夏に咲く向日葵

 自転車でこの坂を登り切ったら、

 思い切って告白しようって決めていたのに、

 君の笑顔を見た途端、何も言えなくなってしまう……

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 潮風が頬に心地よく感じられ、ペダルを漕ぐ足にも力が入る。

 今更ながらサドルの高さを調整してこなかった事が悔やまれた。

 あきらかに俺の身長に合っていない、携帯用のミニツールがあれば、

 すぐにでもサドル高を調整できるのに……

 借り物の自転車に文句を言っても仕方が無い、立ちこぎに切り替えて

 目の前にそびえる心臓破りの坂に挑んでいった。


 家に置いてきたベスパモドキ号だったら、こんな坂アクセル一つで、

 楽々クリア出来るんだが、俺が乗っているのは電動自転車ですらない。

 ふらふらと蛇行しながらママチャリを漕ぎ続けた。

 あと少しで見えてくるはずだ、あともう少しで……

 肩で激しく呼吸をしながら、ダンシングでペダルを漕ぎ続ける。

 永遠に続くと思われた激坂のピークに前輪が差し掛かり、

 夏の太陽が俺の背中に容赦なく降り注ぐ……

 手の甲で額の汗を拭った次の瞬間、一気に視界が開けた、

 青い海を背に対照的な白壁の洋館が現れる、コントラストに目が眩む。


「宣人おにいちゃん、おかえりなさい!!」

 青々とした草原を切り裂くように、彼女に向かって一直線に道が続く、

 洗濯物の白いシャツを小脇に抱えたまま、笑顔で彼女が出迎えてくれた。


「ただいま、柚希!!」


「暑かったでしょう? シャワー浴びればいいのに……」

 取り込んだ洗濯物の中からタオルを差し出してくれ、

 柚希が俺の額や首回りの汗を拭いてくれた。

 陽射しを一杯に吸い込んだタオルの感触が心地良い。


「こんなに汗びっしょり、 

 宣人お兄ちゃんの具合悪くなったら私、困る……」

 心配そうに俺の顔を覗き込む彼女。


「……大丈夫、柚希の顔見たら、いっぺんで元気出たから!」


「ホント、調子いいんだから……

 夏風邪ひいても、柚希看病しないからね!!」


「ごめん、ごめん、ちゃんとシャワー浴びるから、

 そうだ!! 柚希も一緒に入らない?」

 更に調子に乗った俺の軽口に、

 みるみる彼女の顔が赤くなる。


「お兄ちゃんなんか知らない!!

 柚希、もう口聞かないから……」

 頬を膨らませながら、ぷいっと横を向いてしまう柚希。

 彼女の笑顔を見た途端、つい嬉しくなってしまった……

 やりすぎたな、慌てて謝ろうと一歩踏み出した途端、

 足元の洗濯籠に躓いて派手に倒れこんでしまい、

 思わず目の前の柚希にしがみついてしまった……


「きゃあ!!」

 籠一杯の洗濯を派手にぶちまけながら、

 もつれ合うように芝生に倒れ込む俺と柚希。

 大量の洗濯物が散乱する、その中のシーツに視界を奪われる、

 白いシーツに包まれながら、至近距離でお互いを見つめ合った。


「宣人お兄ちゃんと再会した時と同じだね……」

 柚希が先に口を開いた。


「えっ、同じって何?」


「私が裸でお兄ちゃんを試した日の事だよ、

 あの時も柚希、白いシーツにくるまってたんだ……」

 そうだった、高校生になった柚希と再会したあの日、

 俺は彼女と一線を越えたと勘違いしたんだ……


「でも夢みたい、また宣人お兄ちゃんと一緒にいられるなんて」


「柚希……」


「なんてね、恥ずかしいかも……」

 急に照れたのか、シーツを両手で引き下げ、顔を隠そうとする柚希、

 シーツの白い布がまるで花嫁衣装のケープに見えた……

 そんな彼女を心底、愛おしいと思った。


「一緒に暮らしてくれてありがとう、柚希」

 じっと見つめる俺の視線を何故か逸らす彼女、

 どうしたんだ、何か心配事でもあるんだろうか?


「……宣人お兄ちゃん悪いんだけど、

 もう一回洗濯やらないと駄目みたい」


「えっ!!」


「だって、シーツもお洋服も泥だらけ……」

 気が付くと俺達の周りにはシーツを始め、地面で汚れてしまった洗濯物、

 無言で顔を見合わせる二人。


「ぷっ、あははは!!」

 そのまま抱き合いながら笑い転げる俺と柚希。

 俺は目の前の幸せが消えてしまわぬように、

 あの日、言いたかった言葉を告げた。


「おかえり柚希!!」


「ただいま、宣人お兄ちゃん!!」

 夏に咲いた向日葵のように彼女は微笑んでくれた……




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