EP36 無理やりの口づけ
午後になってカディルの屋敷にアイシャがやってきた。150センチほどの身長に幼さを残した身体。高い位置でツインテールにしても膝まである長い紫の髪。そして、気の強そうな金の瞳。
「なんだ?ジロジロと見て」
フィラはハッとした。
アイシャの金の瞳が訝しげにフィラを見ている。
しまった!とフィラは目を丸くして口に手を当てた。昨夜カディルから聞いた話の影響でついジッと見つめてしまった。
「……ああ、詳しく聞いたのか?」
アイシャは察したようだ。しかし大して気にする様子はなく、テーブルの上に置かれたクッキーをひとつ口に入れてモグモグ食べている。
フィラは緊張しながら頷いた。
「昨夜カディル様から聞かせていただきました」
「ふ〜ん」
アイシャは興味なさげに指についた菓子をペロッと舐めて紅茶をぐいっと飲んだ。
「まぁ前にも話したがそういうわけだ。この体もわりかし悪くないんだぜ。軽いし、魔力が落ちたわけじゃないからな」
腕を組んで堂々と立つアイシャの瞳は自信に満ち溢れている。この十年で彼は己にかせられた呪いに苦しみ、そして乗り越えたのだろう。
フィラは彼を尊敬する思いで見つめた。
「だがしかし、ひとつだけ残念なことがある」
アイシャは皮肉ぽく笑うとフィラに近づいた。
「?」
不思議そうにアイシャを見下ろした
フィラは次の瞬間、ベッドに押し倒された。
「あっ!」
驚くフィラを押さえつけてアイシャはフィラの首筋を舐めた。
「ひゃ……いや!!」
フィラは首をすくめて顔を背ける。アイシャを押しのけようとするがビクともしない。自分より小さな少女なのに!
ハァハァと呼吸を乱してフィラは恐れを浮かべた瞳で間近にあるアイシャの瞳を見つめた。アイシャは怪しく笑っている。
「ーー離してくださいっ」
再びフィラはアイシャの体を力一杯押しのける。しかし、やはりビクともしない。
「……!!」
それどころか顎を掴まれて無理やり口づけされた。そのままアイシャの手はフィラの胸を揉んだ。
「や、やめてっ!!」
涙をためたフィラの瞳を見つめてアイシャは意地悪く笑った。
「残念だよ。こんないい女とヤレないことだけが」
そう言うとフィラを押さえつけていた力を抜いてアイシャはベッドから降りた。
「ーーーー……」
フィラは上半身を起こした。髪と呼吸が乱れ、青ざめている。アイシャはまた一枚クッキーを食べた。
「カディルは俺をなんて言っていた?あいつのことだからリオティアを救った救世主みたいに言ったんじゃないか?」
「…………」
フィラは答えなかった。
アイシャは冷めた目で放心状態のフィラを見つめた。
「ーー馬鹿らしい。俺はそんなおキレイな正義なんか持っちゃいねぇ。あの時はただ金で雇われただけだ。しかし後悔してるくらいだ。こんな姿になっちまって女も抱けやしねえ」
「ーー……」
フィラは絶句している。
昨夜カディルから聞いたアイシャの面影は全く感じない。乱暴な口ぶりでも優しいところがある人だと思っていたのに。
「この前お前に会いにきたのだっていい女だって聞いたからだ。そうでもなきゃ他人の魔力解放なんてめんどくせぇこと関わりたくもないね」
「……!」
フィラは唇を噛み締めた。確かに他人の力を借りようとした自分が甘いのかもしれない。でも、それでも自分の中にある可能性を見つけたかったのだ。これ以上犠牲者を出さないために。
「……おっしゃる通りです。私のことでお手を煩わせてしまったことはお詫びします」
ベッドから降り、服の乱れを直してフィラはアイシャに頭を下げた。そしてキッと睨みつける。
「それでも私は諦めません。あなたがどんな方だったとしても、この国で一番の魔力をお持ちなのは事実です。私はあなたを利用してでも、この身に封印されている力を解放させる覚悟です……!」
息を切らせて吐き捨てるように叫んだフィラに絶句してアイシャはポカンと口を開けた。
「……ふっ、ははは」
口を歪めて笑い出したアイシャをフィラは訝しげに見つめた。
やがて笑うのをやめてアイシャはフィラに再び近寄ってきた。
「…………」
警戒してベッドから離れるフィラにアイシャは肩をすくめた。
「さっきは悪かったよ。お前さんが俺の好みなもんでつい手が出ちまっただけだ。こんななりでも中身は男なんでね。ついムラムラっと」
「許しません」
「ふーん。別に許してもらう必要もないけど。でも、俺を利用してでも魔力を解放するんじゃなかったか?」
「それは……」
悔しそうに口ごもるフィラにアイシャは試すような笑みを浮かべる。
「ーーならこうしよう。さきほどの行為は報酬の前払いとする。お前の魔力を俺が見事に目覚めさせたらチャラだ」
「ーー……もう二度と先程のようなことはしないと誓いますか?」
フィラは厳しい目でアイシャを睨みつけた。
「誓わない」
アイシャはキッパリと言い放った。
「なっ……!」
怒りをぶつけようと口を開いたフィラの手をアイシャが素早く引いた。よろめいたフィラの耳元でアイシャが囁く。
「続きは俺が男に戻った時だ。お前から抱いてくれと懇願させてやるよ」
「…………っ!さいってい!!」
フィラはアイシャに向かって手を振り上げた。頰を思いきりひっぱたいてやりたかった。しかし、振り上げた腕をそのままにしてフィラはアイシャを睨みつけている。
悔しい。悔しい……!でも……!!
「……いいわ。あなたが私の魔力を解放できたらチャラにしてあげる。でも、あなたが男に戻ってもそんなこと死んでも言わないわ……!」
ファーストキスを奪われた悔しさは拭えない。しかも少女に。カウントなんてしないんだから!!とフィラは腹の底から怒っていた。こんな男がこの国を絶体絶命の危機から救ったなんてにわかには信じられない。
「賭けだな。楽しみだ」
可笑しそうに笑うアイシャにフィラは冷たい一瞥を向けた。
「おっと。さっきのことはカディルに言うなよ」
釘を刺されてフィラの腕はプルプルと怒りに震えた。
「言えるわけないでしょう!!」
「言ったらカディルに殺されちまう」
ボソリとイタズラっぽく呟いたアイシャの言葉はフィラには聞こえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます