無敵の力を得られるのだと。


逆にそうでなければ困ると。


ではどうしたら強くなれるのだろうか。


殺さなくては強くなれないのだろうか。


なら何人殺せば誰にも覆せないような力が手に入るのか。


本当はこんなこと考えることなく皆と一緒に笑って過ごしたい。


だが皆と同じように生き抜ける程和也は明るい人生を送れる人間じゃないし、これからもし平穏が訪れても目標を成し遂げるまでは絶対に普通の暮らしには戻れない。


和也は能力故に過去何度か拉致されたり襲撃されてきた。


まずはその中のある組織に復讐し、片っ端から潰すことが1つ。


いや、それは手っ取り早く簡単かもしれないが雑草の葉の部分のみを抜くようなものである。


正しくは、俺に害を成す者達の親玉を倒すこと。


そしてもう一つの目標が、自分の能力を100%自由自在に操れるようになることだ。


両親は俺がまだ赤ん坊の頃に死んだそうだ。


理由は旅客機の墜落だとか。


遺体や遺骨がないのは仕方ないとして、自分でも分からないが、ゆで卵を食べる時に卵の殻の欠片を謝って食べてしまった時のような何かかひっかかる感覚があった。


だが叔母からは両親は何でもない普通の人だったと聞かされ、そうなのだと無理矢理だが納得した。


自分の勘というのはとても役に立たないものだ、失望したくなる。


彼女を取り戻すために出来る限りのことはしようと誓った。


持てる全ての力を使って敵は全て叩き潰して。


能力を使いこなせるようになれば彼女を生き返らせることも出来るかもしれない。


もしくは、俺に襲いかかって来た奴らを叩き潰していれば死者を蘇らせることが出来る能力者に出会えるかもしれない。


親戚に引き取られ、赤ん坊の頃から叔母に育てられてきたが、近くの高校に入るはずだったが、叔母は俺を別の高校へと入れた。


理由は聞かされず、様々な能力者が集められ研究や育成が行われる都市、サンクチュアリに引っ越した後、その新たな高校に入り一応静かに暮らしてはいた。


学業相手にげんなりしながら。



「いやー、今日も元気でなにより、帰ろー和也」


このクラスメイトの茶髪は神楽坂八雲、入学初日から何故か毎日毎日絡んでくる。


ただでさえ馬鹿で容量の少ない脳なのに困った事情が多すぎる。


「昨日も今日も元気かと言われれば元気じゃないぐらいには明るくねえよ。お前もまあ飽きないよな、どんなトラブルに巻き込まれて死んでも知らねぇぞ」


「ここに能力者なんか腐るほどいるんだからそこまで怖くねえよ。自己防衛は基本ってね」


八雲は両手を首の後ろに回し、上機嫌に歩く。


「まあせいぜい気ぃつけろよ、最近物騒だからな」


和也の持つゼーレは人を簡単に殺せる力だ。


噂を鵜呑みにした大人達や学校の同級生は深い接触を避けたがった。


だが、この街は俺を受け入れ、俺とも普通に接してくれる同級生が大勢いた。


特にこの物好きは全く恐れる事なくグイグイと話しかけてくる。


「いやー、やっぱり平和が一番だな」


「何でそんなフラグみたいなこと言うかな。俺は今勉強という相手と戦争中で全く平和じゃないんだが」


「こんな日常がいつまでもつづグッ」


「首をへし折ってやろうか?それとも小指から順番に指の骨を折ってやろうか?」


八雲頬を右手で掴み、黙らせる。


八雲は右手をポンポンと軽く叩いてギブギブと言うが、強く掴んだせいであいにく言葉になっていないので、手を離す。


「ジョーダンジョーダン、でも何でそんなに嫌がるかねぇ空は真っ青なのに」


「聞くな、嫌な思い出が蘇る。そういうのは考えるのをやめようとすればする程思い出すから嫌なんだ」


最初は疑ったが、今ではこの男とはそれなりに色々と自分の内側を話せる相手だ。


もちろん具体的なことは何も話さないが。


信用はしてる…と言いたいが、そこまで自分は愚かではないと思っている。


というか思いたい。


こういうのを信用するのはなかなか出来ないと直感がはたらく。


そもそもここに移る前の事情をこいつはなかなかどうしてよく知っている気がする。


何故そんなことが分かるかというと、あいつは会話の中で時々俺が喋ってないような昔のことを口に出してくるのだ。


話が終わった後に「ん?」と違和感を覚える程度だがとても気になる。


しかしどうしてなのか聞いてもはぐらかしてしまって教えてくれない。


偶然知ったのか?それとも調べたのか?


答えは出ず、今も和也の神楽坂への疑いは晴れない。


軽い挨拶を交わし別れ、いつも通り帰宅し、買い物へとスーパーに向かう。


いつも通り食材を買い、いつも通り河川敷を通り家へと向かう。


ふと、自分の周りをいかにもというような悪ぶってる男達が5人組が囲っている事に気が付く。


俗に言うチンピラである。


能力を持つ事で図に乗っては悪用する輩がいるのはよくある事だ。


「痛い目に会いたくなきゃおら、金置いてきな。」


「金ならさっき卵になった。食うか?」


「ンなもんいるか!無けりゃATMまで引っ張って下ろさせるまでだ!」


「お前ら、この俺が誰だか分かってて喧嘩売ってんのか?」


自分の出来る精一杯の演技で威圧する。


無論、この街で俺は無名の一般人である。


様々な能力者のいるこの街では、チンピラ側にもそれなりのリスクが付きまとう。


絡んだ相手が強力な能力者の場合、返り討ちに会う事もしばしばだ。


無論、チンピラ側が強ければ話は別だが。


都合良く怯んでくれたのを確認し、チンピラの1人をタックルで突き飛ばし、猛ダッシュで逃げる。


特売の卵が心配になり、赤子でも抱くかのように大事に両手で抱き抱えながら全力で逃げる。


あいにくと飛べるわけでもないし超スピードでダッシュが出来るわけでもない。


俺に出来るのは殺すことと、傷つけることだけだ。


「チッ、クソ、逃がすな!とっ捕まえて袋叩きにしろ!」


こんな奴ら相手だと能力も全く役には立たない。


別に使えない訳ではないが、自分の心の問題だ。


それに自分の力にはまだ何かがある。


それを解明しない内にはこんな奴らに使う訳には行かない。


よって今はひたすら逃走あるのみだ。


数分あちこち逃げ続けていると、息が上がってくる。


「ハーハー、ゲホッゲホッ、なんでこんな一円も得しないくだらないことしてるんだ俺は。ただでさえ忙しいのに」


こんなチンピラ相手ならまだ平和なので助かるが。


彼らには殺意というものがない。


命懸けでやってる訳でもないから身の危険が迫れば我先にと尻尾を巻いて逃げ出してくれる。


人通りの少ない薄暗い道を歩いていると、ふと、10m程先に黒いコートを着た背の高い人が立っている事に気が付く。


キョロキョロすることもなくじっとまっすぐこちらを見ている。


経験則などないが、直感がざわざわと騒いでいる。


体格から男か?などと考えを巡らせていると、いきなり男がコートを投げ捨て、棒のような物を取り出したかと思うと、無言で地面を滑るようにこちらに突進して来た。


とっさに左に転がって回避し、レジ袋を道の端にラグビー選手がインゴールにボールを持ち込み置くように、卵が割れないように優しく置きながら男の方を振り向く。


男は黒と紫を混ぜ合わせたような毒々しい色合いの先端の尖った細長い棒を持っていた。


「槍…か?」


男がコートを放り投げると、よく見えなかった顔が街灯で照らされる。金色のやや長めの髪に、目立たないごく普通の長袖のシャツと色あせたような色のパンツという、目立たない格好をしていた。


が、右の頬には切り傷のような線が2本入っている。


男は槍を自慢するかのように和也へ突き出す。


「せーかい、でもこれはただ刺すだけの棒切れとは訳が違う。どういう得物かは……ま、せいぜい自分で考えな」


こいつの眼には怨念やら憎悪やらがない、それどころかまるで少し楽しんでいるようだ。


かといって殺人鬼のような狂気のある目ではない。


自分で動いてるわけじゃなく、そういう仕事をしている者だろう。


こういう目を見るのは随分久しぶりだ。


昔のことなのに何故かこういう事件の記憶はかなり覚えているので、今更恐怖はしない。


殺しに来たからには命懸けで相手してやる。


お互い命張ってるのだから当然の事だ。


出来るだけ情報は欲しいところだが、勝つこと、そして負けないことが最優先だ。


暗く、静かな空間で命懸けの小さな戦い、いや、名誉も約束もない血みどろな殺し合いが始まる。

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