EP45 謎解き



「よし。いいだろう」


アレクスとカディルは顔を見合わせて頷いた。『朱雀の涙』は些細な嘘も見逃さない。今からベリアルが話す内容は嘘偽りのない情報となるのだ。


アレクスは剣を鞘に収めて近場の椅子に腰を下ろし足を組んだ。


「第一王子ルドラ様と黒魔道士ヴィクトーが魔族バルバトスを召喚したことはもう把握している。まずはその目的を話してもらおうか」


ベリアルは足を組んで窓辺に腰掛けた。

あからさまなため息をついて視線を床に投げた。


「そんなの決まっているだろう。俺を呼び出すためだ」


アレクスは眉を寄せた。


「何のために?お前でなければできないことがあるのか」


「お前って言うな!様を付けろと何度言わせるんだ!」


ベリアルは心底腹を立てているようだ。しかしアレクスは首を横に振った。


「無理な話だな。敵に様呼びなどできん。良くて名を呼ぶ程度だ」


「なら名を呼べ。お前などと言われる筋合いはない」


めんどくさいなといった顔を浮かべたアレクスだが仕方なく仕切り直した。


「……ベリアル。おま……、いや、そなたがバルバトスに召喚された理由を聞かせてもらいたい」


「アイツをここへ堕とすため」


「アイツとはフィラのことか?」


冷めた表情のベリアルは黒い翼の先を指先でもてあそびながら素っ気なく答えた。


「そう。天界人の血が混ざる俺でなければアイツを召喚できないからな」


「ほう。ではこの国の上空に時空の亀裂を作ったのはそなたの仕業か」


「そうだけど。だからなに?強制召喚だから時空に穴開けるしかなかっただけ。まさかこんな所に落ちるとはな。手間のかかる奴」


「その目的はなんですか?」


成り行きを見守っていたカディルだが、心のざわめきが次第に大きくなって我慢できず口を開いた。ベリアルは下を向いたまま目だけカディルに向けた。


「無能なアイツでも役に立つことがあるから……じゃ、あんた納得しそうにないよね」


そう言うと何か思いついたように皮肉ぽく笑い出した。


「ああ、そっか。さっきからアイツのことになると突っかかってくるけど惚れてんのかアイツに」


「惚れる?」


カディルが呟いた。アレクスも驚きの色をカディルに向ける。

馬鹿らしいな、とカディルは思った。


「私はフィラにそのような感情を抱いたことはありません。あなたがどう思おうと勝手ですけど」


「でもね……」カディルは自分の中の苛立ちの意味に気づかないまま続けた。


「私はフィラを守ると決めたんです」


ベリアルは吹き出した。「物好きもいるものだな」とひとり言を呟いておかしそうにカディルを見返した。


「でも、ダメだよ。アイツは死ぬって決まってるんだから」


「!?」


カディルとアレクスは顔色を変えた。

死ぬと決まっているとはどういうことなのだ。

その表情を見てベリアルは愉快そうに笑みを浮かべた。


「知らないようだから教えてやろうか。伝説の天使はほとんど能力を開花できないまま体内で魔力が暴発して死んでしまうんだ。勝手にね」


「…………っ!!」


「両親が隠していたからそれを知ってるのは天界でもひと握りだけ。成人するまでに特殊魔力ゼロが覚醒しなければ死ぬ」


カディルは絶句してしまった。

しかしアレクスは冷静に分析した。


「朱雀の涙が反応しない。嘘は言っていないはずだ。だが矛盾している。ならばそなたはフィラが死ぬまで待てば次期皇帝に選ばれたのではないか?」


カディルはハッとした。そうだ、それが事実なら堕天使になってしまうほどフィラを恨む必要などないではないか!


「ご名答、と言いたいところだけど。天界では皇帝に選ばれるのは兄妹のうち一人きり。次は子の代から選ばれる」


皮肉な笑みをたたえてベリアルは続けた。


「俺のすぐ下の妹。つまり、アイツにとっての姉はすでに子を成している。アイツが即位して死んでも俺に継承権はない」


「なるほどな」


アレクスは得心して微かに頷いた。


「両親は躍起になってアイツの能力を開花させようとしていたよ。しかしもしアイツが死んだとしても、伝説の天使が皇帝になったという事実は長い天界の歴史の中で多大な名誉となるだろう!」


「ーーたったの数年でもですか」


カディルは疑問を口にした。

フィラは十六歳だ。今すぐ皇帝に即位しても能力が開花しなければたった四年で終わってしまうことになる。

それでも……?


「それが親のエゴだよ。伝説の天使を生み出したなんてのは親にとっては最高の名誉だからな!」


カディルは少しだけベリアルの心の傷を垣間見た気がした。ベリアルはベリアルでフィラが生まれた為に失ったものが大きかったのだろう。

親の愛情も、皇帝の座も、あとに生まれた妹に奪われてしまった。

恨みの矛先がフィラに向いてしまったのは致し方ないのかもしれなかった。


けれど、フィラにも罪はない。

ベリアルに同情する気にはならなかった。


「ーー……フィラが役に立つとはどういうことですか?」


静かに厳しく問うカディルにベリアルは荒ぶっていた気を沈めて怪しく笑った。

ひとつひとつ、ゆっくりと歌うように口ずさむ。


「ルドラの王位継承の野望」


「ヴィクトーの身体の再生」


「バルバトスの望む見返り」


「そして俺が天使に戻る方法……」


ベリアルはフワリと舞い上がった。


「伝説の天使の心の臓を喰らえ。望む全てが叶うだろう」


「!!」


次の瞬間。

けたたましく窓のガラスを割ってベリアルは屋外へ飛び立った。


「待て……!!」


咄嗟に割れた窓から叫んだアレクスだが、すでにベリアルの姿は消えていた。


「チッ!」


悪態をつくアレクスをよそにカディルの胸はドクンドクンと激しく脈打っていた。


やっとフィラがこの国に落ちてきた理由も、命を狙われる理由も繋がったのだ。


「フィラの心臓……」


カディルを振り返ったアレクスも厳しい顔つきだ。


「とんでもない展開になったな」


「ええ」


「彼女は全ての願いを叶える生贄だ」

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