第3話:固有能力

 全職業の能力10%補正。

 全職業と聞けば凄そうな固有能力に聞こえるだろうが、これは全く使えない能力にもなり得る。

 その事に気づいたアルストは唖然とするしかなかった。


「……全職業で、10%? ?」


 そう、たったの10%なのだ。

 全職業ということは、なんにでもなれると思う者もいるだろう。その考えは間違いではない。ユーティリティープレイヤーといえば聞こえはいいだろう。

 だが、言い方を変えればそれはということだ。


「今発見されてる複合職でも、最高で三つの複合職だから、そこを目指したとしても補正は30%だから……一つの能力補正と変わらないじゃないか!」


 攻略サイトで発表されている賢者メイガスは、魔導師と回復師と祈祷師の発展職を極めた時に就ける現段階での最高職である。

 四つ以上の複合職は三ヶ月経った今でも発見されていない。

 もしかしたら発見はされていて秘匿されている可能性もあるが、今のアルストにはそれを知る術はないのだ。


「お、終わった……」

「それじゃあ、アルストの固有能力も決定したのにゃ! この後は始まりの町アーカイブに移動してもらうけど、何か質問はあるかにゃ?」

「…………ありません」

「分かったにゃ! それじゃあ──ようこそ、天上のラストルームへだにゃ!」


 落ち込むアルストの様子を気にすることなく、ID123はアルストをアーカイブへと転移させるための魔導陣を発動させた。


「あぁ、なりたかったなぁ、魔導剣術士マジックソード……」


 剣術士と魔導師の発展職極めた時に就ける複合職の魔導剣術士。アルストがなりたかった職業なのだが、仮に目指したとしても補正は20%のみ。

 これからどうするべきか、そんなことを考えながらアルストは天上のラストルームに召喚されたのだった。


 ※※※※


 天上のラストルームではリセットができない仕様になっている。その方法としては本体のシリアルナンバーが関係していた。

 ソフトと本体を繋いだ時に、ゲーム世界を管理している運営側にシリアルナンバーが登録される。そうすることで仮にリセットをして再ログインをしても、初めからプレイするということはできずに、リセットしたところからやり直すことになるのだ。

 どうしてもやり直したいとなれば、もう一台本体を購入しなければならない。

 金持ちならできるだろうが、日雇いのバイトで貯めたお金で本体を購入したアルストにはできないことだった。


「──……あー、ここがアーカイブかー」


 始めたばかりだというのにやる気を感じられないその呟きは、誰の耳にも届かない。

 今アルストが立っている場所の周囲には他に誰もいなかったからだ。


「とりあえず、外に出るか」


 アルストが立っていた場所は初心者が最初に訪れる召喚の間だった。

 発売当初は召喚の間も大混雑を引き起こしていたのだろうが、三ヶ月も経った今はがらんとしたものだ。

 コツコツと足音だけが響く召喚の間の扉を開けると──太陽の明るい光が視界に飛び込んできた。


「……す、凄い。これが、ゲームの世界! これが、天上のラストルーム!」


 噂は誇張されると思っていたが、何も誇張などされてはいなかった。

 アルストの目の前に広がる光景は、映像美に溢れ、リアルな臨場感がひしひしと伝わってくる。

 視界を埋めた太陽の光も本物と変わらず、思わず腕を上げて光を遮っていた。

 先程までのやる気のなさは、目の前の光景を見て吹き飛んでいた。

 だが、不思議なことにここは始まりの町アーカイブのはずなのだが、プレイヤーがほとんどいない。

 首を傾げそうになったまさにその時だった。


『──イベントが終了しました。イベントが終了しました。ランキング確定まで今しばらくお待ちください』


 運営からのアナウンスだろうか、電子音がアーカイブに響き渡る。

 すると、ぽつりぽつりとプレイヤーが現れて、数分後には数多のプレイヤーでアーカイブは埋め尽くされた。


「これがイベントかー!」


 広い通りがプレイヤーで埋め尽くされ、そこかしこから様々な話し声が聞こえてくる。

 今回のイベントの感想だったり、パーティ内の会話だったり、バベル攻略の話だったり。

 そしてプレイヤー達も本当に存在するかのようにリアルであり、とてもゲームの中にいるとは思えなかった。

 本当に凄い。情報だけを頭に入れていたアルストにとって、目の前の光景はゲームの概念をぶち壊すだけのリアルを持っていた。

 だが──


「この中に、今から入っていくのか……」


 アルストの姿は剣術士の初期装備であり、初心者丸出しなのである。

 先程の会話の間断には、こんな言葉も耳に飛び込んできていた。


「──おいおい、あれって初心者じゃね?」

「──今からなんて、あり得ねー」

「──絶対に一週間でいなくなるわね」


 アルストに聞こえるような音量で誹謗中傷を口にする。

 彼ら彼女らは実力的には中間層だとアルストは判断した。

 発売当初からプレイしているトップランカーなら、いちいち初心者になど反応しないだろう。目にしたとしても、気にすることもなくスルーするはず。

 中間層のプレイヤーはトップランカーに追い付くことができず、さらに後からプレイしたプレイヤーに追い抜かれることを怖がっている。

 だからこそ、新たなプレイヤーがゲームを止めるような言葉を使うのだろう。


「……まあ、この固有能力じゃあ、あんたらを追い抜くこともできないだろうけど」


 アルストは自身の固有能力を卑下しながらも、せっかくログインしたのだから一度くらい戦闘を楽しもうと考えて天高く伸びる攻略すべき目標──バベルへと歩きだした。

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