十五夜
「お団子取りが終わったら、お稲荷さんの前で待ち合わせね!
他のみんなには内緒だよ……」
柚希の別れ際の言葉の意味を考えながら、俺は家路を急いだ、
村一番の柿の木のある広場の場所から、俺の家は緩やかなスロープの
川沿いの道を歩いて数分の田園地帯の中に建つ一軒家だ。
みんなには内緒?
一体、俺に何を見せたいんだろう……
考えを巡らすには家までの距離が近すぎた。
「遅い! お兄ちゃん」
玄関のドアを開けると開口一番、天音に怒られた……
「もう! お団子取りはスタートダッシュが肝心なんだよ、
早くしないとイイ物がなくなっちゃうよ……」
ふくれっつらの天音に俺は思わず苦笑してしまう、
「大丈夫だよ、お菓子が無くなってもまた出してくれるよ」
そうだ、お団子取りと言うが、俺達子供のお目当ては
お団子だけではなく、お菓子がメインターゲットだ、
十五夜のこの日だけは夜、子供だけで出掛けても
親公認でOKなんだ。
中秋の名月に合わせて各家の玄関や縁側に、
お団子やお菓子をお供えして、それを子供が盗むという行事が
お団子取り(盗り)だ。
由来は昔、田んぼや畑の豊作を願って月にお願いをする風習があって
子供にお団子を盗まれる事が縁起が良いとされていたそうだ。
細かなことは分からないが、俺達にとっては
夜、子供だけで出掛けられる事と、盗むという
スリルにワクワクしたもんだ……
「出掛けるよ、お兄ちゃん!」
「わかった、わかった、ちょっと待てよ」
天音に急かされて、ランドセルだけ玄関に投げて
家を後にする。
既に暗くなりかけた川沿いの道を、月明かりがほんのりと
照らし出してくれる。
広場の柿の木に前に、人影がいた、
「麻理恵お姉ちゃん!」
一瞬、柚希かと思ってしまった……
「遅い、宣人、遅刻だよ!」
いつもの調子でお麻理が、腕時計をこちらに向ける。
「そうなんだよ、お兄ちゃんが帰って来るの遅かったんだよ……」
天音がすかさず加勢する。
「わりい、悪い……」
「あっ、全く反省してないな、その態度」
「じゃあ、お兄ちゃん、罰として荷物持ちね」
全く、二人揃うと敵わないな……
「あれっ、柚希ちゃんはこないの?」
天音に彼女の名前を出されて、思わずドキリとした……
「さっき、家に誘いに寄ったんだけど、
何だか家の用事が出来て、出てこれないんだって」
「残念、柚希ちゃんとお話したかったんだけどな……」
天音と彼女は同学年で同じクラスだ、
男勝りな所もある天音と、おとなしい彼女は正反対に見えるが
何故かウマが合うみたいだ。
話しながら歩く俺達の背後を、大きな月が追いかけるように
照らしだしてくれた……
柚希ちゃんはお団子取りには来ない……
お団子取りのコースは近隣の家を廻るが、軒数は七軒ぐらいだ。
大体、一時間位で終わる、
俺達は楽しみながらお団子取りをした。
軒先に供えられたお団子やお菓子を盗るが、
その際、大人は姿を現してはいけないと言うのがルールだ。
「大漁、大漁!」
天音が戦利品のお菓子を抱えてご満悦な表情を見せる。
「良かったね、天音ちゃん、他のグループに荒らされてなくて」
お麻理が言う他のグループとは、小学校の男子の事だ。
「ホントに、ウチの男子って、ろくな奴がいないから
マナーも無く、根こそぎお菓子を持っていっちゃうんだから」
お麻理が言うのは本当だ、去年のお団子取りでも、
お菓子は供えられた中から、一個ずつと言うのが
暗黙のマナーだが、一部の男子グループが
マナーもへったくれも無く、ごっそり持ち帰ってしまった事件があった。
天音が出掛けるのを急いでいたのもそのせいだ。
マナーを守れないのなら、この楽しい行事が、
続けられなくなってしまう事だってありうる。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか……」
「そうだね、麻理恵お姉ちゃん、お兄ちゃんも帰ろ」
帰ろうとする二人に、意を決して切り出す……
「悪い、天音、お麻理、先に帰っててくれないか……」
「えっ、何でよ、お兄ちゃん」
「ちょっと 生理現象が……」
怪訝な顔をする天音、意味が通じなかったようだ、
「宣人、分かったから、レディの前でそれ以上言わないの……」
お麻理には通じたようだ、おしっこしたいってことが、
「先に帰っているから、家で手を洗うんだよ、お兄ちゃん」
「分かった、気を付けてな」
二人を何とか先に帰らせて、お稲荷さんのある待ち合わせの神社に急ぐ、
神社はちょうど、村の真ん中に位置している、
昼でも暗い雑木林の中にひっそりと建っている。
入り口に二対のお稲荷さんの像がある、
その前に彼女が待っているはずだ……
思わず、走り出す俺の頭上に、重なって来る錯覚を感じる程の月、
普段は暗い夜道も明るく照らし出す。
その月明かりで細い道がいきなり開け、神社の入り口が眼前に飛び込んでくる、
神社の入り口に立つ人物をみて俺は、はっと息を呑む……
まばゆいばかりの月明かりに照らし出された少女が佇んでいた、
白い着物姿の彼女はこちらに振り向き、にっこりと微笑んだ……
「宣人お兄ちゃん、来てくれたんだね……」
柚希ちゃんの笑顔から、いつもの困った表情が消えていたんだ。
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