若葉のころ

「小僧、男同士で話したいことがある、最上階のコントロールルームまで

 来れるか?」


 本多会長が俺に何の話があるんだろうか……


「直通の隠しエレベーターがある、温泉エリアを出てみろ」

 本多会長に案内どおり、温泉エリアを出ると、今まで行き止まりだった通路に、

 隠しエレベーターがあった。

 自宅と同じで、色んな仕掛けがあるんだな……


 エレベーターに乗り込むと自動で最上階に動き始めた。


「本多会長はモニタリングが本当に好きなんだな、

 もしかして女湯も覗いてたりして」


「馬鹿! 儂がそんな出歯亀みたいな事をする訳ないだろ」

 すぐに頭上から会長に叱られる……


 ほら、ここでもモニタリングしている、

 俺は何だか、可笑しくなって笑いを堪えるのが大変だった……


 そうこうしている内に最上階に到着する。


 最上階はラウンジになっており、東京湾アクアラインが一望出来る、

 今日は快晴なのでその奥に富士山までハッキリ見える。


 コントロールルームのドアは開け放たれていた。

 室内に入ると、多数のモニターや機材に囲まれた中央に

 本多会長は鎮座していた……


「良く来たな、小僧……」


「今日はお招き頂き、誠にありがとうございます」


「固い挨拶は抜きで良い、まあ座れ」

 本多会長に即され、ソファーに腰掛ける。


「男同士の話って何ですか?」

 単刀直入に切り込んでみる、

 本多会長はクルリと椅子を回し、窓越しの景色に視線を落とす、


「恋に落ちると言うことは盲目だ、相手の何気ない仕草に

 一喜一憂してしまう……

 だが、後で思い返すと甘美な記憶だけ浮き彫りになる。

 儂ぐらい、年を重ねると良い思い出しか残らないのかもな」


 こちらからでは本多会長の表情は伺えない、

 だが穏やかな空気感が伝わってくる……


「小僧、お前も恋に落ちる瞬間を分かったはずだ、

 自らを投げ出しても、相手のしあわせを願う……」


 俺が恋に落ちた瞬間?

 それは紛れもなく、あのジャグジーで弥生ちゃんを

 抱きしめた時、感じた感情だ……


「お前はまだ若い、その若さは根拠の無い自信に満ち満ちておる、

 時には傲慢に写るが、だかそれで良い……

 儂の若い頃もお前にソックリだった。」


「みすゞさんを幸せに出来るのは自分しかいない、

 彼女の笑顔の為なら、この命を捧げても惜しくない……」


「儂にもそんな時代があった……」


「本多会長……」


「みすゞさんとの恋は結局、実らなかった……

 だが、儂は後悔はしていない、

 内藤との友情を選んだ事を、そしてその結果、

 今の地位や、最愛の家族を得ることが出来た。」


「人生とは不思議な物だ。恋に破れてどん底のマイナスな時期があった分、

 プラスに転じる時期も必ず訪れる……」


 本多会長が俺を、この場所に俺を呼んだ訳が分かる。

 小僧、お前の選択肢は決して間違えるなと、背中で語っている……


「本多会長、ありがとうございました、

 これで前に進めそうです……」


「だけど、彼女への告白はもう少し先にします、

 俺、まだまだやらなきゃいけない事があります」


「小僧、お前の目標はさよりから聞いて分かっておる、

 天音ちゃんの夢である、大会での優勝じゃな」


「そうです、歴史研究会での優勝が無ければ、

 俺自身も前に進めないんです……」


「良く言った! お前がその決意なら安心だ、

 儂も孫娘のさよりも安心して任せられる」


 んっ、さよりちゃんを任せる?

 何で……


「小僧、折り入ってお願いがある、

 さよりの結婚相手を見つけてくれないか……」

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