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愛は雨と同じように遠野東中学校の制服を着て、その手に卒業証書の入った筒を持っていた。
「みんなで写真を撮るんだって。一緒に行こう」
桜の花びらの舞う風の中で、愛が雨に手を伸ばして、にっこりと笑ってそう言った。
「うん。すぐ行く。でも、もう少しだけ待って」
雨は言う。
雨が待ってと愛に言ったのは、涙を拭う時間が欲しかったからだった。
「……わかった。じゃあ、あっちで待ってるから、なるべく早く来るんだよ」
すぐに雨の気持ちを察してくれて、愛は雨にそう言った。
「ありがとう。愛」
雨は言う。
すると愛はまた笑い、それから雨にピースサインをして、みんなのところに戻っていった。
遠くから瞳と、それから森川くんと東山くんが雨に小さく手を振っているんが見えた。
雨はみんなに手を振り返してから、もう一度だけ桜を見た。
雨はお父さんと姉の雪と交わした、家での今朝の会話を思い出した。
それはなんの意味もないような、本当にたわいのない、すぐにほかの思い出と混ざり合って消えてしまうような思い出だったけど、それは、今、この春の美しさに負けないくらいに、大切な思い出として、雨の心の中できらきらと輝く淡い光となって、なによりも強く、強く、輝いていた。
もうすぐ四月がやってくる。
そしたらまた、家族みんなでお花見をしよう。
そんなことを雨は思った。
四月に遠野神社に咲く桜を見て、みんなで一緒にたくさん、たくさんお話をしようと思った。
そして五月になったら、また、みんなと一緒に世界で一番美しい星を見るために、天体観測に出かけよう。(雨は自分の進学をする地元の高校でも、また中学の最後の年と同じように天文部に入ることを、この一年の森川くんや東山くん、それからなぜかいつも一緒に行くと言ってくる瞳との天文部での部活動を通じて、このときすでに決めていた)瞳や、森川くんや東山くんを誘って、またみんなで星を見に行こう。
そこに、愛や、水瀬くんがいなくても、私はみんなと星を見よう。
お母さんの愛した星を、この街の一番の自慢を、この目に焼き付けて、生きていこう。
雨はハンカチを取り出して目元を拭った。
桜の花びら。よく見ると淡い白色をした桜と、透き通るような青空と、枝の間から見える眩しい太陽の光は、木漏れ日になって、光っている。
そのどれもすべてが美しかった。
雨はその光の中にお母さんの、遠野花の姿を見つけた。
そして雨はその風に舞う桜の花びらを見て、遠野神社の中に咲く、桜の木のところに立っている、若いころの(きっと雨が幼稚園生のときくらいだと思う)お母さんの姿を思い出した。
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