第71話 錯綜



「あのぉ……今更なんですが……」

「どうした?」

「ここってどうやったら出られるんです?」



 現在は十五層を進んでいた。迷路も今の所そこまで複雑ではないので、いいペースで進めている。そんな矢先、アリアがそんなことを聞いてくる。



「まぁ最下層に行って、そこにいる何かを倒せば終わりだろうな。以前は地上に行くまでの転移の錬成陣もあったし」

「え!? やっぱ、途中で戻ったりできないんですか!?」

「できたらお前を外に放り出している」

「うわーん! フィーさん、エルさんがひどいこと言います!」

「ちょっとこっち来ないでよ。バカがうつるわ」

「バカがうつる!!?」



 そして今日は進むのはここまでにして、とりあえず休むことにした。



「えーっと、三人で寄り添って寝るんですか?」

「寒いからな」

「な、なるほど……」

「安心しなさに。あなたは私の隣よ。エルの隣はダメよ」

「……で、ですよねー。なんか分かってましたー」



 そして俺は再び夢を見た。だがそれはいつものようなあの妙な現象ではない。過去の夢、それは俺がまだ学院の学生で遊び呆けていた頃の話だ。



 あの頃は研究と称して色々なことをした。フレッドとセレーナを巻き込んでヤバいこともしたりした。そんな中で、フィーに叱られながら俺は今思えば……楽しい日々を過ごしていたのだと思う。



 でも今は……皆、卒業して別々の道を歩んでいる。



 変わらずにはいられないんだな……とそんなことを夢の中で思いながら、俺はそのまま意識の底に沈んでいくのだった。



「……」



 起床。俺が一番早く起きたようで、フィーとアリアはまだ寝ている。アリアのやつは口をぽかーんと開けてだらしなく寝ているようで、思わず笑ってしまう。



「ん? あれ? どうかしましたか、エルさん」

「いや……アリアの寝顔が面白くて」

「え!? ちょ!? 私の寝顔、見たんですか!?」

「まぁ……目に入った」

「うううううう。お嫁に行く前に男性に寝顔を見られるなんて……」

「前時代的なやつだな、アリアは」

「前時代!? 私はごく普通の価値観を持っているだけです! おかしいのはあなたたち二人です!」

「へぇ……私たち二人ねぇ……」

「ひッ……フィーさん、起きたんですか」

「そりゃあ、隣で騒がれたら起きるわよ」

「はははーそうですよね……って、あががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが!!!」

「ま、これで許してあげるわ」

「いやいやいやいや! ちょっと出力上がってません!? すごいビリビリしたんですけど!?」

「でも慣れてきたでしょ」

「まぁ……それは」

「よし、準備しましょう」



 俺たち三人は素早く準備を開始する。だがそろそろあの問題に直面すると……俺は感じ始めていた。



「お腹すきましたぁ……」

「我慢しなさい」

「でも非常食ばっかじゃ……」

「そろそろ決断の時だな……」



 そう、問題とは食べ物だ。水分は錬金術で簡単に錬成できるが、食べ物となると構成要素の構築から何からまでかなりの手間がかかる。今後のことを考えると、食料は現地調達したほうがいいだろう。



「狼の肉って、美味いのか?」

「さぁ、私は食べたことないから」

「ちょ、狼食べるんですか!?」

「仕方ないだろう。食料の錬成は色々と手間なんだ。食べれるなら、狼でもなんでも食べたほうがいい。サソリでもいいな」

「「え!!?」」



 サソリというと、フィーのやつも声を上げる。非常食はまだ残りがあるが今後のことを考えると取っておきたい。そう考えると、渋々とフィーは了承するのだった。



「まぁ……まぁ、仕方ないわよね」

「私は絶対に嫌です!」



 その後、出現したサソリとホワイトウルフを狩って毒味と称してアリアに無理やり食べさせた。その時の悲鳴は今でも耳に残っている。



 ま、これも仕方のないことだ。アリアよ、許してくれ……。




 ◇



「ふむ。サソリは美味いの。逆に狼はあまり美味くないのぉ……」

「そうか? 俺は結構いけるがな」

「レイフはバカ舌じゃからな。繊細な我とは違うんじゃ」

「はいはい……」



 俺とマリーは十層を突破して、今は十六層へと進んでいる。携帯食料は残っているが、今後のことを考えて現地調達することにしたのだ。第三迷宮ではこんなことは日常茶飯事だったし、俺とマリーはこの手にことに関してはかなり慣れている。



「ふむ……」

「どうした?」

「さっきのことが気になっての……」

「あのゴーレムか?」

「いや、ゴーレムを倒した後のことじゃ。扉が開くのが遅かったじゃろ? 第三迷宮ではあんなことは起きなかったはずじゃ」

「ただの気まぐれだろう」

「……そうとは思えぬ。そもそも、それ以外にもおかしいことがあるじゃろう」

「なんだ?」

「エルたちと合流できないことじゃ。確かに存在は感じておるが、変なジャミングのせいで正確な位置はわからん。だが遠くもなく、近くもないのは分かる。だというのになぜか合流できない。まるで……」

「まるで、なんだ?」

「第三者に操作されているみたいじゃ」

「意図的に離されていると?」

「ふむ。何者かの手が介入している可能性は消しきれないの」

「迷宮に絡んでくる人間? だがそれは……」

「ま、まともな人間じゃないのは間違いない」

「……第三迷宮でも、それに第六迷宮でも第三者の存在は確認されなかったはずだが?」

「それは偶然かもしれん。この第五迷宮、何かおかしい。思えば、入り口あったあの気味の悪いオブジェ。あれはきっと人間による仕業じゃ。つまり、この中には何者かがいると考えて、我等を挑発しているのかもしれん」

「挑発……か」

「きっと迷宮を攻略されては困る連中がいる……または、ここを囮にして何かしたい連中がいる……個人的には前者と考えたいが……」

「なぁ思ったんだが、王国の雰囲気……おかしくなかったか?」

「我もそれを指摘したいと思っていたところじゃ。王国は妙に殺気立っておった。それに王国を出た時に襲ってきた連中。おそらく、我らの存在が王国にいてはまずい何かがあったのかもしれん」

「ふぅ……でもまぁ、今は考えても埒があかないな」

「そうじゃの。とりあえずは、進むとするかの」



 そうして俺とマリーはそのまま歩みを進めていくのだった。



 ◇



「お、おえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ……」

「ちょっと、汚いからもうちょっと離れて……」

「それが無理やりサソリを食べさせた人間のセリフですか……お、おええええええええええええええ」

「結構美味いけどな。なんかエビみたいだ」

「生理的に無理なんです!」



 サソリを大量に捕まえた俺たちは早速火で炙って食べてみた。俺は存外美味いと思ったし、フィーも普通に食べている。かなり嫌そうにしていたが。だが、アリアは食べた瞬間(無理やり口に詰めた)、吐き出し始めた。



 まぁ……人の好みは人それぞれだが今は栄養素を取ることを怠ってはならない。



「え!? は!?」



 俺はアリアの体の自由を奪うと、余っているサソリをひょいと持ち上げる。



「い、いやあああああああ! お、犯されるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」

「フィー、これってレイプなのか?」

「緊急時だから仕方ないでしょ。倒れても困るし、やっちゃいなさい」

「了解」

「ううううう、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 口に一気に二匹ほど詰め込み(毒は処理済み)、そのまま無理やり口を閉ざす。そして咀嚼を促して、アリアは涙目になりながらゴクリとそれを飲み込んだ。



「ううううううう……もう、お嫁にいけません。エルさん! 責任を取ってください」

「あまり舐めたこというと、もっと詰めるわよ?」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」



 ということで、食料問題は当面は大丈夫そうだった。アリアの精神面を除いては……。

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