4-20 バトル&バトル
敵は5人。
棍棒を持った者が2人と、サーベルを持った者が1人、素手が2人だった。
こちらは、何も持っていない無防備な人間が3人。
戦闘能力に関しては、人数差を抜きにしても、向こうに軍配があがるだろう。
屋根の上という、安定しない足場。
カラーギャングたちは、ジリジリと距離を詰めてくる。
驚いた様子のラビューは、一歩後ずさりをしようとした。
「ラビュー!後ろ!」
俺はラビューの名前を叫び、今自分がどこにいるのかを思い出させる。ここは屋根の上。後ろに下がったら落下をしてしまう。
俺が声をあげ、皆の注目を集めた瞬間に、戦闘を開始した者がいた。
武器を投げつけた。
卑怯だとか言っている場合ではない。
リアルな戦闘において、戦闘開始のゴングの音はならないのだから。
「ぐあっ!」
悲鳴をあげた者が2人。
敵のカラーギャングがそれぞれ、自分自身の足を抑えている。
先制攻撃をしたものはジェスターだったのだ。
ジェスターは、体のどこかに隠し持っていた投げナイフを、敵の太ももに突き刺した。
片手で一本ずつ投げたナイフは両方とも命中。
そういえば、ジェスターは、投げナイフの達人であったことを思い出した。
ピエロ&ドラゴンでのギャンブル、”ナイフダーツ”で、とんでもないスコアを出していたのだから。
この技術は、実戦でも使うことができたのだ。
足を刺された1人は、屋根の上から落下。
ピエロ&ドラゴンは、二階建ての建物である。屋根から落ちたくらいじゃ死にはしないだろう。
骨ぐらいは折れるかもしれないけど。
間髪入れずに、ジェスターの攻撃は続く。
ジェスターは自分の胸元に手を突っ込むと、一本のナイフを取り出した。
どこに仕込んでんだよ!、とツッコミたくなる。
投げるのは一本だけか、と思いきやそんなことはなかった。
「『鋳造系 no.654「
ジェスターが魔法を唱えた瞬間、右手にあったナイフが分裂。2つに増える。
新しく出現したナイフは、ジェスターの左手に収まった。
そのナイフをしっかり握ると、ジェスターは残ったカラーギャングのうちの2人に向けて投げつける。
「ぎゃああああっ!」
棍棒を持った1人の左腕に命中。男は武器を屋根の上に落とす。
もう1人は、自分が持ったサーベルで、飛んでくるナイフをなんとか弾いた。
不意打ちだった一発目とは違い、二発目では、相手によっては対処されてしまっていた。
ジェスターの戦闘は続いていくのだが、俺はそちらに気を配っている場合ではなくなってしまった。
「おおおおぉぉ!!」
そう叫びながら、まだジェスターに狙われていなかった最後の1人が、俺の横にいるラビューに向かって突進してきた。
武器はない。
そのまま、屋根から突き落とそうとの腹づもりなのだろう。
もちろん、そんな蛮行を許すわけにはいかない。
俺はラビューと男の間に体を滑らせ、こちらに向かってくる男にありったけの力を込めてぶつかる。
ドゴンッ
体の芯から、鈍い音が響いてきた。
多少はフラつかされたが、なんとか、屋根からは落下せずに、男を止めることができた。
男もまだ屋根から落ちていない。
すぐに戦闘態勢に戻ると、俺に殴りかかろってこようと構えた。
俺は一歩踏み込めば、相手に手が届く場所で、警戒心をフルに高めながら、”とある瞬間”を待っていた。
横からは、ジェスターとサーベルを持つ敵の刃物がぶつかり合う金属音が鳴り響いている。
無視。
今は、他人を気にしている余裕はない。
敵対するお互いを睨みつけるだけの時間が、5秒ほど続き、男が動いた。
「『火炎系 no―――』」
今だ!今だ!今だぁっ!!!
俺は魔法を使おうとした男に飛びかかった。
目の前の男は、素手で戦っていた。
武術使いの可能性もあったのだが、一度拳を交えたことにより、それは否定された。
そうなると、男はなぜ、素手で戦うのか。
棒でも何でも、武器は持っていた方がいいのに。
答えは一つ。
魔法使いだから。
自分の魔法を使って戦闘を行おうとしたのだろう。
俺は、この世界での今までの経験から、魔法を使おうとしてから、実際に魔法が発動するまで、―――腕前によって個人差はあるものの―――多少のラグがあることに気づいていた。
男が魔法の使い手だとするならば、殴り合いで、自分が優勢にならないかもしれないと判断したならば、必ず魔法で攻撃を仕掛けてくると思った。
それこそが、俺が狙っていた”瞬間”であった。
チャンス到来。
敵は、俺が一歩踏み込めば届くぐらいの距離にいる。
それならば、魔法を使おうとした瞬間に攻撃を仕掛ければ、相手は無防備な状況で、俺の物理攻撃を受けねばならなくなってしまう。
防ぐ術はない。
狙い通り。
魔法を発動しようとした男は、俺のタックルをもろに受けた。
「あああぁ」
バランスを崩した落下した。
ドゴッ
地面にぶつかった鈍い音が鳴る。嫌な響き。
とにかく、俺は屋根の上での戦いに勝利することができた。
しかし、まだ戦いは終わっていないはずだ。
俺は大急ぎでジェスターの方を見る。
5人中2人は落下した。
太ももをナイフで刺された男は、足を抑えてうずくまったままである。戦闘不能。
左腕を刺された男の右腕には、さらに2本追加でナイフが刺さっていた。こちらも戦闘不能。
残っているのは、サーベルを持ち、一度はジェスターのナイフ攻撃を防いだ男である。
俺は戦いに加勢しようと思ったのだが、その必要性はなかった。
決着は、着く寸前であったから。
俺が見てない間に、サーベルによって切られたのだろう。
ジェスターの左腕からは、血が流れていた。
ただし、見た目ほどは傷は深くないようで、ジェスターは問題なく左腕を使っての戦闘を続けていた。
俺が振り向いた瞬間、ジェスターと男は、3メートルほどの距離をとって向かい合っていた。
ジェスターは、両手にナイフを一本ずつ持ち、敵はサーベルを構える。
男が斬りかかろうとしたとき、男の後ろ側から、右横を何かが通った。
シュパッ
男の右手から鮮血が溢れる。
背後という予想外の方向からの攻撃。
男は、隙をつかれてしまった。
攻撃をした主は、もちろんジェスター。
タネはすぐにわかった。
「『転移系 no.7 「
ジェスターが使った魔法である。この魔法は、軽いものならば何でも浮かして、自由自在に操ることができる。
俺がこの世界で初めて見た、懐かしの魔法。
ジェスターは、この魔法によって一度投げたナイフを操り、男の背後から右手を切ったのだ。
「ぐあっ!」
カランカラン
男はたまらずに、武器のサーベルを落とす。
こうなってしまえば、もう決着のついたようなものだ。
ジェスターは、両手に一本ずつ持っていたナイフを自分の上に向かって投げた。
そして、2つの魔法を発動する。
「『転移系 no.7
2本のナイフが宙に浮く。
「『鋳造系 no.892「
2本のナイフは、10倍の20本に増殖した。
それらのナイフ、全てがサーベルを持っていた男のことを狙う。
「どうするの、まだやる?」
ジェスターは、男に問いかける。答え次第では、全てのナイフが、男に向けて放たれることになるだろう。
「…………降参だ」
男は白旗をあげた。
「そう。それはよかったわ」
ジェスターは、ニコッ笑みを浮かべて、そう言ったのであった。
********
ジェスターが大活躍してくれたおかげで、屋根に登ってきた5人のカラーギャングは、1人残らずに倒すことができた。
安心ついでに思ったことがあった。
「まさか、ジェスターの戦闘能力がこんなに高かったなんて…」
俺は、素直に思ったことを口に出してしまっていた。
「あら。キンは、強い女が好みじゃないの?」
ジェスターは、俺のことをからかうような口調で、そう言ってきた。
「いや。知らなかったから普通に驚いたんだよ…」
「そうね。まあ、確かに今まで、キンの前じゃ披露する機会はなかったわね。そんなに買いかぶられても困るわよ。自己防衛ができる程度のものだから。ランランとかに比べれば、全然弱々よ」
あの強さが、自己防衛程度だってか?
ジェスターを襲おうとしたものは、悲惨な末路をたどることになるだろう。
そういえば、昨日、ベッドの上でジェスターを襲った奴がいたような…。
背中にゾクッっとしたものが走る。
ナイフで切り裂かれていたかもしれない。
身体中を。
ジェスターには絶対に逆らわない。
その決意を、さらに強く硬いものにした。
こんなんだから、マゾとか言われちゃうのかな?でも、本当に怖いんだぜ。
俺はじっとジェスターの顔を見つめていた。それにジェスターが反応をした。
「何よ。キンは私のことを守れるとでも思ったの?残念でした。男に守られるお姫様なんてのは、古典文学にしか存在しないのよ。ピエロ&ドラゴンにいる女子は、全員キンよりも強いわよ。王子様をやりたいんなら、ジャングルにでも行って一から修行し直してきなさい」
そんな風に言われてしまった。
別に、王子様になりたいなって思ってないし…、男の尊厳なんてものは、とっくの昔に失っていた。今更、どうこう言う対象ではない。
「あっちの戦いが終わったみたい」
そう言ったラビューの視線の先を見ると、そこには、こっちを向いて手を振りながら、店の方へと歩いてくるランランとリンリン、ロンロンが見えた。
彼女らも、カラーギャングに勝利を収めたようだ。
遠目からは、はっきりとはわからないが、目立った傷もなさそうである。
予想通り、圧勝。
といった感じかな。
屋根の上にいたラビューは、チラッとジェスターの方を見た。
その瞬間、ラビューの顔が一気に青ざめた。
そして、
「私のせいだ……」
と、悲壮感たっぷりに呟いたのであった。
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