3-4 お金がないわ

「お金がないってどう言う事だよ。


この店は、どう考えたって2人で働いていたときよりも売上が上がっているはずだろ。経営状態はむしろ改善をされているはずだ」


 ジェスターの導き出した結論に対して、俺は抗議の声をあげる。


 同じ席に着いていたランラン、リンリン、ロンロンも不安そうな顔をしている。


「そうね。確かに売上は上がっているわ。ランランたちが店に入ってくれるときに比べて、売上はざっと2倍近くになったかしら」


 2倍に上がった。


 それは店で働く俺の体感とも似たものがある。


 それならば、カジノ経営状態は悪くないと思ったのだが。


「キン。店の経営状態は、売上だけで決まるわけじゃないでしょ。例え売上が100億あろうとも、潰れる店は潰れるわよ。


店の経営状態は「売上」で決まるわけじゃない。


「利益」で決まるのよ。


仮に、売上が100億あろうとも、出ていくお金である経費が100億以上あれば、その店は赤字になってしまうわよ。利益なんてものは1Dドリームもでない。そしたら、店は潰れちゃう」


 そこまでジェスターの話を聞いて、俺はジェスターが何を言いたいのかを理解した。


 浮かれ気分だった俺は、迂闊にもそのことに対して全く発想が及んでいなかった。


 俺は、ランラン、リンリン、ロンロンと一緒に働けるのが楽しかったんだろう。


 楽しさが故に、現実から目を背けてしまっていたのだ。


「人件費か」


 俺は、答えを呟いた。


「そうね。その通りよ」


 ジェスターが同意をしてくれる。


 この店には、ランランたちが加わる前は2人しか従業員がいなかった店である。


 人件費は当然、2人分しかかからない。


 それが一気に5人に増えた。


 人件費は2.5倍である。


 いや、2.5倍でない。俺は給料を1Dドリーム足りとももらっていないのだ。


 生活費をジェスターが負担してくれていることが、生活費の代わりになっている。


 ということは、実質、1人分の人件費しかかかっていなかったところが、4人に増えた。


 人件費は一気に4倍である。


 この人件費が、ピエロ&ドラゴンの経営を圧迫していたのである。


 売上の増加分だけでは、経費の増加分をまかないきれていなかったのだ。



 頭を抱えてしまった俺とジェスターを見て、ランランが口を開く。


「ねぇ、ジェスター。それだったら、私たちの給料を減らしても......」


「そうだぞ。我ら3人合わせて、貰いすぎなくらいの給料を貰えているから、多少は―――」


 ロンロンもまた、ランランの意見に同意をする。


「それは絶対にダメ」


 ジェスターはぴしゃりと言いきった。


「私にとってランラン、リンリン、ロンロンは店の従業員である以上に大切な友達よ。だからこそ、お金の関係は完璧にしておきたいわ。お金なんかのことで、友情を壊さないためにね。


例え、この店が潰れたとしても給料はしっかりと払い切ってみせるわよ。


ランランの気持ちはありがたく受け取っておくけど、給料を減らすなんて選択肢は私とこの店にはないわ」


 例え、この店が潰れたとしても。


 その言葉から、ジェスターの並並ならぬ決意を感じさせた。


 ランランは耳が垂れて、少しシュンとしてしまっていた。


「ごめんなさい。強い言葉になっちゃったわ。こんなことを言ってるんだけれども、私は現状をそこまで悲観しているわけじゃないの。確かに店の売上は上がっているし、上がり続けているわ。


今を一時的に凌ぐことさえできれば、店はしっかりと5人分の人件費を支払ったとしても黒字になると思う。


だから、私たちの店に必要なのは、売上を上げる秘策ではないわ。店の経営は今まで通りで大丈夫。私たちに必要なことは、今をなんとかする「現金」よ。


それさえ手に入れることができれば、ハッピーな未来が待ってるわ」


 なるほどね。


 ピエロ&ドラゴンには、店を拡張するために投資する金が必要だということだ。


 それをどこかから引っ張ってこなければいけない。


「でも、できれば借金はしたくないの。ほら、あったじゃない」


 ジェスターは憂鬱そうに言う。


 確かに、色々あった。本当に色々あった。死にかけた。


「だから、私がお金がないって、みんなに伝えたのはこの状況をなんとかして欲しかったからよ」


「なんとかして欲しいってのは、随分と他人任せな言い方に聞こえちゃうけど...」


「そうよ。他人任せなの」


 ジェスターは何故か偉そうに、きっぱりとそう断言をした。


 そして、俺と目を合わせて次の言葉を言う。


「とういわけでキン。今いった”一時金”の件。なんとかしてくれない?」


 それは、お願いというていをとった、完全な命令であったのだ。



********



 5人での会議は終了をして、俺1人がテーブルに残っていた。


 俺はすっかりと頭を抱えてしまう。


 「金」を用意して欲しい。


 言うのは簡単である。しかし、それが本当に難しいことは誰もが知っているわけであり、俺も重々に理解をしている。俺は、すっかりと困ってしまっていたのだった。


 現状を聞いたところ、店にある金を切り崩していけば、今月の給料日は乗り切れるそうだ。


 しかし、来月には赤信号が灯っていて、月末の給料日にはかなり厳しいことになるという。


 さすがは、元潰れかけのカジノである。ひっぱくした経営状態であった。借金を返済したところで現金が全然ない。



 王道な手法として思いつくのは、結局はカジノの売上を伸ばすことだろう。


 リスクを取らずに、伸び率をさらに加速するよう努力する。


 上手くいけば、期日までに現金が揃うはずだ。


 また、新しいギャンブルを考案して試してみるとかだ。



 邪道な手法もいくつか考えつく。


 1つはカジノの賭け金の上限額を上げることである。ランランたちが働くようになってからも、ピエロ&ドラゴンの賭け金が低く抑えられている現状は変わっていない。


 魔法でのズルをされることが怖いのだ。


 この恐怖に目をつぶってリスクをとり、賭け金を上げれば、それはそのまま店の売上と利益を上げることに繋がる。


 リスクを取ることによって、売上目標を達成できる可能性が上がる。


 ただし、何事もなければとの条件がつく。


 他にも、ランランたちにもう一度冒険者として仕事を受けてもらうとかか。


 ジェスターは嫌だとは言っていたのだが、ランランたちに頭を下げることは現実的に考えてなしではない。


 彼女たちにスポンサーになってもらう。


 多少難易度の高い仕事を受けて貰えば、現金を用意してもらえるかもしれない。


 給料を払いつつだと、お金を払いながら、お金を貸してもらう不思議な状態になるのだけれど。


 いや、そんなことはするべきではないか。


 ジェスターに加えて、妹たちに危険な思いをさせたくないロンロンの渋い顔が眼に浮かぶようであった。


 邪道の方法にはリスクが付きまとう。リスクとはそのまま、失敗して何かを失う可能性の高さを表している。


 「金」とか「命」とか。


 そんな危険はやはり避けたいというのが本音である。



 テーブルの木目をじっと見つめる俺の視界の中に、何か異物が入ってきたのがわかった。


 それは”チョコレート”であった。


 気が付けばいつの間にか、リンリンが俺の隣に座っていたのだった。


「考え事をしているときは糖分だよ。これで何かすごい秘策をひらめくさ!」


 リンリンはいい笑顔で、グッと親指を立てている。


「ありがとう」


 俺はリンリンの好意を素直に受け取り、チョコレートを口に放り込んだ。


 甘い。甘すぎるくらいに甘い。


 中にキャラメルか何かのソースが包まれているタイプのチョコレートであった。


 口の中で、チョコレートを転がしながら考える。


 ......だめだ。糖分だけではいいアイディアが思いつかない。


「あーあ、いっそのこと宝くじでも当たらないかな」


 現実逃避に、そんな馬鹿なことを言ってみた。


「宝くじ?宝くじが当たればこの店はなんとかなるのか?」


 リンリンは不思議そうな顔で、そう言ってきた。


「宝くじをリンリンは知らないのか?」


「いや。もちろん知っているよ。あの、商店街とかで商品が当たるやつだよね」


「まぁ、それも宝くじの一種だけどさ。ほら、当たると3億とかもらえる方のやつだよ」


「3億!そんなのが当たったら、人生が変わっちゃうじゃないかっ!!」


 リンリンは驚きの声をあげた。


 俺はそこで疑問を持つ。


「なぁ、リンリン。この国には数億Dドリームとは言わなくても、数百万、数千万Dドリームとか当たるくじ引きはないのか?」


「さぁ、聞いたことがないね」


 リンリンが言っていることが正しいんだとするならば、この国、リリィ王国には宝くじがないということか?


 ......もしそうだとするならば、いけるかもしれない。



 バンッ!



 俺はテーブルを叩いて立ち上がった。


「そうか、そうしよう。そうすればいいんだ」


「どうしたのキン。気が触れたの?」


 リンリンは不安そうな声を上げる。


「ハハハ、宝くじだ!宝くじをやれば、一時金を稼ぐどころか、大金持ちだ。ウヒヒヒヒヒ」


 俺は、高笑いを上げる。


 自分のひらめきが嬉しくて仕方なかったのだ。


 国が変われば、文化も常識も変わる。


 そんな当たり前のことを見逃していた。


 後から考えてみれば、このときの俺はなかなかのヤバイ人に見えていただろうと思う。

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