EP55 フィラとアイシャ



今朝の食堂はいつもより賑やかだった。

久しぶりに訪れたランベールを侍女たちは熱く歓迎した。

サラサラの銀髪にアイスブルーの切れ長の瞳。そして白いシャツをさらりと纏う姿は侍女たちのハートを鷲掴みした。

ランベールはディユの中で一番美しい男だ。中性的な魅力が女たちには堪らないのだろう。


ランベールは朝食もそこそこにアンナが作ったケーキを口に運んでいた。

アンナはその姿を愛おしそうに見つめて口を開いた。


「美味しいですか?」


「ーーうん。とても。……久しぶりだからなおさら美味しいよ」


「良かったわ。ふふふ」


後から席に着いたカディルとフィラも微笑ましく二人を見つめた。


まるで親子のようだとフィラも感じた。

いつもはツンツンして人当たりの冷たいランベールから牙を抜いてしまったようだ。 どことなく無防備で幼く見える。


ランベールとアンナの馴れ初めを聞いてみたいと思ったが、カディルが言うようにまた落ち着いた頃教えてもらおう。










準備を終えたランベールとカディルは屋敷の広い玄関に着いた。

用意された馬車の先には白い馬が四頭静かに待機している。

カディルはランベールの名を呼んだ。


「なに?」


「私は屋敷から離れるわけにいきませんから、この手紙を王子に渡してもらえますか?」


カディルから金箔のラインが縁に入った白い封筒を手渡されてランベールはなんともなしに見つめて頷いた。


「渡しとくよ」


「ありがとう。昨夜も助かりましたよ」


「フィラの隣で寝てただけだけどね」


そう言うと颯爽と馬車に乗り込んでランベールは軽く手を上げて王宮へと去っていった。


「ああ、アンナ。そんなに落ち込まないで。また遊びに来てくれますから」


カディルが振り返ると、いつも明るいアンナが涙を浮かべているではないか。

慌てて背中をさすってやった。


「カディル様。ランベール坊ちゃん大きくなりましたねぇ……」


涙ぐむアンナを優しく見下ろしてカディルは頷いた。


「ええ。ランベールはとても強くなりましたよ。また今度ケーキを作ってあげてくださいね。ランベールの一番の好物ですからねえ」


「まぁ、いやだ。恥ずかしいわ」


照れ笑いを浮かべて涙を拭うとアンナはカディルに笑いかけて頭を下げた。


「もう一人ここに私の大事な坊ちゃんがいますからね。今日もこの広い屋敷の掃除が忙しいわ!」


そう言って小走りに去っていく。

カディルは微笑んでその背中を見送った。










その日の午後。

紫の長いツインテールを揺らしてアイシャがカディルの屋敷にやってきた。


ロランに案内されて病室に現れた。

頭を下げて立ち去る間際、ロランがカディルを意味ありげに一瞬見つめた。

カディルは昨夜ロランから「アイシャに気をつけろ」と言われたことを一応念頭に置いてアイシャを笑顔で迎えた。


「わざわざお呼び立てしちゃってすいませんねえ。フィラがどうしてもあなたに確認したいことがあると言うものでして」


「ああ、お姫様からの呼び出しだったんだ。てっきりカディルからのお説教かと思ってた」


「はあ?」


手近な椅子にドカッと座って足を組んだアイシャにカディルが注意した。


「足!もー、そんな短いの履かないでくださいよ」


カディルは隣のベッドからブランケットを取ってアイシャの足に掛ける。「ケッ」と吐き捨ててアイシャはフィラを一瞥した。


「……で?」


ベッドに枕を立てて座るフィラはグッと息を飲んだ。何かを言いたそうで、言いにくそうである。


「…………?」


カディルは傾げた。

二人の間に何かあったのだろうか。


「なんでカディルがいるんだよ?どっか行ってろよ」


「あ、はあ。それがそういうわけにもいかないんですよ。それが条件でして」


「条件?誰からのだよ?」


「あーそのー。秘密です」


ガクリと首を落としてアイシャは諦めたように「あっそう」と投げやりに言い捨てた。


「フィラ?アイシャにお話があったのでしょう?」


厳しい顔で黙りこくるフィラを覗き込んでカディルは促した。

フィラもカディルに聞かれるのは不本意のようだが、この際仕方ないと割り切ったようだ。


「ーーこの前の……アレ。こうなることを見越して、私に魔力を分けてくださったんですね」


「アレ?」


カディルはますます分からず傾げる。

アイシャはおかしそうにクックっと笑った。


「アレ、ね。まあそうだな。正体までは分からなかったが異質な気がそこいらじゅうに漂っていた。ま、何かが起きるとは思っていたからな」


フィラは唇を噛んだ。大変悔しそうだ。

しかし。


「ーーありがとうございました。あなたのおかげで……命拾いしました」


「フッ。対価はその場でいただいたからな。あの程度で済ましてやったんだから大サービスだけどな」


「〜〜〜〜…………!!」


耳まで赤くしてさらに唇を噛みしめるフィラを見てアイシャが意地悪く笑った。


「それとももっと払ってもらえば良かったかな……?」


「……っ最っ低!!」


顔を真っ赤にして叫んだフィラに驚いてカディルが一歩後ずさった。


「え?……え?なんなんです、二人とも。さっきからよく分からないことばかり」


フィラとアイシャを見比べてカディルは困り顔だ。


「私にも分かるように最初から話してくださいよ」


「無理です」


キッパリと言い切ってフィラは布団を被ってしまった。カディルはさらに困ってうろたえた。

しかしこれは只事ではない様子。


『アイシャには気をつけろ』


ロランの忠告が頭を巡り、カディルはしかとアイシャを目で捉えた。


「アイシャ。あなたの口から説明してください!包み隠さずに。さあ」


アイシャは唇をタコのようにして椅子をキコキコ回転させている。


「アイシャ」


いつになく低い声でカディルに促されてアイシャは「チェッ」と舌を鳴らした。


「別に、大したことしてない。お姫さんに俺の魔力を少し分けてやっただけ」


「はあ。そんなことができるんですか?

すごいですねぇ。……で、どうやるんですか?」


「えーー……。まあ、簡単だよ。こう、口から入れればいいだけ」


「くち?」


「そう、口」


「えーと。つまり……」


カディルの顔がこわばっていく。

フィラは布団の中で恥ずかしさのあまり頭を抱えた。


「せ、接吻した、ということですか?」


カディルの古風な言い方にアイシャが笑った。


「接吻て!古っ!キスだろ、キス!!」


「キ……」


カディルは驚きすぎて目を見開いた。


「キスですってーーーー!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る