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「ただいま」
雨はそう言って、家の中に入った。
でも、いつものように「おかえりー」と言う元気な姉の雪の声はどこからも聞こえてこなかった。
台所にも、お茶の間にも雪の姿はなかった。お父さんもいない。
雨が遠野神社のほうを見ると、神社にはぼんやりと明かりが灯っていた。その明かりを見て、姉の雪とお父さんが、なにか大切なお話を今しているのだということに雨は気がついた。
それから雨は自分の花柄のエプロンをつけて、雪の代わりに晩ごはんの(と言っても、用意はほとんど終わっていたけど)準備を進めた。
その準備がほとんど終わったところで、じりじりじりー、と電話がなった。
雨は電話に出るために水で手を洗い、タオルで手を拭いてから、台所を出て行こうとした。
すると電話のところには雪がいて、「はい。遠野です」と言って、先に雪が電話に出ていた。
雪は電話の相手と「はい。はい」と話をしながら、にっこりと(なんだかいやらしい笑いかたをして)廊下に立ったままでいる雨の顔をじっと見つめた。
それから雪は受話器を手で塞いで自分の顔の横に持つと、雨に向かって「水瀬くんからだよ」とすごく嬉しそうな顔で言った。
その言葉を聞いて、雨の顔は真っ赤になった。
それから雨は無言のまま雪のいるところまで早足で移動をすると、姉から受話器をひったくるようにして、一度深呼吸をしてから、「……はい。遠野です」と言って、水瀬くんの電話に出た。
その間に雪は雨から逃げるようにして、雨と入れ替わりになるように、台所の中に早足で入っていった。
「もしもし。遠野さん?」と水瀬くんの声が聞こえた。
電話は確かに、水瀬守くんからの電話だった。
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