EP8 終息
辺りは夕闇に染まり始めていた。
王宮の周辺地域では、家に避難していた住民達がわらわらと屋外に出て来て、上空を見上げてはああだこうだと騒がしく話している。
四神は上空から消えていた。
半日ほど前、朝なのに夜の闇が訪れて、四神が上空に現れたかと思えば、雷や風が激しく家屋を揺らした。
明らかな異常事態に住民達は成すすべも無く、ただ恐怖に耐えるしかなかったのだった。
王宮の儀式の間では、四神をあるべき処に召還し終えたディユと王子が床に座り込んでいた。
リアムは床に転がっている。
全員体力も精神力もかなり消耗していた。
当初は12箇所と報告を受けていた時空の亀裂は、20箇所を超えていた。
四神は地道にひとつずつ時空の亀裂を消滅させていくしかなかった。
少しでも油断すると亀裂の闇に飲み込まれそうになって、一瞬たりとも集中力を切ることができなかった。
リッカルドも戦力にはなれなかったものの、調査本部のフェリクスと共に尽力した。
儀式の間に吹き荒れた嵐は、フェリクスの体力を根こそぎ奪っていった。
デスクワークが中心の彼にはいささか厳しい試練だった。
想定外のハードトレーニングを強いられてグッタリしている。
リッカルドは額の汗を拭い、四人のディユ達の元へ近づく。
「良くやってくれた。時空の亀裂は断絶した」
リッカルドの言葉に四人は安堵のため息をついた。
なんと亀裂は塞いだそばから他の場所に出現するのを繰り返したのだ。
塞いでも塞いでも再生する。
ディユ達は体力的な試練を与えられてしまったのだ。
「もうホントに大丈夫なのかな」
リアムが恐る恐るフェリクスにたずねる。
「はい。もう大丈夫でしょう」
リッカルドの背後からヨレヨレのフェリクスが歩いてきた。
「先ほど観測データを解析している時に気づいたのですが、あの亀裂にはメインサーバーが存在していたのです」
「メインサーバー?」
リアムがかしげる。
「はい。要するに、コピーです。メインサーバーを消滅させない限り、永久にコピーが生まれるというわけです」
「まるで生き物みたいじゃないか…!うわ〜気味が悪いなぁ…」
「そのメインサーバーはカディル様の攻撃によって消滅しました。恐らくは根を絶ったと結論を出しても良いのではないでしょうか?」
リッカルドも頷いた。
「今はそう結論づけておくとしよう」
とにかく応急処置は済んだ。
しかし、事態が終息したわけではない。
このリオティアに時空の亀裂ができた経緯を調べ、然るべき対策をこうじねば。
「明日には国民にも経緯を説明をしなくてはならない。とにかく今日は皆ゆっくり休んでくれ。よくやってくれた、礼を言う」
リッカルドは微笑んで儀式の間から退室した。フェリクスも「では、失礼します」と一礼して王子の後を追っていった。
「うわ、よく見るとこの部屋もひどいことになってるね」
リアムの声にカディルも振り返ると、なるほど確かにひどい惨状だった。
枯葉や枝がどこから来たのか、部屋中に散らばっているし、高価そうな芸術作品の男性像は無残に倒れている。
すでにフィールドで閉じられたドームの中は嵐が去った後、という言葉が似合っていた。
「カディル」
アレクスが居心地悪そうに咳払いをした。
「はい?」
「ひとつ、言っておきたいことがある」
「?はぁ、どうぞ」
アレクスは横を向いている。カディルは不思議そうに首をかしげた。
気恥ずかしそうなアレクスがぶっきらぼうに小声で言う。
「ーーーーーーー悪かったな」
「?はあ、なにがです?」
アレクスの言葉の意味を理解できずにカディルは首を傾げた。
アレクスは「この鈍感め!」とカディルのほっぺたをつねりあげ「あーいたたたたー!」と慌てるカディルの肩を軽く叩いた。
「お前には一番負担をかけた」
そう言われて、カディルはやっと理解した。アレクスはカディルに先陣を切らせたことを気にしていたのだ。
「あーとんでもない。偶然私の周りにたくさん出現しただけですよ。終わりよければ全て良し、です」
カディルはアレクスの思いやりが嬉しくて朗らかに微笑んだ。
「そろそろ帰るとしましょうか?」
「さんせーい!みんなでカディルの屋敷に寄ってもいい?ワイン飲みたいな!」
はしゃぐリアムの提案に、カディルは苦笑いした。
「あー、ええと。是非どうぞ、と言いたいところですが、今日は用事がありますからまたの機会にさせてください」
リアムはぷうっと膨れて抗議した。
「えー!なんでだよ。こんな日に用事なんて入れるなよ〜!もう。せっかくお祝いしたかったのに」
「すいません…。ちょっと外せない用事なんですよ」
申し訳なさそうにしているカディルをリアムは可哀想になったのか、「もう、いいよ」と諦めた。
「でも今度絶対一緒にワイン飲もうな!」
「ええ。もちろん。喜んでお付き合いしますよ」
ホッとしてカディルの顔に笑みがほころんだ。
「アレクスとランベールは?大丈夫でしょう?俺の屋敷でお祝いしようよ!」
リアムは二人を捕まえて元気よく誘っている。さっきまで床に倒れこんでいたのに。
「リアム。お前20歳になったからって最近酒を飲みたがってばかりじゃないか」
リアムに腕を取られてアレクスは顔をしかめた。
「僕は早く寝たいね。久々に疲れたし」
ランベールも乗り気ではないようだ。
リアムはまたもぷうっと膨れて二人の腕を引き寄せた。
「なんだよ!今日くらいいいじゃんか。みんな付き合い悪すぎ!祝杯くらいあげなきゃダメだよ!なんなら…」
リアムがとても大事なことを告げるように声のトーンを下げて囁いた。
「とっておきのお酒、開けてもいいよ?」
それを聞いてアレクスはピクッと反応した。なんだかんだと言ってアレクスは酒を好む側の人間なのだ。
「…まぁ、リアムがそこまで言うなら付き合ってやらないでもない。ランベール。お前も付き合え」
「えぇー?僕は別に興味ないんだけど。めんどくさいし」
「いいの、いいの!」
「はぁ。参ったねぇ。逃げきれそうにないや…」
リアムは二人を捕獲できて満足げだ。
カディルを振り返って手を振った。
「じゃあね、カディル!また明日!」
「ええ。また明日」
三人が騒がしく去って行った儀式の間に、カディルは一人残りため息をついた。
本当は、用事などなかった。
フィラの心情を思うと、とても祝杯などあげる気分になれなかったので、咄嗟に断る口実を探してしまっただけだ。
カディルは柱の飾り石に腰を下ろすと透明のフィールドが張られた天井を見上げた。
もうだいぶ日も落ちた。
今夜は星の綺麗な夜になりそうだ。
民の命は守られた。
ディユとしてそれこそが己の使命であり、喜びである筈なのに…。
こんなに心が沈むのは何故なのか。
「フィラの心の痛みを知ってしまったから…?」
辛い痛みを見てしまった。
家族と別れることの哀しみ、そして痛みをカディルも経験している。
10歳で家族と切り離されてから、しばらくはカディルも胸が張り裂けそうな寂しさを感じて枕を濡らす日々を送った。
自分の|命運(さだめ)を呪い、嘆き、悲嘆にくれた日々の記憶が、フィラと出会ったことで生々しく思い返されてしまったのかもしれない…。
そして何より、今その痛みを感じている彼女の心の痛みを想像してしまうのだ。
「運命なのか命運なのかーー。あなたが自らの力で立ち上がれる日まで、私はずっと見守っていますよ…」
カディルはそっと瞳を閉じて祈りを込めた。星が瞬く夜空に願いが届くように。
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