六十六話 試験2
フォリオさんとベネさんに同行して数時間が経過した。
あれから私達は四階層に到達している。
「お二人はどこで魔術を学ばれたのですか?」
「ロイ・マグリス様の元ですぞ。といってもお主には分からぬだろうが」
「もしかしてプリシア様の身内の方でしょうか」
「「!?」」
二人が驚いた様子で振り返った。
あれ? 変なことを言った?
私いつも一言多いって言われるから、きっとまたやっちゃったんだ。
「どうしてそう思ウ?」
「えっと、あの、おじいちゃんがプリシア様はマグリス家の者だって言ってたから……ただ二アは、マグリス家がどういった家柄なのかは知らなくて……」
「なるほどですぞ。ブロウズはプリシアがルナ・マグリスだった頃を知る数少ない者ですからな。見れば一発でバレるのですぞ」
「納得しタ。ならば後を考えてここで口封じをしておくべきダナ」
ひぇ!? 口封じ!?
まさか殺すつもりですか!??
フォリオさんが小指を出した。
「プリシアの正体を口外しないと約束するのですぞ。まぁどうせバレても我々にはどうでもいいことなのだが、師匠が責められるのは困るのでな」
「はぁ……そういうことなら」
小指に小指を絡めて口外しないと約束する。
「ぶっころぶっころ♪ 約束破りはブッコロス♪ 貼り付け、ギロチン、焼き殺し♪ 水攻め、首つり、引き回し♪ 裏切り者には天誅下される♪」
「なんですかその物騒な歌!?」
私が知ってる約束の歌はもっとこう可愛らしかった気が。
ベネさんはうんうんと当然とばかりに首を縦に振る。
この二人見かけによらず怖すぎる。
「でもそのロイ・マグリスさんってとても優秀な方なんですね」
「当然ですぞ。我々の師匠ですからな」
「その通りダ。師匠こそが真の賢者なのダ」
大絶賛だ。それにしてはロイ・マグリスって名前の人、一度も聞いたことがないのだけれど。王都にいれば普通はなんらかの名声は聞こえてくると思う。
もしかして何か理由があって実力を隠している人なのかな。
二人の力から察するに相当の技術と知識を持った方だと推測する。
「師匠はモテモテですぞ。儂も負けていられない」
「激しく同意ダ。ライバル多シ」
前言撤回。ロイ・マグリスって人はすぐに鼻の下を伸ばす変態みたいだ。
きっとどうしようもない性格だから王国に見放されて身を隠しているんだ。
そうに違いない。すぐにでも二人を正気に戻さないと。
「二アは魔術師でなくとも素敵な殿方はいると思っています」
「ふっ、小娘はそれでよいのですぞ。我らとは根本が違うのですからな」
「越えられない壁を越えて今に至る我らに道理など不要なのダ」
すたすたと先を進む二人はどこか男らしい背中をしていた。
よくわからないけどカッコイイ。
きっと私が思うより多くの困難を乗り越えてきた人達に違いない。
師匠はクズだけど、弟子は素晴らしいようだ。
「二ア、そろそろ周囲を調べるですぞ」
「はい」
壁に手を当てて振動をキャッチする。
頭の中に振動の発生源が浮かび上がり、波が構造物の形を鮮明に作り出した。
人が数人いることが分かる。
あとは……あれ? なんだかこの情報おかしい。
「どうしタ?」
「不思議なことに魔物の気配が感じ取れないんです」
「それは当然ダ。ここにいる魔物は全て幻なのだからナ」
「え!?」
ベネさんが自身のはめている腕輪を私に見せる。
「この補助道具のせいダ。リアルな幻覚を見せることで痛みを感じさせ、それによりダメージを計測して数値化する」
「じゃあこのダンジョンには……」
「最初から魔物などいなイ」
アモン様にまんまと騙された。
ダンジョンだと前もって伝えることで、魔物が出てくるのは当然と思い込まされていたのだ。
幻覚の術は二種類存在する。
一つは術者が直接幻を纏うことで発動する外幻術。
一つは対象者に命令を送ることで誤認させる内幻術。
外幻術は不特定多数のものへ同様の誤認をさせる、比較的習得難易度の低い魔術だ。
ただ、大きな欠点もあり、外幻術は視覚を誤魔化すに留まると言う点だ。対象者の五感が正常に働いている状態では、ちょっとしたことで幻覚であることがバレてしまう。
内幻術は少数を狙った高度な魔術である。
対象者の頭の中へ直接命令を送り込み現実と相違ない幻を創り出すのだ。これを破るには第三者の協力、もしくは特定の道具を持ち入らなければ難しいとされている。
そして、今私がかかっている魔術は恐らく内幻術。
『ここは魔物のいるダンジョンである』このような前提をすり込まされたことによって、私達対象者はよりリアルで具体的な幻覚を自ら創り出しているのだ。
「でも二ア達はミノタウロスを同時に認識しましたよね?」
「それもこの腕輪の仕業ダ。アモン様は常時この腕輪に術を送り込まれていル。それにより、我々の認識は一定に保たれているノダ」
「ちょっと待ってください! 三百人もの魔術師を相手に、常に術を行使しているって常識的にありえませんよ!?」
「だが実際に行われていル」
私はアモン様の力の一片を知ってゾッとした。
常時術を行使しながら受け取った情報を処理するなんて人外だ。
多人数に同じ幻覚を見せるなんてもはや別の魔術、さすが陛下に抜擢された異例の賢者様。
やはり私の勘は当たった。
あの日、後進育成会で出会ったあの方に教えを請うべきだという、私の直感は正しかったのだ。
「そろそろいくノダ。こんなところで時間を潰している暇はなイ」
「あの、急ぐってどこへですか?」
「最深部に決まっているノダ」
すたすた二人は歩いて行く。
どうやらタリスマンは最深部にあるらしい。
◇
私達は二日目に六階層へと至る。
ここまで全ての敵を二人が倒し、私は参加者と鉢合わせしないルートを提供し続けていた。
この試験でもっとも厄介なのが他の参加者だからだ。
ダンジョンには時々休息所と思われる空間があり、そこには魔物は入ってこなかった。
実際はアモン様が私達の頭に、そうなるよう命令を送り込んでいるだけなのだけれど。
一息つく私のお腹がぐぅうと鳴る。
恥ずかしさに身を縮めた。
「少しだけやるですぞ」
「け、けっこうです!」
パンをかじるフォリオさんが食料のパンをほんの少しちぎって渡す。
それを見たベネさんも少し考えてから私にパンを差し出した。
「お前はここまでそれなりに役に立っタ。働きに報いるのはリーダーとしての務めダ」
「ちょっと待つのですぞ! いつ貴様がリーダーになったのです!」
「決まっていル。最初からダ」
喧嘩が始まりそうだったので、私は二人からパンを受け取ってかじった。
「二、二アは、どっちもリーダーだと思っています!」
「「…………」」
二人は顔を見合わせて押し黙った。
ううっ、パンだけだとパサパサして口の中の水分が奪われる。
でも水が欲しいなんて言えない。
すっ、とフォリオさんとベネさんから同時に水筒が差し出された。
「リーダーたるもの下の面倒はみないといけないですぞ」
「リーダーだから面倒を見てやル」
ひぇ、また張り合ってる。
そこへコツコツと足音が響いた。
「おいっす。まだこんなところにいたんだ」
ひょこと前触れもなくやってきたメイド服の女性。
赤毛のショートヘアーに美人だけど快活そうな顔が特徴的な方だった。
腕輪をしていないところを見るに参加者ではなさそうだ。
「ピノ殿、不用意に顔を出されては怒られますぞ」
「大丈夫大丈夫、当主っちには様子を見てくるって伝えてあるし?」
ピノと呼ばれる方はあぐらをかいて座った。
ちらちら私達の持っているものを見ると、不意にフォリオさんの手からパンを奪い取った。
「ん~、あんまり美味くないなこれ」
「経費削減で安いパンを大量に仕入れたそうですからな」
「で、ピノ殿はここでなにをされているのですかな」
「アタシは失格した奴をこっそり上に戻す役割だよ。気絶させてそんでもって裏口からリフトに載せての繰り返し。そろそろ飽きたなぁ」
ごろんと寝転がった彼女はもそもそパンを食べる。
もしかしてスタッフの一人だろうか。
それにしても裏口ってなんのことだろう。
「ピノ殿、ここには部外者もいるですぞ。あまり喋っては怒られるのでは」
「いいのいいの。当主っちって甘いからよほどのことがないと怒らないしさ。それにアタシ大目玉食らうの慣れてるし」
「それでよくメイドが務まるですぞ。クビにならないのが不思議ですな」
「当主っちとは色々あった仲だからなぁ。向こうも強く言えないってのもあるんだと思うけど。第一、アタシは有能なメイドだからクビにしたくてもできないはずだぜ」
今度は水筒を奪い取って水を飲み干す。
有能なメイド……自分で言っちゃうんだ。
でもなんだか憎めない感じがあっているだけで華やかになる方だ。
特に笑った時に見える八重歯が可愛い。
「ふぃ、そろそろ仕事に戻るかなぁ」
「タダでパンと水を食べて、さようならは感心しないですぞ」
「アタシと取引したいわけ?」
「交換ですぞ。今の合格者は何人ですかな」
「ん~、まいっか。すでに一名いるよ」
「その者はなかなか優秀なようですな。たった一人でとは」
言われてみればその通りだ。
このダンジョンで一人でクリアできるなんて、よほど優秀でなければできない。
どんな人が最初にタリスマンを見つけたのか興味が湧く。
「とりあえずアタシは仕事に戻るから。ま、頑張って」
ひらひら手を振ってピノさんは出て行った。
魅力的な人だなぁ。私もいつかあんな風になれたらいいなぁ。
でも今の私はもさっとしていて芋っぽい。都会に来れば少しくらいは垢抜けると思ってたけど、簡単には思い通りにならないか。はぁ。
「そろそろ出発するですぞ」
「そうするカ。立て二ア」
「は、はい!」
私達は最下層を目指して移動を開始した。
◇
八階層に到達した私達はここが最下層であることを知る。
なぜなら目の前に四つのタリスマンが置かれていたからだ。
八階層は非常に狭いエリアだ。階段を降りたところで眩いほどの光が漏れる部屋があり、部屋の中には四つの台座が並んでいた。
台座の上には指輪があり表面には文字が刻まれている。
『合格証明』
これを指にはめれば試験は合格と言う事だろうか?
私が指輪に手を出そうとしたところでフォリオさんから止められる。
「迂闊すぎるですぞ。これが魔術師の試験だと忘れたのか。何事も慎重に行動するべきですぞ」
「誰もが成功を前に気が緩ム。だが、そんなことで任務を失敗するような人材は
「まさか罠が!?」
二人の言う通り気が緩みすぎていた。
賢者を目指す魔術師として恥ずべきことだ。
「でもどうして気がついたのですか?」
「この台座ダ。側面に魔法陣が刻まれていル」
「ほんとだ」
内容から察するに麻痺効果の魔法陣。
でも状況から考えるとポイントを削る仕組みも組み込まれている気がする。
残りポイントが少ない状態で手を出したら、一発でアウトだっただろう。
私は杖の先で台座から指輪を引き寄せて落とした。
「これで合格ですね」
「そのはずですぞ」
「さっそくはめるノダ」
指に入れると、腕輪の表示が切り替わる。
『試験クリア』
やった。これでアモン様の部隊に晴れて入隊だ。
すると二人はなぜか周りをキョロキョロしている。
「この指輪をはめることで内幻術を中和するのですな」
「帰りはのんびりできるようダ」
え、じゃあこの指輪って内幻術を防ぐ効果があるってこと?
そんな物があるって聞いたこともない。
さすがはタリスマン。とんでもない効果だ。
あれ、でもこれって誰かが作ったとか言ってなかったかな?
気のせいだった? うーん、まいっか。無事に合格したし。
「地上に戻るですぞ」
「ま、待ってください!」
私はフォリオさんとベネさんを追いかけた。
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