第74話 天才の理由



「エルってばどうしたの?」

「いやちょっとな……」



 おかしい。最近のエルはどうにも私に何かを隠している気がする。そう思ったのは当然で、この男ここ数日態度が妙によそよそしいというか、挙動不審というか、つまり……何かおかしいのだ。



 別段気にとめる気にもならないが、これが始まりでしかないことに私はのちに思い知らされることになる。




「エル、ちょっと急いでくださいまし!」

「し、師匠! このままでは!?」

「いや、いける……いけるはずだ」



 昼休み。私はちょうど学院の中庭を歩いていると、エルとセレーナとフレッドがいた。三大貴族の二人と仲良くなっているのは知っていたが(エルが叩きのしたらしい)、あの三人は何をしているのだろう?


 そう思って声をかけて見た。


「エル、何しているの?」

「げっ! フィー!?」

「だから言ったでしょう!? ここでは目立つと!」

「師匠、ここは私が食い止めます!」

「なになに、なんの騒ぎよ」



 そうして私は三人が懸命に隠しているものを上から覗き込む。するとそこには手足の生えた人参と玉ねぎがいた。いや、分かっている。私の表現がおかしいの重々承知している。でも、そうとしか思えないのだ。



「何これ、エル」

「えーっと……おもちゃ的な?」

「なんか動いているんだけど……ハイハイしてるの? それにその玉ねぎはちょっと浮いてるじゃない……本当におもちゃなの?」

「あぁ……お、おもちゃだ」

「ふーん。そう、おもちゃね……」




 と次の瞬間、玉ねぎが人参を掴むとそのまま空高く飛翔する。



「ま、まずいッ!? まだ試作段階なんだ!」

「ど、どうしますの!? エル!?」

「師匠、如何しますか!!?」



 三人がかなり動揺し始める。うん、ただのおもちゃのわけがない。私はそう思ったが、その瞬間にはもう手遅れだった。


 その後、野菜たちは決死の逃亡を図り……その後ピクリとも動かなくなった。エルたちに話を聞くと、完全独立型人工知能の完成の目処が立ったので野菜に知性でも取り入れてみるか……と冗談半分で言ったら、成功してしまったらしい。でも、やはりまだ試作段階で改良の余地があるということだった。



 でも三人には無駄に学院を騒がせた罰として、反省文を提出させることにした。



 この時は脳内に、それってホムンクルスじゃないの? という疑問がよぎったがとりあえずは何も考えないことにした。その方が賢明だと思ったからだ。



 そしてそれからはエルが本性を現した。いや、それは適切じゃないかもしれない。学院の前期課程では理論を詰め込み、後期では実践的に行く……そう言っていた。しかし、研究室が爆発したり、野菜たちが反乱を起こしたり、もう本当にめちゃくちゃだった。その度に私はその出来事を揉み消すために日夜奮闘した。



「はぁ……はぁ……もう、朝か……」



 気がつくと、自分の研究室には心地よい朝日が差し込んでいた。ここ数日、エルの起こした不祥事の処理で四日ほど徹夜している。鏡を見るとかなりクマができており、マジで死にそう。


 誇張抜きで、私は限界を迎えていた。幸い、今日は休日で授業はない。そのため、私は家に帰ってシャワーでも浴びて寝ようと思っていた。



「帰らないと……うーん、帰って……シャワー」



 そして私はそのまま机で寝落ちしてしまうのだった。



「フィー!! フィー!! おい、フィー!! 大事件だ! 世紀の大事件だ!」

「うーん。もうちょっと……」

「フィー! 事件なんだ! 世界を揺るがす大事件なんだ!」

「……うん? 大事件?」

「あぁ。世界規模のものだ」

「……エルが起こしたの?」

「あぁ」

「ま、またああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?????????????????????」



 寝起きだというのに、私の意識ははっきりと覚醒した。脳内ではどうやって対処すべきか、という思いが錯綜していた。でももう限界だ。これ以上の無理をしては本当に体を壊してしまう。いや、本当に誇張抜きで……。



 でも、エルが言ってきたのは私が考えているのとは全く違うことだった。



「フィー。完成したんだ」

「え?」

「ホムンクルス……今度は完璧だ。途中で機能が停止することはない。半永久的に稼動できる」

「そ、それって完全独立型人工知能の開発に成功したってこと?」

「あぁ!! やっとだ、やっとできた!!」

「ま、マジで!!!!?」

「あぁ!! さぁ行くぞ!!」

「ちょ、ちょっと!!」



 エルは興奮した様子で、そのまま私をお姫様抱っこすると研究室に向かった。走っているエルの姿を抱きかかえられながら見て、私は彼の表情の晴れやかさを理解した。今までの不祥事は全てこの時のためだったのだ。いつも言い訳をして、「必ず俺はやり遂げる。絶対にだ」と言っていたがあれは本当だったのだ。言い訳ではなく、有言実行する意思を示していたのだ。



 そして研究室に行くとそこには……人参がいた。それもハイハイしていた。うん、何これ?



「何これ?」

「プロトだ」

「プロトタイプだから?」

「そうだ! 見てくれ、すでに稼動時間は二十四時間を超えた! 完璧だ! 体内のコードも崩壊しない! モジュールも起動する! 俺は成し遂げたんだ!」

「す、すごいわね……」



 そう。すごいのだ。これは錬金術師の歴史の中でも最大の功績なのだ。でも私はなんだか、安心して涙が出てきた。



「フィー、どうした?」

「いや……ここまで頑張ってよかったわね。エル」

「フィーのおかげだ。俺の無茶な実験の後始末をずっとしてくれていただろ? 俺のために」

「知ってたの?」

「俺もずっと学院にいるからな。知っているさ。ありがとう、フィー」

「う、うん……」



 ぎゅっと手を掴んでくるエル。その瞳には純粋な感謝しか映っていない。おそらく私はこの瞬間に恋に落ちたのだろう。


 彼をずっと見てきた。今はもう十二月で今年も終わろうとしている。四月からの間、彼の懸命な努力を見てきて、サポートしてきた。私にできることは少ないけど、やれることはやってあげよう。それが先生というものだ。私はエルに出会って、初めて自分がまともに生きているのだと思えた。先生というものは、生徒がいてこそ成り立つもの。私はエルによって、本当の先生というものになれたのかもしれない。



「エル……おめでとう……本当におめでとう……」

「ああ……ありがとう、フィー」


 

 そして私たちはしばらくぎゅっと抱き合うのだった。




 それから年が明けて、私は協会にエルの研究成果を提出。エルは現在はなんのランクにもなっていないただの錬金術師だが、こうなってはもう無視はできない。今までは試験を受けるのが面倒くさいということでスルーしてきたが、私が懸命に説得して試験を受けることを渋々承諾。試験には筆記と実技があるが、今回はエルの作った論文を筆記試験がわりに評価。ちなみに実技はすでに終わっており、レベルとしては白金級プラチナの錬金術師相当。でもそれは基準値を大幅に上回っており、さらに論文の内容もどの研究者も評価できないほどに高度なもの。だが実際問題として、ホムンクルスは完成している。



 そして協会は下した決断は……彼を碧星級ブルーステラの錬金術師にするというものだった。


 

 碧星級ブルーステラの錬金術師は錬金術師の祖である人物がなっているが、それはただの形式的な問題でなっているだけである。当時は全てのランクにそれぞれ一人ずつでも最低限錬金術師が存在すべきという考えだったので、やむなくその地位に就いたと言われている。


 だが今回は実質的には初めての碧星級ブルーステラの錬金術師を指名したのだ。


 これは国では史上初の碧星級ブルーステラの錬金術師が誕生したということで大きなニュースになった。




「おめでとう、エル」

「いまいち実感がわかないが、研究成果が評価されたのならいい。と言っても別に俺は農業に携わることができればいいけどな」

「もう、ちゃんとしてよ! これからは碧星級ブルーステラの錬金術師として名前が通って行くんだから」



 そうしてエルは記者会見に臨むのだった。


 エルウィード・ウィリス。私は彼と出会った。大きく変わった。エルには感謝してもしきれない。きっとこの出会いは……運命だったのだろう。

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