魔法世界の高校生は十六夜の月とともに。

月雪怜

第1話 先生は伝説の魔術師

 おっ、いいねが49にリツイートが12か。まあバズりにはほど遠いが、いつものいいね1桁、リツイート0に比べたら随分マシだ。やっぱりバカッコイイ魔法動画は安定してなかなか伸びるな。



 朝起きて始めにすることはいつもと同じこのいいねとリツイートのチェックだ。これは大手SNSのMYLIFEによる機能の1つの、短文と短い動画や数枚の画像を組み合わせる「呟き」において自分のフォロワーを含めた全国の人から受ける「呟き」に対する評価のようなものだ。



 これが千や一万いいねとなると一般的にバズったと言われる。語源は俺もよくは知らない。こんどMYLIFEの雑学袋で聞いてみるとしよう。



 さて、時計の針は6時50分を指している。俺は寮で一人暮らし。これからご飯を作って食べて、身支度をして学校に向かっていては残念ながら8時の始業のチャイムにはとてもじゃないが間に合いそうにない。


 しょうがないから本日は食パンの上にハムを乗せた質素な朝ごはんで我慢することにし、せっせと支度を急いだ。




 時計の針は7時45分を指している。なんとか身支度が間に合った俺はいつも通り1年寮の南口から徒歩1分の桜の木広場で親友の中西伊吹を待っていた。



 こいつは俺が小学校の頃からの馴染みで、この学校にも一緒に受験勉強に励み、無事に2人で合格を果たした。俺たちが合格し、通い始めてから約1週間が立つこの高校は「国立ソルセルリーアカデミー」という由緒ある魔法学校である。


 魔法学に特化した国立の高校がほとんどないのはゆうまでもなく、さらにこのソルセルリーアカデミー、俗に言うSSAは国内でも3本の指には入る名門校である。



「うぇぇい!ディアーブル!おっはよう」


「お前よく2分も遅刻しといてそんなテンションマックスで話しかけれるな、あとディアーブルはやめろよ。慣れないから」


「おいおい?せっかく校長が入学時に決めてくれた魔法使いとしての俺たちの名前だぜ?俺のこともイブって呼んでくれよな?」


「お前の場合は伊吹もイブもキがつくかどうかだしどっちでもいいだろ」


「あー?言ったなお前?俺もそこ気にしたんだから言うなよな」


「絶対校長適当に決めたよな、お前の名前」


「それな」



 中西は少し不貞腐れた表情で淡々と返事をした。時計の針は7時56分を指している。どうやら俺たちは今日もギリギリ学校の門をくぐれたようだ。



 そうえば今日は担任発表の日。ここは他の学校とは違い最初の1週間は一般人が魔法の世界に入るための様々な儀式やテストが行われるので本格的な授業が始まるのは毎年入学からしばらくたってからとなる。



 ま、とは言っても国のお偉いさんや魔法世界のお偉いさんの話を毎日何時間も聞いていただけで、そんなに俗世離れしたことをしていたわけではないが。もちろん寝てなんていない。うん。断じていない。



 クラスに入るとどこかで見た顔の白髪の老人がいた。



「おい、だれだあのじーさん?まさかあれが俺らの担任か?」



 中西が俺に耳打ちしてくる。



「いや、ありゃどっかで見たことある顔だ。この学校のお偉いさんか、なんかだろ」


「だ、だよな?さすがに担任が爺さんは萎え萎えだぜ?この学校は可愛い先生が多いから入ったみたいなもんなのよによ」


「でもなんでそんな人がこのクラスにいるんだろうな」



 耳打ちで俺と中西が謎の老人について話しているとその老人が下に向いた目線を急にこちらに向け



「そこ!もう8時過ぎてますよ!早く自分の席に座りなさい」



と、注意してきたため、俺たちは慌てて席に座った。



「今日はギリギリ遅刻だなwディアーブル」


「うるせえよ、あの爺さんのせいだ。ってか俺のことディアーブルって呼ぶなってば!俺には秋月遊馬っていう名前があるんだよ」


「わかったわかった、秋月くんw」


「ほらそこ!ごにょごにょうるさい!静かにしなさい!今から担任発表ですよ」


「おい、お前のせいで怒られたじゃねーか夏目。」


「すまんすまん秋月w」



 クラス全員(と、言っても俺と隣の席の夏目だけだが)が静かになったことを確認した老人はふーーっと一度ため息をついた後にゆっくりと話し始めた。



「えー、ご存知かと思いますが私は副校長の道重です。」



おう。すまないが初耳だ。



「このクラスは他のクラスと違って特別な先生に担当してもらうことになったので私が紹介に参りました。どうぞー、月城先生」



 月城先生。その言葉で生徒の大半がとある人物を浮かべた。月城十六夜。この国の5大魔術師の1人であったが昨年33歳という若い年で突如現役引退し、後続育成にあたると発表した僕たち魔術師見習いの憧れである人物である。扉が開き月城先生が入ってくる。


 嬉しいことにこの淡い期待は当たったようだ。そこには小さい頃テレビで幾度も見た月城十六夜の姿があった。



「月城十六夜です。担当教科は戦闘魔術を主として魔術系全般。あ、あと数学の免許も一応持っています。」



 テレビで見る自分への自信に満ち溢れた人物とは少し違い、意外にも謙虚な姿勢だった。しかし、その謙虚なセリフからもひしひしと強キャラのオーラが漂ってくるのだからさすがは元5大魔術師と言ったところだろう。



ばっ!!!



 誰かが勢いよく手をあげたようだ。まあ有名人を前にしろ浮かれ上がってしまったバカでもいるんだろうと音の方を見ると、残念ながらそれは中西だった。



「先生はなんで先生になったんですか?」



しかも予想以上にストレートな質問だった。



「ごめんね、えっと、、中西くん。その答えは記者会見で話したから見といてもらえるかい?」



 記者会見で月城十六夜が話した引退の理由については今は答えられないの一点張りでその内容を明らかにしていなかった。そして当然中西もそのことを知っていた。



「でも記者会見では今は答えられないしか言ってませんでしたよね?その答えるときが今なんじゃないすか?」



 うわーー。中西のやろうやっぱ目上に対する礼儀が足りてないな。昔からだけど。そんなんだから年上の魔術師希望の先輩たちと何回も喧嘩になるんだろうが



「中西。もう一度だけ言うぞ。答えられない」



「そこをなんとかお願いしますよー」



 まずい、それは攻めすぎだろ中西。俺の嫌な予感があたり月城十六夜の顔はみるみる今までのニコニコとした雰囲気の表情から真っ黒な雰囲気に変わっていき、声も気のせいか少し低くなった。



「氷魔導アイスエイジ」



 え?!?!う、うそだろ?ありゃ国家を敵に回すレベルのテロリストたちを一撃で凍らせることができる魔術だぞ、1見習いに使う技じゃない。。中西の下半身が一瞬にして氷に浸かったことがそれを示していた。



「次はないぞ、中西。いやお前たち生徒全員だ。先生が嫌だと言ったことはやめてほしい。もしやめられないなら実力行使に入るぞ。ここでは教育目的の体罰は後遺症が残らない程度なら認められているということを忘れるな。」




 中西は泣きそうになりながらうなづいている。こういうお調子者が少し罰せられただけで凹むのは定番で、中西も残念ながらそのようだ。そしてそれと同時にその他の生徒も月城十六夜への期待と歓喜の目から怯えたような小さな目へと変わっていた。



「では朝のホームルームはこれで終わりだ。1限は魔法化学だから遅れないように急いで第1化学室に向かえよ。理科棟3階だぞ。」



 月城十六夜。いや、月城先生はすでに最初の表情に戻っていた。そしてこの朝のわずか1分足らずにしてこの先の学園生活が多難なものになることが分かり、さらにはそれを乗り越えた先にはこの学校でもトップクラスの魔法使いになることができることは誰の目にも明確だった。

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