第32話:クエスト②

 その結果、クエスト受注に五分も時間が掛かってしまった。


「た、助けてくれてもいいじゃないか!」

「勉強らしいですよ?」

「その通りです」

「ア、アレッサか!」


 困惑顔のエレナに微笑んでいるアレッサを見て、怒らせてはいけないのはアレッサの方だとアルストは心のメモ帳に刻み込んだ。


「とりあえず、クエストをクリアするためにバベルに向かいましょうか」

「今回のクエストはモスキートーンからドロップする【金の翅】を五枚納品することがクリア条件よ」

「だが、モスキートーンの翅は黒じゃなかったか?」

「あれ? 言われてみればそうかも」


 エレナの疑問にアルストも同意を示す。


「……まあ、行ってみて倒してみましょう」


 ここで考えていても埒が明かないと判断したアレッサから声が掛かると、三人はすぐにバベルへと移動した。


 ※※※※


 モスキートーンは一階層でエンカウントするモンスターなのでクエストもすぐに完了する──と思っていたが、そう簡単には進まなかった。


「だあーっ! また【黒い翅】だ!」

「これは、結構難儀かもしれませんね」

「金の翅って、レアアイテムなんでしょうか?」


 思い返すと、アルストも相当な数のモスキートーンを倒してきたが、ドロップアイテムの中に【金の翅】というものを見たことがなかった。


「もしかしたら、そうかもしれませんね」

「でもまあ、ゴールドは貯まるし経験値も稼げるからいいんじゃないですか?」

「……モスキートーン、Gが少ないんだよ」

「……まあまあ」


 すでに二桁は倒しているが一枚もドロップしておらず、エレナのやる気は地の底まで落ちてしまっている。

 もちろん飛び掛かってくるモスキートーンや他のモンスターを倒しているのだが、完全にボケッとしたまま槍を振るっていた。


「とりあえず、お互いにあと一〇匹倒したら集まりましょう。これで一枚もドロップしなかったら、別のクエストを受けることも考えて」

「分かりました。どうせなら別々に行動しましょう。その方が効率も良さそうです」

「……」

「エ、エレナさんはここで向かってくるモンスターを倒しててくださいね。ここに集まりますから」

「……」

「そ、それじゃあ行きましょうか、アルストさん」


 アルストとアレッサは溜息をつきながら左右に分かれて進んでいく。

 アルストが進んだのは右手の通路であり、ボスフロアに続く道である。

 現れるモンスターを一撃で仕留めながら進んでいくのだが、五匹目を倒したところで奇妙なことに気がついた。


「あれ? モスキートーンが出てこないな」


 分かれてから倒したモンスターの中にモスキートーンが一匹もいなかったのだ。

 振り返ってみてもすでに通路を何度か折れ曲がったので壁しか見えず、正面に向き直り進もうとしたその時だった。


 ──ブブブブブッ。


 モスキートーン特有の翅音が聞こえてきたのでアルスター3を構える。

 だが、その姿を視界に捉えることができない。

 上空に視線を向けるものの、そこにも姿はなかった。


「……どこにいる?」


 今までにない展開に警戒を強めたアルストは──突如として背中に強い衝撃を受けた。


「があっ!」


 前のめりになったがなんとか踏ん張り、慌てて振り替える。


「……な、なんだ、これ」


 アルストが見た光景は、光に反射する金の翅を持つモスキートーンの群れ。そしてその中央で一際大きなモスキートーンが翅を揺らしながら複眼でアルストを見ていた。


HPヒットポイントは、大丈夫だな」


 後ろからの一撃に焦りを覚えたものの、一割も減っていないことに安堵する。

 だが何度も攻撃を食らってしまえばいつかはDPデスペナルティに追い込まれてもおかしくはない。

 中央にいる巨大なモスキートーンは気になるものの、まずは周囲にいるモスキートーンから倒すべきと考えた。


「スマッシュバード!」


 放たれる白い斬撃が多くのモスキートーンを光の粒子へと変えていく。

 その直後、モスキートーンがアルストを敵と認識して群れで襲い掛かってきた。

 スマッシュバードを放ちながら、接近してきたモスキートーンにはアルスター3を叩き込む。

 その間、巨大モスキートーンは一切動こうとはしない。


「あいつ、何を考えているんだ?」


 モンスターの思考を読み取ろうとしたのだが、そんなことできるはずはないと思考を停止、目の前に迫ってくるモスキートーンの数を減らすことに専念する。


「アルストさん!」

「アルスト無事か!」


 そこに現れたのはアレッサとエレナ。

 パーティで共有しているお互いのHPを見て、アルストのHPが減少したことで駆けつけたのだ。


「き、金の翅じゃないか!」

「このモスキートーンはいったい?」

「分かりません! 今は数を減らしましょう!」

「あのでかいのはどうするんだ?」


 エレナが言うあいつとは、巨大モスキートーンのことだ。


「今は放っておきましょう」

「大丈夫なのか?」

「分かりませんが、今のところ名前もHPも頭上に出てこないので大丈夫だと思います」


 アルストは見た目で巨大モスキートーンと判断していたが、実際に名前が出ているわけではなかった。

 通常、モンスターの頭上には必ず名前とHPが表示される。

 これはボスモンスターも同じなのだが、巨大モスキートーンにはそれがない。

 アルストは一つの仮説を立てていたのだが、今はそれを口にすることはなかった。


「アレッサさんは魔法で焼き払ってください!」

「分かりました!」

「エレナさんと俺も遠距離攻撃スキルで数を減らしましょう!」

「任せておけ!」


 アレッサのフレイル。

 エレナのロングジャベリン。

 アルストのスマッシュバード。

 三つの遠距離攻撃がモスキートーンの群れに突っ込んでいき爆散した。

 通路には光の粒子が飛び散り一瞬だけではあるが幻想的な風景となる。

 二桁を優に越えている討伐数に金の翅もドロップしているだろうと思っていた矢先、ついに巨大モスキートーンが動きを見せた。

 そして、アルストの仮説通りの展開が待っていた。


「……マジか、やっぱりかよ!」

「なんだこれ、風景が変わった?」

「ここは、森の中?」


 アルストの立てていた仮説、それは──巨大モスキートーンがレアボスモンスターであることだった。

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