おくれる時計
「宣人お兄ちゃん、久しぶり……」
何故、柚希ちゃんがここに居るんだろう、
一瞬、全てが判らなくなって呆然と立ちすくんでしまう……
「ふふっ、驚かせちゃったみたいだね……」
柚希ちゃんは謎めいた微笑みを浮かべながら、俺の手を握りしめた。
今日の彼女の装いは、男装女子では無く、完全に女性に見えた……
以前、一夜を共にした時と正反対で最初、医務室に入った時も
全く彼女だとは判らなかった……
「何で、君が……」
余りの驚きで、言葉にならなかった、
「秘密……」
彼女は口元に人差し指を押し当てて、内緒のポーズをした。
「ある人との約束で、今は言えないの」
彼女の形の良い唇に俺の視線は釘付けになった、
幼い初恋の思い出に胸が締め付けられる。
ある人とは誰なんだ……
「この娘、宣人お兄ちゃんの知り合いなの?」
ベットに横たわる弥生ちゃんに視線を落とす。
「彼女は大丈夫なのか!」
「大丈夫、今は鎮静剤で良く眠っているだけだから」
それを聞いて深い安堵の表情を浮かべる俺を、柚希ちゃんは見逃さなかった。
「この娘は宣人お兄ちゃんの大事な人なの?」
柚希ちゃんの大きな瞳から一瞬で光が消えたように見えた、
次の瞬間、彼女の両目から大粒の涙が溢れだした……
「悔しい……」
何も声を掛けられない俺に対して、彼女の華奢な肩が小刻みに震えるのが見て取れた。
「宣人お兄ちゃんは、あの日の約束を忘れてしまったの?」
彼女が嗚咽しながら、厳しい表情で俺を睨みつける、
あの日の約束ってなんだ?
俺は必死で、過去を思い出そうと努力するが、記憶の中で
固い鎖で封印されたパンドラの箱は開ける事が出来なかった……
「あのお団子取りの夜の約束を忘れたの!」
「宣人お兄ちゃん!!」
あの日の青いワンピースの幼い彼女の姿態が強烈に脳裏に蘇った、
その叫びを聞いた瞬間、記憶の固い鎖がはじけ飛ぶのを感じた……
あの日……
俺は……
記憶がリフレインする。
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