第四話 ≪ナンシー・サクメイ≫

「ほら、さっさと起きる!」


 グレンと呼ばれていた少年をカールに預け、私は未だにピクピクやっている筋肉ダルマを蹴り起こす。


「ぐぼぉっ。お、おまえらリーダーに対する扱いが日に日に雑になってねぇか?」


 そう。こんなのでも一応、私たち【麒麟の角】のリーダーなのだ。新進気鋭のランクAの冒険者パーティという事もあり、巷では人気もあり若手の憧れの的だったりする。リーダーのベルハルトも頼もしい兄貴分として人気だが、その本性は脳筋で戦闘バカでお調子者だ。


「リーダーとして扱って欲しいのなら、もう少し振る舞う事ね。威厳有るのは顔つきだけじゃない」

「んだと?この冷血貧乳女が!」

「なによ、筋肉バカ!」


 基本的にこの筋肉とは相容れない為、言い争いが絶えない。ならどうして私達が一緒に行動しているのかと言うと、色々あったのだ。長くなるので割愛するが、私自身不本意だという事を明言しておく。

 放っておくと際限なくヒートアップする私たちを止めるのは、カールの役目。


「お二人とも、状況を考えなさい!助けられる命をむざむざ見捨てるつもりですか!!」

「す、すまねぇ」

「ご、ごめんなさい」


 思いがけない怒声に、二人して縮こまる。

 普段はニコニコ顔のカールが、滅多に見せない真剣な表情をしているという事は彼、グレン君の状態は予断を許さないのだろう。エレノア教の枢機卿として最高レベルの治癒魔法を扱う男が、焦っているのだ。彼の状態は推して知るべし。


「一秒でも惜しい状況です。迅速な行動をお願いします」

「そんじゃあ、俺は旦那を呼んでくる。ナンシーは二人の護衛だ」

「私が行った方が早いんじゃない?」

「いや、カールには魔法に専念してもらいてぇからな。魔物に襲われた場合、二人を守るとなるとナンシーの方がいい。グレンだったか?任せる」


 そう言うや否やパッと駆け出す。

 普段のベルハルトを知っている分、こういう時の状況判断と指示が的確だと余計腹立たしい。

 だが今は筋肉バカの事より、グレン君だ。


「傷の状態は?」

「掠り傷に火傷などの軽傷部分は魔法で治せましたが、左腕二ヶ所・肋骨四、五本・右足一ヶ所の骨折、そして何より左の脇腹に空いた穴。それらに附随しての内臓の激しい損傷。これらに関しては魔法薬と合わせての治療が必要です。荷馬車が着いたら直ぐに始めましょう」

「……分かったわ」


 改めて挙げられると、本当に生きているのが不思議なレベルの傷ばかりだ。この状態で痛みに発狂する事無く、確りと自分を保ち麒麟と相対していたとは驚かされる。

 それにあんな……。唇に当てられる人差し指の感触と彼の笑顔が、脳裏に甦る。


「~~~っ!」


 べ、別に惚れたとかそうゆうのじゃないわ。ちょっと素敵だなと思っただけよ。整った顔に、ミステリアスな雰囲気を放つ黒い髪と瞳が。

 最近言い寄ってくる男共は基本オラオラ系だったり、なよかったり、顔だけだったり、胡散臭かったり。あぁ、思い出すだけで腹が立ってくる。

 そんな中で自然に女の子として扱われたため、ドキッとしたのだ。新鮮さもあった。

 だから惚れたわけじゃないわ。嬉しかったのよ。そう、嬉しかったの。

 そんな風に独りでいやいや、しているとガラガラと荷馬車が近付いて来た。


「待たせたな!」


 中からベルハルトと共に恰幅の良い男が出てくる。マフション商会・会長のエーミル・マフションさんだ。

 私達は彼の護衛依頼を受けていたのだ。


「道中、ベルハルトさんから話は聞きました。荷台の方を空けて置きましたので、そちらに彼を。必要そうな物も揃えてあります。」


 見ると魔法薬を初め、水や毛布なども揃っている。さすが一流商人、仕事が早いわね。

 私の風魔法でそっとグレン君を荷台へ運ぶと、カールと丈夫そうなコートなどの衣類を数着脱がし、雨に濡れ血に塗れ泥に汚れた体をキレイにしていく。想像以上に引き締まった体にドギマギしたのは内緒だ。体が冷えないように患部以外を毛布で包むと、カールが治療に入る。

 その間ベルハルトは何やら辺りを走り回っていたが、無視し御者に馬車を出してもらった。


「うぉい、待てよっ!」


 慌てて飛び乗ってくる。


「何していたのよ」


 この状況で意味の無い事は流石にしないでしょう。


「こいつを拾ってた。グレンのだろう」


 その手には初めて見る形のナイフ。


「しっかし不思議な形だよな。ぐねぐね動くし。服も見たこと無ぇのばっかだ。素材は何だ?」

「これらは魔道具ではないようですが、何に使うのでしょう?興味深いですね」


 そう言いながら脱がしたグレン君の服を漁っていくベルハルト。

 隣では珍しくエーミルさんも無遠慮に、見たこと無い道具を引っ張り出していた。


「二人と「あまり弄繰り回さない方がいいですよ。」」


 本人が寝ている事を良い事にあれこれ漁る二人を諫めようとした所、カールから声が掛かる。


「終わったの?」

「はい。出来る限りの治療はしました。後は目を覚ますのを待つだけです。看護は必要ですがね。」

「っほ」


 良かった。カールの腕は疑っていなかったが、やはりあの傷を見せられると不安だったのだ。


「それよりもお二人です」


 ニコニコ顔から一転、真面目な表情だ。


「グレンさんの持ち物の中には、神獣様に傷を負わせられるレベルの爆弾の類が有るようです。」

「「ほぇ?」」


 二人は呆けた表情だ。


「本人が意識を失う直前に言っていました。下手に触ると爆発する、と」


 二人がダラダラと汗を流し始める。私の背中にも冷たいモノが流れる。

 それもその筈、強固な鎧である麒麟の龍鱗の上から傷を与えられる爆弾など防ぎようがないからだ。


「ほ、ほほ。少々はしゃぎ過ぎたようですね。見慣れない品々に我を忘れていたようです」


 おっかなびっくり、それぞれが手にしていた物を戻していく。

 魔力を感じられない道具に見慣れない服、そして麒麟との会話。

 彼はやはり―――


「迷い人でしょうね。私は商人として様々な物を取り扱ってきましたが、これらの物は見たことがないです」

「神獣様との会話で出てきた扉。教国の上層部にしか伝わっていませんが、過去名を残した迷い人の中には扉を通ってきたという者がいるようです」


 迷い人。何らかの理由でこの世界に迷い込む異世界人。昔から時折現れるのだが、一部は良くも悪くも名を残す。英雄として賢人として大罪人として。


「カーネラ王国に入る時は、大和皇国出身の旅人として手続きしましょう。下手に騒がれると面倒です」

「そうですね。自身の知らない所で騒ぎになるのは、彼も困るでしょうし」


 エーミルさんとカールが方針を決めていく。この間、筋肉バカは間抜け面を晒しているだけだ。


「グレン君は私達の屋敷に連れて帰るの?部屋余ってないけど……」


 私達は三人ともう一人の四人共同で暮らしている。一緒のパーティであることも理由の一つだが、最大の理由はベルハルト個人所有の為家賃が必要無い事だ。それが無ければ一緒に住むなんてまっぴらごめんだ。


「では、私達の商会で預かりましょう。世話する人員にも困りませんし、もしもの時過激な手段に出難くなるでしょうしね」


 マフション商会は大衆に好評価を得ている上、カーネラ王家御用達である。つまりエーミルさんをマフション商会を敵に回すという事は、カーネラ王国そのものを敵に回すという事と同義なのだ。


「それもそうね。じゃあエーミルさんにお願いするわ」


 グレン君に関する方針を決め終わると、間抜け面を晒していただけのバカが口を挟んでくる。


「なぁ、グレンの奴が実は悪党だなんて事は「黙りなさい」ううぇをい、悪かった!だから、杖をこっちに向けるなっ、怖ぇよ!」

「ふんっ」


 言うに事を欠いてグレン君を悪党だなんて。このバカは本格的に頭の中まで筋肉になってしまっていたようね。


「グレン君は気に入ったからという理由だけで、左腕を麒麟に差し出したのよ。どうしてそうなったのか経緯は知らないけど、そうやって神獣・麒麟と友誼を結べる人が悪人な訳ないじゃない!」

「悪かったって。冗談のつもりだったんだ。もう言わねぇから、そう殺気立つな」


 本当にたちの悪い冗談ね。

 気分の悪くなった私はグレン君の元へ行き、汗を拭き取るなどの看護がてら彼のキレイな黒髪や顔を眺め、気持ちを落ち着ける。


「ふぅ~、驚いたぜ。あいつがあんなに過剰反応するとはな。何かあったのか?」

「そうですね……。関係あるかは分かりませんが、神獣様との会話の途中でグレンさんに何やら囁かれ笑顔を向けられていましたね」

「?それだけか?」

「女と見紛うあの顔のそれも至近距離で、ですよ。並の女性なら一発でしょう」

「あー、それは納得だな。でも、あいつは並なんかじゃねぇだろ」

「ほほほ。良いではありませんか。恋を知れば女性は変わるといいますし。そちらの方がベルハルトさん的には嬉しいのでは?」

「わははは。違いねぇや。あの≪暴風姫≫が惚れることで少しでもお淑やかに変わるんなら、このままグレンの奴にマジ惚れしぼげぶらっ」


 何やらコソコソと話しているなと思ったら、バカが不快な笑い声と共に大声で勘違いも甚だしい事を喋り出したので、風魔法でぶっ飛ばす。


「ナンシーさん!?落ち着いて!あぁ、馬車が悲鳴を」

「ふぅ~っ、ふぅ~っ」

「ほら、王都もすぐそこなので準備しましょう、ね。どうどう」


 自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。これは怒りのせいで、決して照れじゃない。

 だがカールの言う通り王都も近いし、このまま暴れてエーミルさんの荷馬車を粉々のするのは不本意だ。なんとか怒りを収める。その後はバカが気絶し静かだったこともあって、何事も無く王都入りする事が出来た。

 そして、冒険者活動の傍らグレン君の様子を見ること三日。ようやく彼は目を覚ました。


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