第三十四話

 母直伝夜桜家秘奥義『お尻ぺんぺん』。

 屈辱的な格好で受ける事になるその罰は、肉体的にも精神的にもダメージを与える。たとえ3歳児でも姉やメイド達の前では堪えるだろう。俺も高校までこの罰を受けていたが、最初から最後まで決して慣れることは無かった。

 彼女の我儘が助長しない様に、俺が飴と鞭を上手く使って躾け手懐けるとしよう。


「あぁっ。な、なにをするかーっ!」


 パチンッ


「ひんっ。ど、どれーのぶんいぎっ!」


 パチンッ


「ひぃっ。や、やめろーっ!」


 パチンッ


「あぁっ。や、やめて…」


 パチンッ


「いぃっ」


 パチンッ


「ひぅっ。ご、ごめ……」


 パチンッ


「うわ~ん。ごめ゛んな゛さい~」


 こんなものかな。


「はっ!?き、貴様!!」


 ヴィヴィアナの泣き声をきっかけに、呆気に取られていたヴィクトリアが動き出す。今にも槍を構えそうだ。お付きのメイドも短剣を逆手に構えている。

 このままでは俺の首が飛びかねないので、姫様に念を送る。彼女達を止めて~、と。


「……トリア、待ちなさい。ニーナもよ」

「姫様……?」

「し、しかし……」


 取り敢えずは大丈夫そうかな。気を取り直して次は飴といこう。


「なぜ叩かれたか分かりますか?」

「…ぐすっ、うるちゃい……ひっく…どれーのくちぇにっ……!」


 まだ鞭が足りなかったようだ。

 謝ったのは、痛みから取り敢えずってとこか。恐らく可愛がられ甘やかされて育てられているのだろう。謝る、という事を教えてあげよう。


「悪い事をしたら怒られるのは当然です。後はどうするか分かりますか?」

「ふんっ…ぐす……」

「悪い事をしたな~、と思う人に謝ってください」

「ひっく……わるいのはおまえだっ!バーカ!」


 あ~あ、優しく教えてあげたのに。そんな態度ならお兄さん本気出しちゃうぞ。


「良いですか、ヴィヴィアナ殿下。悪い事をしたらちゃんと謝らなければなりません。でないと怖い鬼が来てしまいますよ」

「バ~カ!おになんて来るもんか!うそつきなおまえなんかドラゴンに食われちゃえ!」


 え、なにそれ。嘘つきって泥棒になるんじゃなくて、ドラゴンに食われるの?そっちの方が怖いんだけど。じゃなくて。

 優しくしてやったのにこの態度。あ~あ、知らないぞ。


「嘘なんか吐いてませんよ。私は殿下の為を思って……おも…てがぁっ!あががががががが!がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!顔がっ!ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふぇ……?」

「「「!?」」」


 ヴィヴィアナを優しく諭していた所から突然、180度変化し顔を抑え痛がる振りをする。顔を抑える指の隙間から周りの様子を見ると、痛がり暴れる演技をする俺に皆動揺している。本気の演技に騙されてくれている様だ。ヴィクトリアも『お、おい。グレン・ヨザクラ……?』とやや心配してくれている。やはり、根は優しい人みたいだ。

 姫様は話の流れからある程度察しているのだろう。演技である事は見破れるはずは無いのだが、聡い御人だ。


「あぁぁぁ!ヴィ、ヴィヴィアナ殿下!早くっ!お゛ぉぉぉぉぉ!早く謝ってください!奴が!がぁぁぁ!奴が来ます!うぅ……うがぁぁぁぁぁ!」

「ほぇ……やつ?」

「クケ、クケケケケケ。ミヅケタ」


 ぐりんッ、と首だけを出来るだけ大きく動かしヴィヴィアナに顔を近づける。


「ひぃっ!」


 般若のお面を憑けた顔を。


「ワルイヤツミヅケタ」

「ぴぃ」


 地球で活動していた時に、顔が露わにならないよう面白半分に付けてたものだ。屑を殺す直前にこれで現れてやると、大いに恐怖してくれた。


「オデ、ワルイヤツクウ。クケケ」

「ひっ、やっ……」


 突然豹変し鬼になった俺に怯え逃げ出すが、即座に抑え込む。


「オデオマエクウ。ワルイヤツウマイ」

「あ、あたしは……ヴィヴィはおいしくないもんっ!」


 言葉では強がっているが、涙はボロボロ流れているし。ややアンモニア臭がする。


「クケケ。オマエオイシイ。クケケケケ」

「たす、たすけて!シーナ!ニーナ!あねうえ!」


 シーナ?ニーナがお付きのメイドだろ。シーナは誰だ?他のお付き?ニーナの姉妹かなんかか?名前似てるし。

 まぁ今はどうでもいいか。


「シーナモニーナモオマエノアネモ、ミナイイヤツ。イイヤツ、ワルイヤツタスケナイ。オマエワルイヤツ。クケケケ」

「ヴィヴィ…悪くない……!」


 う~ん。意地を張ってるのか、本当に悪い事をしたという自覚が無いのか。仕方ない、予定変更だ。


「クケ?デ、殿下……っ。謝るのですっ……!」

「……どれー?」


 面で見えないだろうが苦悶の表情を浮かべ、声を絞るように出す。如何にも般若の支配に抗っている風で。


「思い出してくださいっ……!嫌な思いをさせてしまった人が居るはずですっ……!ああぁっ……!クケケケ。ワルイヤツクウ。アタマカラ、バリボリクウ。クケケ」

「ひっ……いやな…こと……。……あっ!あねうえ、ごめんなさい!」


 お、気付いたか?


「おしごとのじゃましてごめんなさい!シーナとニーナもお勉強抜け出してごめんなさい!うわ~~ん」


 姫様は微笑んでいるが、ニーナは驚きに目を見張っている。謝罪の言葉が聞けるとは思わなかったのだろう。ここだけの話、ヴィヴィアナだけに聞こえる様にガッチンガッチン、歯を鳴らしていたからな。


「オマエアヤマレル。ワルイヤツチガウ。オデイイヤツクワナイ。ウゥ……ウガァァァァッ!!!」


 雄叫びと同時に般若のお面が独りでに飛んでいく。勿論、種も仕掛けもあります。

 ともあれ、グレン劇場第二幕フィナーレといこう。

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