3-21 交渉

「俺が最初に違和感を覚えたのは、最近になって異常発生をした白いカラスたちだ。この鳥たちを国内で見るのは別に、珍しいことじゃない。


しかし、突如として日常生活を送っているだけで、異常を感じるほどに個体数が増えるのは何かがおかしい。今は別に繁殖が活発な時期でもないし、正しい時期だとしても急に成体は増えない。


鳥たちは、どこか別の場所からこの国へと移動をしてきた。


もしくは、何者かによって、


そいつが、何故そんなことになってるのかは不明だが、彼らは意図的に国内のカラスの数を増やしてたんだ」


「その犯人が俺らだって言うのかよ」


「そうだよ。俺はカラスたちがこの倉庫へと入って行くのを目撃したんだ。最初はただ餌付けしてるだけかとも思ったのだが、それなら室内に入るのはおかしい。カラスたちは何かをするために、この倉庫に入っていたんだ。誰か”人間”の命令によってな」


 俺は、倉庫に入ってから一度も動こうとしないカラスたちを見ながらそう言う。


 カラスたちは檻の中にいるわけでもなく、自由な状態なのに全く逃げようとしていない。


 スイープも、憎々しげにカラスたちを見た。


「命令だってのは正解だ。確かにこいつらは俺の可愛いペットさ。普段は放し飼いしているが餌は室内であげたいから、倉庫内に来るように訓練をしてるのさ」


 スイープは自分たちがカラスを飼っていることを認めた。倉庫内に広がる光景を見て、それを言い逃れすることは難しいとの判断だろう。


「そいつは随分と過保護だな。カラスの世話を10人がかりでするのか。よほど、大切なペットなんだな。


でも、それじゃカラスが増えている理由にはならない。お前たちは、本当に大切な役割を持ったカラスたちを隠すために、目くらましにどうでもいいカラスたちを放った。


木を隠すなら森の中、ってな。


大切だってのは、愛してるって意味じゃないんだろ?


本当に金銭的な価値が高いんだ。そのカラス1羽で数百万Dドリームの金が動く」


 スイープは特に反論して来なかった。俺は話を進める。


「お前たちは、鳥たちに”運び屋”をやらせてたんだ」


 俺がそう言ったところで、また1羽のカラスが倉庫内へと入ってきた。カラスは止まり木に一直線で向かっていく。


 そして、目的地にたどり着いたところで、他のカラスたちに倣って動かなくなった。


「”運び屋”か、”運び屋”ね。カラスが何をどうやって運んでたって言うんだ。見ての通り、は何かを運んでるわけじゃないぜ。


伝書鳩よろしく、足に何か括り付けてあるわけじゃなければ首にも何もぶら下がってない。カラスたちは、しか運んでないぞ。そんな”運び屋”は聞いた事がないぞ」


 スイープの言う通りである。


 見た目から確認すると、確かにカラスたちは何も運んでる様子は見られなかった。野生のカラスとここにいるカラスを比べても、違いは何もない。


 本当にしか運んでないのだ。


 それでも、カラスたちは”運び屋”としての役割をきちんと果たしている。


「他にもあるだろう。荷物を運べるところが」


「他にも?」


 トントン


 俺は自分の胴体を2回ほど叩く。


「体内だよ」


 俺が指差した場所こそが、ブツの隠し場所であった。


「お前たちは、訓練をしたカラスに運びたいものを丸呑みさせたんだ。そして胃袋の中に運びたい物を隠し飛行させる。城壁や検問は地上にはあるが空にはない。


透視魔法を使い、荷物の隅々まで必死に検査している治安維持隊の頭上を通過して、荷運びに成功をした。


カラスが飲み込める小さな物しか運べないのがデメリットではあるが、絶対に検問にはひっかからない”運び屋”が完成だ」


 スイープは完全に黙ってしまった。


「ここまでの推理ができれば、お前たちが何を運んでいるのかを考えるのは難しくない。


お前たちブロックン・ファミリーは、今、巷で問題になっている流行の禁止薬物”フォルヘロイン”を密輸してたんだ。


訓練をしたカラスたちにカプセルだか、袋だかに入れた薬物を国外で飲み込ませ、城壁を超える。そして、目的地であるこの倉庫にたどり着いた時点で薬物を吐かせることによって密輸成功だ。


最近、”フォルヘロイン”の流通量が飛躍的に増えたってのは、お前らが原因だったんだな」


 これが、カラスの謎とブロックン・ファミリーの陰謀の全容であった。


 俺は手持ちのカードを全て場に並べた。後は、相手の反応次第である。


 数秒の時間が過ぎ、ようやくスイープが口を開いた。


「......それで?」


「それで、とは?」


「もし仮に、兄ちゃんと姉ちゃんの推理が正しかったとして、俺たちがヤクの密輸をしてたとする。それをわざわざ伝えに来て何が目的なんだ?


まさか、ヤクの流通をやめてほしいってお願いしに来たわけじゃないだろう?それなら、治安維持隊に今の報告をして終わりだ。


もっとも、証拠もない状態で、奴らが話を聞いてくれるかはわからんがな」


 ここに来た目的をスイープが問う。


 それこそが、俺がこの場で最も話したいことであった。


「......だから、「Dドリームミリオンズ」の販売をしにきたんだよ」


「「Dドリームミリオンズ」ってのは何なんだ?」


「”ピエロ&ドラゴン”が作った宝くじさ。1枚1,000Dドリームだ。当選をすれば1,000万Dドリーム手に入る可能性がある。しかし、この在庫が余ってて困ってるんだ。これをあんたたちに買ってほしい。


ただ、買えなんてことは言わない。購入するかどうかを決めるギャンブルの勝負を受けて欲しいんだ。


俺とリンリンが勝利をすれば、あんたたちには5,000枚ほど「Dドリームミリオンズ」を購入してほしい。もし俺たち負けたら、今日あったことは全部忘れて黙って帰るよ。


このトリックは、皆に一度バレちまったらもう使えない。カラスたちを追い回すとか、対策はいくらでもできる。


勝負を受けてくれさえすれば、俺たちが勝った場合でも今日のことは誰にも言わない。これが俺らの目的さ」


 俺は「Dドリームミリオンズ」を使ったゲームでの一発逆転を目指して、この場所へと乗り込んできたのであった。


 リスクを犯して危険な場所へ。


 当然、勝つ自信があるから、ギャンブルでの勝負の提案をしている。


 ただ5,000枚の宝くじを買えと言うより、もうワンクション挟んだほうがいいとの判断で、ギャンブルの勝負に持ち込むことにした。


「つまりは、秘密を黙っていて欲しければ、500万Dドリーム寄越せって脅迫してるんだな?」


「脅迫じゃないよ。ビジネスさ。


俺たちの商品を買って欲しいだけだよ。それにあんたたちが負けても当選すれば儲かる可能性があるぞ」


「なるほど、なるほどね...。そんな理由で、マフィアの住処に乗り込んできたってわけか。随分と根性が座ってるな」


 スイープは考えるような仕草を見せる。俺の交渉を検討してくれてるのか?


「いやぁ、なかなか面白い話が聞けたよ。聞いてよかった。


それに俺が想像していたからはかなり遠い」


「最高ですよ、兄貴。兄貴は幸運の持ち主だ。運が悪いときでも、幸運を引き寄せちまいますね」


 密輸の秘密を暴かれてピンチなはずなのに、スイープもゴトリアも余裕そうなやり取りをしていた。


 スイープは、カラスたちの止まり木の方へと歩を進めながら話をする。


「兄ちゃん。お前の推理には2つの間違いがある。


まず、1つ目。俺たちがカラスを訓練して、この場所に戻ってくるようにしたってやつだ。


そいつは違うさ。


『操縦系 no.901「モンスター自動操縦オートパイロット」』を使ったんだ。


このカラスたちは、人間に害こそ与えないがこれでも立派なモンスターでね。ホワイトクロウって言うんだ。


俺の魔法「モンスター自動操縦オートパイロット」ならば、こいつらのような弱いモンスターなら自由に操り、命令を聞かせられるんだ」


 スイープは魔法によって、カラスたちを操っていた。


 それで薬物を飲ませて、この場所まで運ばせていたんだ。


 スイープは止まり木の目の前までいき、動かぬカラスを撫でながら話を進める。


「そして、2つ目。


カラスたちに、飲ましたものを吐かせるだって?俺たちは、そんな面倒なことはしていないさ。


こうするんだ!」


 そう言うと、スイープは一瞬前まで撫でていたカラスに、懐から取り出したナイフを突き刺した。


 パシュ


 鮮血が吹き出し、白いカラスの体全体真っ赤に染まっていく。


 それは異様な光景であった。


 カラスは己の体を引き裂かれているのに、身じろぎひとつしようとしない。スイープはそのまま肉体を切り、ナイフを使ってカラスの内臓を取り出していく。


 体から腸が飛び出した状態になっても、抵抗どころか声ひとつあげようとはしなかった。


 魔法によって、肉体の自由を完全に掌握されている。


 スイープは、真っ赤に染めた手で内臓のひとつを掴み、丁寧に解体していく。


 そこから出てきたのは、血や胃の内容物によって汚れた透明な袋であった。片手に収まるほどの大きさであり、中には粉なのようなものが入っているのがわかる。


 カラスはスイープの作業中は、少しも動こうとはしなかった。


 しかし、ちょうど作業が終わったところでビクビクッと異常な痙攣を見せ、止まり木から落ちていった。


 白と赤のまだらな羽が宙に舞う。


 一匹の生物が、命を失ったのがわかった。



 俺もリンリンも、その光景から目を逸らすことができずに硬直をしていた。


 スイープは、汚れた袋で手遊びをしながら話を続ける。


「これが、”フォルヘロイン”だ。これ一袋で末端価格で計算して400万Dドリームほどになる。


1羽のカラスで400万。悪くないシノギさ。


俺たちはこれで、まだまだ稼ぎたいってわけさ。ところが突然、そのシノギを邪魔する奴らがでてきた。


そいつらは黙っている代わりに500万Dドリームを寄越せといってきた。宝くじだか、何だかは知らない。俺の財布から500万Dドリーム失われることのみが重要だ。


しかし、”フォルヘロイン”のビジネスは数億単位の金が動いている。500万くらいなら、払ってもいい額だ。それで黙ってくれるんなら経費として許容できる。


ギャンブルをせずに500万Dドリーム払ってもいい」


 ヘルヘルはそう言った。


 これは、俺たちの申し出を了承してくれる流れか?


「さて、そこにいる兄ちゃんと姉ちゃんは、さっきまでは密輸に関しての状況証拠しか持っていなかった。


しかし、今、俺がカラスを引き裂いたことで決定的な証拠を見てしまった。やろうと思えば、俺たちのシノギを邪魔することができる。


おい、ゴトリア!この場合は俺はギャンブルを受けるか否か、返事をどうすればいいと思う」


 スイープはゴトリアに問いかけた。


 ゴトリアは笑いながら答える。


「バカにしないでくださいよ、兄貴!兄貴がいないと何もできない私ですが、それでもすぐに答えはわかりましたよ。


......答えは、これだ!」


 ゴトリアがそう叫ぶと、彼女と周りを取り囲んでいた男たちが一斉に銃を取り出し、俺とリンリンに向けた。



「断る!!」



 そう言ってゴトリアたちは、銃の引き金を引いたのだった。

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