2-21 クレイジーラン【3】

【レース開始:3分後、キン視点】


 煙の中で遭遇してしまった敵、ダスターはすでにその両手に、己の武器であるメリケンサックを装着していた。


 そして、威嚇するようにガンガンと、メリケンサック同士をぶつけて音を鳴らしていく。


 俺は一瞬だけ、戦闘を避ける術はないのかと思考する。


 しかし、ダスターの目を見て、その考えを諦めた。


 ダスターの両方の目は俺のことをしっかりと見据え、獲物として捉え、逃してくれそうになかった。


 戦闘は避けられない。


 俺はそのことを覚悟したのであった。



 先に口を開いたのはダスターの方であった。


「お前のことは知っているぜ。フェイクからも聞いた。随分と頭がキレるらしいな」


「......そいつはどうも」


 随分と買い被られたものだ。


「そして、お前にはもうひとつの特徴がある。それは”魔法が使えない”ことだ」


 ご名答、その通りです。


 俺には魔法が使えない。


 そのことを知られているということは、魔法を使えるフリをするというハッタリすらも封じられたということだ。


 出会った直後から大ピンチである。


 俺がロンロンと同等の力を持った、”A級冒険者”と戦えるわけもない。


 どう戦っても倒されてしまう。



「そんな奴が何のために、”クレイジーラン”に参加したんだか。メンバーが足りなくなったんだとしても大人しく棄権をすればよかったものを」


 ガンッ


 ダスターがもう一度、メリケンサック同士を強く打ち付ける。



 だめだ、まだ早い。もう少しだけ時間を稼がなければ。



「だが、この場にいる以上は手加減なしだ。多少は痛い思いをするだろうが、殺しはしないさ。さっさと気絶でもして楽になりな」


 ダスターが戦闘体勢をとった。



「『強圧系no.295 「拳で連打ナックルスラッシュ」』」



 魔法を唱えたダスターの両手は光に包まれた。


 ロンロンの土のやいばを叩き落とした魔法だ。


 拳の威力があがるのか、速度があがるのか、いずれにせよ、ダスターのパンチを受けるべきではない。


 ダスターの一挙手一投足に全神経を集中する。


「おらよっ」


 速い!!


 ダスターの拳が俺の顔面に向かってくる。


 全身を使って、必死になって顔を背ける。


 ダスターの拳は、頰を擦り、俺の顔面の横を通過していった。


 避けられた、と安心できる隙もなかった。



「がはっ......」



 俺は血の混じった唾を吐き出した。


 腹に激痛が走る。


 痛みの発生源を見ると、ダスターの左膝が俺のみぞおちに入っていた。



 恐らくは、ダスターの魔法は拳のみを強化しているものであろう。


 拳のみが光り輝いているのがその証拠だ。


 膝に魔法は使っていない。


 それでもこの威力、破壊力。


 魔法が使えるかどうか以前に、A級冒険者のダスターとの基礎的な運動能力に違いがありすぎる。


 魔法を使っていない一撃で、既に俺は大ダメージを負っていた。



 膝の攻撃によって、俺の体は吹っ飛んでいく。


 ダスターがいる場所から3mは離されてしまった。


 全身に対して、転げ回って地面にぶつかった衝撃が走っていく。


 しかし、休んでいる暇はない。


 俺は何とかして立ち上がり、ダスターと戦う姿勢をみせた。



「大人しく寝てればいいものを。もう一撃喰らいたいのか」



 今の攻防によって、俺に本当に戦闘能力がないことを確信したのだろう、ダスターは余裕そうな表情になってこちらを見ていた。


 だが、現在の俺はダスター以外のことにも思考を割かなけれいかなかったのだ。



 俺はずっと時間をカウントしていた。


 そして、そのときは、ようやくやって来た。


 ...7、6、5、............


 俺は、洋服の中に隠していた、ランランから受け取っていたものをダスターに向かって投げつける。


 不意の攻撃にダスターは反応できていなかった。


 俺が投げたものはダスターに向けて放物線を描いて飛んでいく。


 ...4、3、............


 俺が投げたものは、「爆弾」だ。



 開始直後に、全員が他チームに向けて魔法を放った。


 そのときに爆弾使いのボムは、魔法で作り出した爆弾を敵に向かって投げつけたのだろう。


 その爆弾のひとつがランランの元にも飛んできた。



『時空系no.912「無機無期百八十ムキムキイチハチゼロ」』



 ランランが使った、無機物の時間を180秒間止める魔法によって爆弾は爆発していない状態で時を止めた。


 そして、魔法が切れるそのときに向けてカウントダウンを始めたのであった。



「これは、160秒後に爆発するから」



 ランランからの言葉によって、俺はランランが伝えたいことを理解した。


 「無機無期百八十ムキムキイチハチゼロ」の魔法のことは、事前の作戦会議のときに聞いていた。


 だからその言葉だけで、爆弾の状態がわかったのだ。


 ボムが爆弾を投げて、ランランが時間を止め俺に手渡すまでに20秒、そこから俺は160秒のカウントをすればこの爆弾を使うことができる。


 ダスターとの早い時間での接触は、「爆弾を有効活用」という側面で考えれば、俺にいい方向で働いた。


 その爆弾が今、ダスターに向けて飛んでいっている。


 ...2、1、............


 ダスターは俺が魔法を使えないことを知っている。


 だから、俺から魔法の何かが飛んでくることなんてありえない。


 何の反応もせずに、できずに、棒立ちのまま、そのときは来た。


 ...0


 180秒のカウントダウンが終わり、爆弾が時の束縛から解放され、ダスターの目の前で大爆発をした。


 ダスターはもろに爆発に巻き込まれることになる。


 何のガードもできていない。


 爆発の威力は想像以上に凄まじく、俺のいる場所、ダスターから3m程度では爆風から逃れるには全く足りなかった。


 俺もまた、ダスター同様に爆発によって吹っ飛ばされていった。


 何秒間か転げ回ったが、俺は何とか意識を飛ばさずにいることができた。


 ゆっくりと立ち上がり、爆発の中心部を見つめる。


 爆発によって、煙は吹っ飛ばされていて、その場の視界は悪くなかった。



 煙が晴れた先で確認できたのは、大の字で倒れているダスターの姿である。



 爆弾はたまたま手に入れた俺の戦闘手段であり、俺にはこれ以上の戦う術は本当にない。


 A級冒険者を1人倒せただけで御の字だ。



 このまま、立ち上がらないでくれ。



 俺は心の底から強く願っていた。


 もし、ダスターが立ち上がるのだとしたら、俺は紙屑のように倒されてしまうだろう。


 願いが通じたのかダスターは動かない。


 目の前で、しかもノーガードで爆発に巻き込まれたんだ、このままリタイアになってもおかしくはないのかもしれない。


 数秒間、ダスターのことを見つめて安心をしたそのときだった。



 ダスターの体がピクリと動いた。



 そして、自分の全身の状態を確認しながらゆっくりと立ち上がる。


 俺の願いは通じなかった。


 ダスターは爆発に巻き込まれた後でも戦闘をすることができた。


 爆発の衝撃で外れたんであろう、自分の近くに落ちていたメリケンサックをひとつ、またひとつと拾って装着をしていく。



 ガンッ



 ダスターがメリケンサック同士を打ち付けて、あたりに乾いた音が響いた。


 ダスターがする一連の動作を俺は見つめていることしかできない。


 動けなかった。



 ついに、ダスターが俺の方に顔を向けた。



 頭からは流血をしていて、一筋の血が垂れる。


 目は真っ赤に充血をしている。


 唇も切っている。


 そして、その表情は完全に激昂をしていた。



「ぶっ殺す」



 A級冒険者のダスターは、完全にブチギレていた。


 そして、その怒りの矛先は俺に向けられている。

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