第25話 令嬢二人が柱の陰から微笑んでいる?

 まさかのアルバイト紹介。

 それもゆりな母さんから直々に! なんて意外! 何かが起こるのは確実。


 家からも学校からもそんなに遠くない所に、古風なカフェがあった。佇まいを見る限りでは、メイド喫茶とかそういう類では無いことは明白だ。


「……いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」

「あ、いや、今日からここで働くことになりました葛城と……」

「お話は聞いております。どうぞ奥へ」

「は、はい」


 店内は古風どころか至って普通。三咲さんのカフェに似た感じかもしれない。

 それに案内してくれる女性は落ち着いた感じの人。


 アルバイトをしているという噂の令嬢は来ていないのだろうか。


「……」


 んん? どこからか視線が?


「どうしました? 奥でお話をしますので、どうぞこちらへ」

「あ、はい」


 時間帯が丁度よかったのか、お客さんは誰もいない。それなのに、誰もいない店内から視線を感じた。


 もしかして何かのいわくつきなお店じゃないよね。


「店長は花城オーナーの指示により、現在は長期休みを取っていまして。お店には女性しかいないのですけど、大丈夫ですか?」

「花城オーナー? え……」

「ええ、このカフェは花城ゆりな様から出資を受けていまして、売上よりも働く子を成長させることを重点にしているんです。葛城さんも成長を望まれてここに来られたのですよね?」

「そ、そうですね、たぶん」


 お母さんから聞いていたのは店長は男性で、俺以外はみんな女性だけ、そう聞いていたから安心していたのに、すでに仕組まれていた?


「かつてここには花城様のご令嬢も来ていたみたいですね。とても可愛らしく、それでいてお上品な立ち振る舞いなのだとか。きっと今はとてもお忙しい日々を過ごしているに違いありませんね」


 ただのわがままな小悪魔ですよ。可愛いけど、上品かどうかは時と場合によるし、忙しいのは何かの企みだろうし本当に参る。


「そんなわけで、今は二人の令嬢たちで時間を回しています。一人は葛城さんの通う高校に通っているみたいですね」

「そうなんですか? でも今日はまだ来てませんよね?」

「いいえ、すでに二人とも来ていますよ。気付いていませんでしたか?」

「視線は感じた気がしましたけど……」

「でしたら、二人ですね。お二人とも恥ずかしがり屋で、葛城さんが来るまでははしゃいでましたけどね」


 何かの冗談かな? 姿が見えなくて視線だけの気配しか感じさせていないのに、さっきまでははしゃいでいたとか、ギャップありすぎる。


「じゃあ、二人には直接自己紹介をしてもらいますね。葛城さん、今日はお客さんが来ない日でもあるので、二人から接客されてみてはどうですか?」

「あ、そうなんですか。じゃあ、自己紹介がてらお願いします」


 売上よりも成長を望んでいる店? 完全にお母さんの道楽じゃないか。普通のカフェなのか本当に……。


「葛城さん、こちらに座ってください」

「あ、ありがとうございます」


 落ち着いた雰囲気の女性は20代くらい、派手でもないしそんなに気疲れさせるような人じゃない。慣れたら気さくに話が出来そう。


「あのー、お二人は?」

「あれ? さっきまでいたのに……葛城さんに挨拶して下さいね!」


 もしや男が苦手な令嬢? でもお母さんが言っていた恋仲対象ってここに来ている二人のはず。しかも一人は同じ学校って、誰なのだろうか。


葛城かつらぎ高久たかひささん、こんにちは……』


「え? うわっ!?」


 よくよく見ると、流しのある柱の陰から、俺のことを見つめながら声をかけて来た子がいたことに気づく。


「あ、あれ? もしかして那月さん?」

「佐那です。葛城高久さん……」

「や、やっぱりそうだよね? そっか、同じ学校の令嬢って言うから誰なのかと思ってたよ。というか、令嬢だったんだね。それなのにパン仲間になっているなんて……申し訳なくなる」

「好きだから……気にしない」

「そ、それと、フルネームじゃなくていいからね?」

「はい、葛城高久さん」

「あーうん」


 パン仲間と言っていいかは微妙だけど、令嬢ということを感じさせない行動力と、気配は嫌じゃないし、ここでのバイトで話が出来れば仲良くなれるかもしれない。


「それで、もう一人の人は? んんっ? 何かに引っ張られている……?」


 那月さんと話をしている途中から、シャツが後ろに引っ張られている感じがしていた。気のせいかと思っていたけど、まさか?


「いや、もういいかな? シャツが伸びちゃうよ」

「ひゃっ!?」

「へ?」


 あまりに背中のシャツが引っ張られるので、勢いよく後ろに向かって全身を動かすと、その子はすでに床に尻もちをついていて泣きそうになっていた。


「だ、大丈夫? そんなに強く振り返ったわけじゃないんだけど……」


 ここは男らしく、この子の手を引っ張ってあげよう。


「さぁ、俺の手に掴まって」

「ひゃ、い、いいです……結構です。ひ、一人で立つです」

「それなら、うん」


 この子がもう一人の令嬢だろうか、那月さんとはタイプも違うし、雰囲気的には椎奈さんに似た感じがする。そもそも令嬢って、結構な財閥なのだろうか。


「あ、の……わたし、綾羅木あやらぎあきら……です。よろしく、しなくていいです」

「うん、よろし――ええっ?」


 まさかの交流拒否。この二人のどっちかと恋仲とか、成長とかの前に心が折れそうな気がする。


 那月さんもさっき話したかと思えば、すでに柱の陰から俺を見ているし、そういうことかな?


 お母さんからのバイトで楽そうでは無いと思っていたけど、そういうことだった。


「葛城高久さん……」

「しなくて、いいです……しなくて――」


「うーん、参ったなぁ……」

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