第51話 フィーはデートしたい


 はい。ということでやってまいりました。


 デートの日です。


「……服、どうしよう」


 朝、目が覚めてから考えるのはそれだった。昨日の晩もずっと考えていたけど、本当に悩んだ。今はちょうど暖かい時期。でも、長袖でもいいし、半袖でもいい中途半端な時期。実際のところ、街ではもう夏の服装をしている人もいる。


 清楚系で攻めるか、それとも大胆にギャル系……はないか。


 エルの好みなんて知らないけど(多分、ないだろうけど)、とりあえず私はこれを選んだ。


「……これならいけるッ!!」


 そして私はエルとの待ち合わせ場所に向かうのでした。



「……早かったかしら」


 待ち合わせは10時に中央の噴水前と決めてあった。でも、気合を入れすぎて一時間前に到着。そわそわしながら、私は待ちます。すると、二人の男の人が近づいてきました。


「おねーさん、可愛いねぇ……」

「暇なら俺らとお茶しない? 奢るよ〜」


 む。ナンパか。この手のナンパには慣れているからいいけど、全くもって嫌になる。それに私のことを知らないのだろうか? まぁ……有名なのは錬金術師界隈だけだし、そんなにメディアに露出もしていないので普通の人は知らないのだろう。貴族とか存在してるけど、あれって本当に錬金術師にしか通用しない世界の生き物だしね。


「結構です。待ち合わせしているので」

「そんなこと言わずにさぁ〜」

「いいじゃ〜ん、ちょっとくらい」


 うざい。錬金術でぶっ飛ばしてやろうかしら……。と思っていると、視線の先から美形が歩いてきた。え、でもあれって……。


「フィー、早いな」


 そう。やってきたのはエルだった。でもおかしい。この男、キマリすぎである。タイトなジーパンに、白シャツの上に黒いジャケット。胸にはさりげなくネックレスもつけているが、それは服の中にしまってある。見せすぎないそのさりげない首元がオシャレに見える。


 それに髪にも整髪料をつけているのか、いつもより整っている。いつもは長髪の髪をテキトーに括っている感じだが、今日はオイルか艶系のワックスをつけているのか妙に艶やかだ。それにポニーテールにしているものの、少しだけラフに崩してあって色っぽい。靴も茶色のハイカットのもので、かっこいいし……なんていうか、誰? これ、自分でやったの? マジで?


「ッチ、男いたのかよ」

「……行くかー」


 そう捨て台詞を吐いて去って行くナンパ男。でもこれは仕方ない。今のエルに太刀打ちできる男なんて、そうそういない。


「……フィー、今日はおしゃれだな。可愛いと思う」

「え!? ま、まぁね……デートだし」


 一方の私の服装はシンプルに真っ白なワンピースにした。実は今年の春に買っていて、着る機会がなかったのだが……今しかないと思って着てみた。


 まさに清楚系の極み。ワンピースは素材が大切。だから今日の私は化粧も、ヘアメイクもかなり気合を入れている。


 でもそれは最低限のマナーであって、エルに指摘されるとも思っていなかった。


 今日のエルは何かおかしい。オシャレをしているのもそうだし、私に可愛いとか言ったこともないのにさらっと言ってくる。この男に美的感覚が存在したことが驚きだ。いや、野菜の形に関して美しいとか言っていたけど……まさか人間に対してそれがあるだなんて思ってもみなかった。


「よし、じゃあ行くか」

「は、はひ」

「はひ?」

「な! なんでもないの!! 行こう!」


 そうして私たちは二人で並んで歩いて行くのでした。



 ◇



 おかしい。この男、異常である。

 

 朝ごはんを食べていないというので、近くのカフェに寄ったのだが奢られた。エルは基本的に奢ったりはしない。男女平等というか、そもそも性別の概念に興味がない。男だからしっかりしろ、女だから可愛くしろ、みたいなジェンダーバイアスを持っていない。というよりも、ジェンダーバイアス自体知らない。だから男は女をエスコートするものだという考えがあることも知らないはずだ。


 なのに、奢られた。「フィー、会計は俺が出す」そう言って、ポケットから財布を出してささっと精算をした。ちなみに先払いのお店である。


 しかもあの財布。ブランドものの長財布だ。シックな黒を基調としていて、シンプルだがわずかに光沢もある。見る人が見れば高いものだとわかる。それにチラッと見えたけど、左腕につけている腕時計も高そう。なんかキラキラしてる。


 まじで、なんなの?


 この男は研究のやりすぎで頭でも打ったの?


「フィー、この後はどうする?」

「え!? 特に考えてないけど……」

「じゃあ俺の立てたプランで行こう」

「……」


 ぽろっと食べていたクロワッサンを落とす。


 俺の立てたプランで行こう?


 それはエルが私をエスコートするために作ったものなのだろうか?


 え、待って……頭が追いつかない。これは偽物? 私は認識阻害でもかけられているの?


 そう思って自分にレジストの錬金術をかけて見る。


「どうした、フィー。いきなり錬金術を使って」

「ははは……なんでもないよ〜」


 別に何も起きなかった。目の前にいるエルは、オシャレなイケメンのままだった。


 うわぁ……これはやばいよぉ……かっこいいよぉ……。


 当初の目的である『告らせたい』だが、下手をすると私が『告りそう』になってしまう。


 というか私ってやっぱり、エルのこと大好きなんだなぁ……と痛感してしまう。見た目もそうだけど、やっぱ何処か無骨で優しさもある一生懸命なエルが好きなのだ。教え子に手を出すのはご法度だが、べ、別に今は同じ立場だし? ど、同僚だし? 職場で恋愛するのはべ、別にいいじゃん?


 だからこれは合法なのだ。


 これでいいのだ。そうなのだ。



「よし、じゃあちょっとぶらぶら回るか」

「う、うん」


 

 そして私たちはお店から出て行くのでした。





「いや、フィーにはこれが似合うかもな……だがしかし……」

「そ、そう? 似合う?」


 雑貨屋に来ているのですが、エルがなんでも私に小物を買ってくれるらしい。ネックレスか、ブレスレットか、それとも別の小物……でもここのお店は割と高い。エルは稼ぎも色々とあるので、払えるだろうけど……人にお金を使うという発想がこの頭にあるとは本当に信じられない。


「フィーはどれがいいとかあるか?」

「エルが選んでくれるなら、なんでもいいよ」

「そうか。なら慎重に選ばないとな」


 ニコッとした顔をこちらに向けてくるエル。


 いやあああああああああああああああ!! やめてええええええええええええええええええええ!! あなたは誰なのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!?


 恋人になったらしてほしいランキングがどんどん消化されていく。恋人でもないのに消化されるのはちょっと悲しいが、それでもエルが色々としてくれるのは純粋に嬉しかった。


 それと同時に怖かった。


 この農作物バカがこんな普通に振舞えるはずがない。裏があるはず……何か裏が……とずっと思っているけど、何もない。


 純粋に私のために色々と尽くしてくれているのだと勘違いしてしまう。


 べ、別にエルのこと疑っているわけじゃないんだからねっ!!」


 一人でツンデレをかましてどうしたいんだ、私は……。これは私までもがバグって来ているのかもしれない。


「よし、これにしよう」


 エルが選んだのはちょっと高いブレスレットだった。シンプルなシルバーのものだが、それが逆に良い。変な装飾もなくて私好みだ。


「じゃあ買ってくるな」

「うん。いってらっしゃい……」


 その背中を見送りつつ思った。

 

 これはもしかしたら、もしかするかもしれない。


 い、いけるとこまでいけるかもしれない。


 あぁ……やっと私もイビられなくなるのね……。嬉しい……。


 そんなことを考えながら、私たちはデート続けるのでした。

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