第53話 フィーは覚悟したい、そして……
「さて、入ろうか」
「うん……」
二人でホテルに来ました。それも超高級ホテル。
貴族の私でもこんなところで食事をするのは年に数回程度。
そんなところにやって来てしまいました。案内されるとそこには夜景の見渡せる席。昼のレストラン以上にとてもいい場所でした。
「フィー、またコースになるがいいか?」
「うん。いいよ」
今回はお肉料理のコースでした。でも、今回の食事は全く味がしませんでした。あまりの緊張と妄想に脳がショート寸前。話も何をしていたのか、よく覚えていません。
「ワインは美味しいか?」
「うん。美味しいよ、エル」
ワインもかなりの年代物で、とても美味しい。一体今日だけでどれだけのお金を使ったんだろう。でも、曖昧な意識の中でも私はまだ警戒してる。これはまだ裏があるのかもしれない。
「さてディナーも全て終わったな。部屋に行くか」
「え……そうだね」
二人で最上階にあるスイートルームに向かいます。今日はそんなにお酒も飲まなかったし、意識はしっかりとある。エレベーターの中では本当に心臓が飛び出しそうでした。
それだけ緊張してる……私。
「部屋はここだな」
「……」
部屋に入るとそこはスイートルームにふさわしい広さと豪華さを備えた部屋でした。私もこんなところに泊まったことはありません。
つ、遂にここで私は……。
そう考えていると、エルがとんでもないことを言って来ます。
「フィー、先に風呂に入ってこいよ」
「……え!?」
「後がいいか?」
「いや、先に入ってくるね!」
私はバッグを置くと、そのまま浴室へ。浴室もまたとても綺麗で豪華な装飾が施されていました。シャワーを浴びながら考えます。もしかしてこれって……そういうこと? でも、エルって未成年だし……? でもでも……念のために準備はしていてもいいよね? それに、キスぐらいなら全然……その後、若い衝動に襲われるのも……。
そんな妄想に耽りながら、私は40分ほど体を入念に洗っていました。
べ、別に下心なんてないんだからねっ!!
マナー! これはマナーだから!
「フィー、長かったな」
「女性のお風呂はこんなものよ……」
私は備え付けのバスローブ姿で出て来ました。
え、エル……もうちょっと何か言ってよぉ……。
「じゃあ俺も入ってくるな」
「……いってらっしゃい」
そしてエルがシャワーを浴びている音が聞こえ始めました。
私はベッドにじっと座って待ちます。き、緊張のあまり体がうまく動かない。でも、別にいいよね? 期待してもいいよね?
ガチャリ。そう音がして、エルが出て来ます。適度に濡れていて、髪も解いていて……なんていうか、色っぽい。いや、エロい。これはやばい……私の心臓は高鳴ります。
「フィー」
「は、はひ!?」
「するか」
「え!!? するの!? 本当にするの!?」
「あぁ。そういう約束だろ?」
「そうなの……そうだよね……わかった、しよ?」
私は意を決して、バスローブを震えながら脱ごうとします。
あぁ……遂に私も大人の階段を……。
「ん? 着替えるのか? なら俺は別の部屋に」
「え? す、するんじゃないの?」
「ん? するんだろ、晩酌」
「……え?」
「この間、約束しただろう。たかーいホテルで夜景を見ながら晩酌をしたいと。それに一日デートもしたみたいと。今日はその要望を叶えてみたんだが……お気に召さなかったか?」
「あ……」
私は全てを思い出していた。入学式が終わった直後、舞い上がってエルに要求したのだ。あのぐでんぐでんになった打ち上げの時に、居酒屋じゃなくて高いホテルでワインでも飲みたいと。それに素敵なデートもしたいと、言っていた。でもあれは酔っ払いの戯言で、本当に言ってたわけじゃ……。
「……エルってば、酔っ払いの戯言なんか覚えていたの?」
「当たり前だ。講師になってまだ日は短いが、フィーの苦労も少しは理解できた。偶には労ってやるべきだろう。ありがとう、フィー」
「……」
もう無理。今の私は顔が真っ赤。もう、真っ赤か。熱い。自分でもわかる、顔がやばいくらい熱い。いや顔だけじゃない。体も熱い。これは羞恥心じゃない。エルの行動が嬉しくて、そしてエルが大好き過ぎて……溢れて来てしまう気持ちだ。
やばい……本当にやばい。私、どうにかなっちゃいそう。
「フィー、顔が赤いぞ。さっきのワインが回って来たのか?」
「え!? そ、そうかも〜。でも今からまた飲むし、ちょうどいいよ!」
「そうか? 俺は酒は飲めないが、付き合おう」
そしてエルがお酒を持って来てくれて、二人でお話をしながら夜を過ごしました。私の勘違いだったけど、本当にエルには感謝している。
ありがとう、エル。
そして晩酌を終えた私は最大の幸福感を抱きながら、眠りに落ちるのでした。
ちなみに告らせたいという私の想いは、もうどうでもいいものになっていたのでした……。
いつかきっと私から……言えたらいいな。
◇
「……ふぅ、ただいまー」
俺は自宅に戻って来た。と言っても家には誰もいないのだから、ただいまとか言う必要はない。でも実家にいた時の癖で言ってしまう。
しかし、それに対して返事があった。
「おかえり、エル。どうだったの?」
「姉さん。いつのまに……」
「ちょっと気になってね。私のコーディネートだったし」
「……本当に助かった。上手く言ったと思う」
「そ。なら良かったけど」
今回の計画、実は俺だけが練ったものではない。色々と雑誌やら何やら集めてデートとは何かということを考えてみたが、完璧な理解には及ばなかった。俺が知っている知識は、錬金術と農作物に関連しているものに偏っている。どれだけ背伸びしても限界はあるのだ。
そして誰かに助けを求めた。その相手がマリー姉さんだった。姉さんなら、色々と知っているに違いない。そう考えて頼ってみたが、正解だった。
服装から髪のセット、それに全てを奢るように言われ完璧なデートコースを歩んでいった。最後のホテルも完璧だっただろう。晩酌も妙に喜んでいたしな。
「で、ホテルで何かあったの?」
「ん? 普通に晩酌をして寝ただけだが……」
「はぁ……あんたはそこはもうちょっと気概を見せなさいよ……フィーさんも期待していただろうし」
「……何を期待していたんだ?」
「それは自分で知る必要があるわね」
「そういうものか?」
「そうよ。乙女には色々とあるのよ」
姉さんがそういうと同時に、俺は後ろからドンと何かがぶつかってくるのを感じた。
「お兄ちゃーん! どう? 驚いた?」
「リーゼか。どこにいたんだ?」
「隠れていたの! 気がつかなかったでしょ!」
「あぁ。リーゼの隠密技術は相変わらず、すごいな」
「えへへへ〜」
よしよしと頭を撫でてあげる。するとリーゼはえへへと言って顔をにへぇと緩ませる。そういえば、兄妹でこうして集まるのは本当に久しぶりだな。
「よし、今度はみんなでデートに行くか!」
「やったー! 行こう、行こう! お兄ちゃんと行きたい!」
「私はパス。今研究で忙しいし」
「ええええぇぇ。お姉ちゃんも行こうよぉお!」
「ごめんねリーゼ。私はもう帰るから、それじゃ」
そうして姉さんは去っていく。相変わらずクールな人だ。ま、そこが魅力的なんだけどな。
「じゃあリーゼ。デートは来週でいいか?」
「いいよ〜。だって今日はアレだもんね?」
「そうだ、あれだ」
ニヤッと二人で笑うと、俺はリーゼの持って来た研究資料を読み込む。
最近はリーゼのやつもなかなか研究者として様になってきた。今は果物だけでなく、リーゼのやつは如何なる厳しい環境でも育つ農作物を作りたいらしい。零度以下でも育ち、50度以上でも正常に育つ、素晴らしい農作物を。姉さんにはそんな化け物を作るなと言われているが、作ってみせる。
「よし、これからも頑張るぞ!」
「おー!」
そして俺たちはいつものように、研究に勤しむのだが、リーゼが思いがけないことを聞いてくる。
「お兄ちゃんはフィーさんの事、好きなの?」
「あぁ。リーゼと同じくらい好きだ」
「恋愛的な意味でだよ!」
「恋愛か……」
そう問われるといまいちピンと来ない。
でも仮に将来家庭を持つのなら、フィーのように理解のある女性がいいかもしれない。
ま、俺の場合はとりあえず目標の為に邁進しないとな。
「うーん。分からないな。でも、フィーはいい嫁になると思う」
「ふーん、そっかぁ。でもお兄ちゃんはもう少し、私と遊んでよね。まだフィーさんには渡さないから!」
その話を聞いて、きっと俺もいつか恋の一つでもするのかもしれない。漠然とだが、そう思った。
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