EP49 静寂の夜
ハッと彼女は目を覚ました。
見慣れない天井が枕元の台に置かれた電気スタンドの電球でにぶく照らされていた。今は夜中だろうか。辺りが真っ暗だ。
室内に漂う消毒液のにおいと、自分が寝かされている病院独特の白い寝具に狭いベッドを見てフィラは自分のいる場所を理解した。
肩が痛む。フィラは顔を歪めた。傷はどんな具合だろうと思って左の肩に目を向けたーーが、ある物が目に入って思わず声を上げた。
カディルだ。椅子に座ったままフィラのベッドにうつ伏して寝ているではないか。
「ーーうーん……」
どうやら起きそうだ。
「カディル様、起きてください。こんなところで寝たら風邪をひいてしまいますよ」
フィラは心配そうに声をかけた。カディルは眠そうに目をこすって頭を上げると、フィラの顔を見てハッとした。
眠気はどこかに飛んでいったようだ。
「フィラ。目が覚めたんですねえ。良かった!あ、お加減はいかがです?」
カディルは立ち上がってフィラの顔を覗き込んだ。随分心配したのだろう。カディルの顔が珍しくこわばっている。フィラは自分の左肩に目をやった。起き上がろうとして鋭い激痛が肩に走り「う……っ」と絞り出すような悲鳴を上げた。
「ああ、ダメですよ!深い傷を負ったんですから安静にしていないと」
慌てたカディルが怪我をしていない側の肩を抑えた。「横になっていなくては」とカディルが熱心に諭すのでフィラは諦めてベッドに体を横たえた。
体勢を変えるだけでひと苦労だった。フィラは悲しげに自分を見下ろすカディルを見上げた。
「またお世話をかけてしまいましたね……。カディル様もご存知でしょうか?私の兄が堕天使になって現れたんです」
カディルは頷いた。
「ええ。私も会いました」
「ああ、そうですよね。記憶が曖昧ですけど、カディル様とアレクス様が助けに来てくださったんですよね」
フィラは申し訳なさそうに目を伏せた。彼女の美しいルビー色の瞳が艶やかに揺れる。涙が一筋流れた。
カディルはその様子を見て苦しげに首を横に振った。
「いいえ、フィラ。私たちは遅すぎました。あなたにこんな深手を負わせてしまいました」
「本当に申し訳ない」と頭を下げるカディルを驚きの目で見つめてフィラは首を振った。
「カディル様。やめてください。あなた方が来てくださらなければ、私は今ごろどうなっていたかわかりませんよ」
カディルは押し黙った。よもやこんな状態のフィラに真実を話せようか。
(あなたの心臓が狙われているのです。なんて言えるわけがない)
カディルは立ち上がった。どこに行くのかと聞きたげなフィラを見下ろしてカディルは頷いた。
「あなたが目覚めたことを王宮に連絡してきます。医師のレオンも呼んできましょう」
「カディル様……」
フィラの瞳は不安げに揺れた。何も詳しいことを知らされていないのだから当然だろう。察しはついたがカディルはわざと気づかないフリをした。今色々と探られても困るからだ。
「今夜は王宮からたくさんの兵と魔道士が来てこの屋敷の警備をしていますから昼間のようなことはありません。安心してください」
「ーー……はい」
事情は聞けそうにないと思ったのだろう。
フィラは諦めて力なく頷いた。
カディルは部屋を後にして隣の部屋でウツラウツラしているレオンを起こしてフィラを頼んだ。
廊下に出ると長い窓から月がよく見えた。
真夜中の夜空に星々が美しく煌めき、カディルは思わず目を細めた。
そういえば趣味の天体観測も随分ご無沙汰だと気づく。
少しの間足を止めて夜空を見上げていたカディルはやがて自分に呆れたように小さく笑う。
今になって思うと数ヶ月前までは随分平和ボケしていた。
あの頃の自分には想像もつかない想いや状況を今の自分はどう受け止めて行動するべきなのか。
長考を始めてしまいそうな自分に気付き首を振る。
カディルは迷いを捨てて長い廊下を歩いて行った。
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