1-35話 避けられぬ会戦
◆
大胆といえば大胆だが、無謀といえば無謀。
ボビーはそう思いつつ、宇宙戦艦エグゼクタの艦橋でその光景を観察した。
反乱軍第四軍団のほぼ全戦力がそこに集結し、陣形を組んでいる。今は密集陣形で、その艦の間を補給船が激しく行き来している。
「公爵、帝国軍の動きは?」
『艦隊がこちらに向かって亜空間航法で跳躍したのが、三時間前です』
この宙域を奇襲で占拠してすでに四時間。補給も最終段階で、万全と言える。
しかしボビーが安心できる要素にそれは含まれない。
「相手の規模は?」
『宇宙戦艦が七十五隻、機動母艦が九十隻、戦闘艦、駆逐艦、雷撃艦、多数です』
「つまり?」
『帝国軍の一個軍団規模の戦力になります』
反乱軍の一個軍団は大小含めて全部で五百隻ほどで、今、第四軍団は本来の戦力の七割しかない。つまり、三百五十隻と見ていい。そのほとんどがどこかしらにダメージがある。
しかし帝国軍はそもそも艦隊の基準が違う。帝国軍の一個軍団は全て含めて、七百隻である。
「歴史に残る戦いになるな」
ボビーの横に進み出たダイダラの言葉に、ボビーは苦笑いした。ダイダラは機動母艦から旗艦へ移っていた。
「銀河帝国が成立して、百年以上が過ぎましたが、今までにこれほどの規模の戦いはありません。数百隻同士の戦闘とは、どのようなものになるのか、想像もつきませんよ」
「しかもあんたはその指揮に加わる」
「あなたもですよ、ダイダラ」
「俺はアドバイザーさ。気が楽で助かる役目だ」
二人が笑みを向けあった時、艦橋に入ってきたのは車椅子に乗ったカーツラフだった。戦闘態勢なので誰も敬礼しないが、カーツラフに向けられる視線の多くには不安がにじみ出ていた。
「君の戦法といえばあれだな」
ボビーとダイダラが開けたモニター正面に進み出て、カーツラフがボビーに声をかける。
「ツイン・サクリファイス」
「閣下、このような時にご冗談は……」
実際、ボビーは恐縮の極みで、もう言葉を続けられなかった。
その前でカーツラフには余裕があるように見える。
「犠牲になるものは多いだろうが、それでも我々は勝たなくてはならん。理由はわかるね、大尉?」
「はい、それは確かに」
ボビーは少し姿勢を正した。珍しいことではあるが、誰も指摘しない。
「私たちは、私たちの思想や理念を、守らなければなりません」
「よろしい」
カーツラフは再び視線をモニターに向けた。
その時、索敵担当の士官が声を上げた。
「亜空間航法から離脱する兆候を確認! 正面です!」
カーツラフも、ボビーもダイダラも黙っていた。
目の前の空間に歪みが生じ、その大軍がすべて姿を表すまで、ほんの数分だった。
圧倒的威容を前にして、反乱軍の艦隊は非常に頼りなく見えた。
◆
泣き言を言い続けるダントを無視して、ポーンは彼の携帯端末を分解し、工作を続けていた。
「こいつをやるから我慢しろ」
作業の途中で、カードキーを彼に投げつける。床に落ちたそれを拾い上げても、ダントは不満げだったが、ポーンの言葉は劇的な変化を生んだ。
「俺のセーフハウスの鍵だ。自由に使え」
「え! 帝都にあるのか! どこ! なあ、どこだ!」
答えようとした時、無事なポーンの携帯端末が電子音を出した。工作を放り出し、端末を確認。設置しておいたセンサーが反応を告げている。監視カメラの映像をチェック。
黒一色で統一された、軽装の八人ほどが慎重にこのセーフハウスへ近づいてくるのがわかった。それに、その装備を持っているのは、帝国軍情報局の武装隊だと、ポーンはよく知っている。
どうやら情報局は自分たちの不祥事を自分たちだけで解決する気になったらしい。
もしここで大軍に包囲されれば、ポーンはそこで終わっていた。
「なあ、何を見ている? 早く場所を教えてくれよ」
「こいつを持ってな」
今度は小さなスイッチを投げ渡し、ポーンは工作に戻った。
「なんだよ、このスイッチ」
「俺が押せと言ったら、押せよ。躊躇わずにな」
携帯端末を横目に、ポーンは集中力を高めた。
ギリギリだった。しかし手を止めるわけにはいかない。
こんな綱渡りは、今までも何度もくぐり抜けた。どうにかなるさ。
携帯端末がもう一度、短く警告音を上げた。
◆
帝国軍艦隊から、宇宙戦艦エグゼクタに通信が入り、カーツラフがそれに応答した。
映像付きのその通信の相手は、帝国宇宙軍の将官の制服の男で、年齢は初老というところだ。ボビーは記憶を総動員して、その将官の階級を思い出そうとしたが、相手が先に名乗った。
『辺境勢力鎮圧艦隊の指揮官、エルシオン大将である』
「こちら、カーツラフ中将です」
『テロリストが階級を名乗るのも笑止、とは言えんな、そちらの戦力を見れば』
カーツラフがわずかに間をとって、まっすぐにモニターを見る。
「我々はただ自由を求めています。それだけが譲れないのです。戦いを避けることもできる」
『中将、残念ながら、我々、銀河帝国が全てを統べる権利を持つ、唯一の存在なのだ。君たちを滅ぼすことはもう決まっている。兵を引くことはない』
決裂か。ボビーはかすかに残っていた最も平和的な解決が消えたことを理解した。
『勇敢な戦いを期待しよう、テロリスト諸君』
通信が切れた。
「戦闘準備」カーツラフが指示を飛ばす。「陣形を組み直せ。事前の予定通りだ。迅速に行え」
艦橋が一気に慌ただしくなる。
「いよいよ決戦だな、ボビー」
そう言ったダイダラは、艦橋の最上部にあるスペース、そこの艦隊指揮用の巨大なパネルに視線を落している。ドグムントもいる。ボビーもそちらは歩み寄り、そこの星海図を見た。
「この陣形は長時間、維持できないぞ」
ちらっとダイダラがこちらに視線を向けるが、ボビーは無言で頷く。ドグムントもボビーを見たが、ボビーはパネルに視線を注ぎ続ける。
目の前では事前予測された戦闘の進展が繰り返し、表示されている。どれくらい、持ちこたえられるか、ボビーの思考はその一点をひたすら検討した。
情報、そして通信、この二つに全てがかかっている。
しかもこの場ではそれはどうしようもない。
反乱軍第四軍団の艦船が、素早く広がり始めていた。
◆
出来た、と呟いたが、もちろんそれで終わったわけではない。
素早くポーンは大型端末の奥に這い入り、出来上がったばかりの基盤を接続した。鈍い駆動音の後、電子音が複雑に鳴り響いた。
端末から素早く出て、操作パネルを確認。よしよし、起動した。
その大型端末は遠距離通信施設、軌道上の通信衛星を遠隔操作することができる。他のセーフハウスからも遠隔操作できる予定だったが、この端末がメインで、おそらく他のセーフハウスが利用できても、この一台の不具合で遠隔操作は不可能だったはずだ。
こうなっては他のセーフハウスが使えなかったことは幸運だった。
操作パネルの一部が機能不全だが、操作を継続。
帝星の衛星軌道上の通信衛星と接続。その前に、帝星がレベル三の通信封鎖中で、それをパスする手続きを求められた。情報局は実際の重大性を理解していないな、とポーンは苦笑いした。俺だったら最大レベルで通信封鎖する。
衛星とリンクが確立される。
服を何度変えても肌身離さず持っていたメモリーカードを端末に差し込む。情報を吸い出すのに時間がかかる。それを無駄にするわけもなく、今度は、ダントが分解しかけたのを回復させた方の端末に向かう。
帝国軍情報局のデータベースへ侵入。工作の甲斐あって、相手の防衛用人工知能は無反応。リアルタイムで情報局の思考中枢、六基並列演算の人工知能集合体の演算状態をモニタリングし始める。
大型端末から電子音。データの転送は終わった。
あとは送信するだけだ。
と、ポーンの携帯端末が短い警告を鳴らす。電子音が四回。これが五回になった時が最後の監視ラインを抜かれたことを意味する。
「行くぜ」
大型端末のパネルを叩く。パネルがちらつき、駆動音が消えた。
パネルの表示も消える。
嘘だろ……。
◆
反乱軍第四軍団は、帝国軍の鎮圧艦隊を半包囲するような陣形に移行していた。
しかしこれは誰が見ても無謀だった。
数の少ない方が数の多い方を包囲するのは、現実的ではない。少数であるが故の層の薄さが、さらに薄くなってしまうし、多数の方はその陣を抜けば挟撃が容易になる。
「ツイン・サクリファイスどころじゃないな」
すでにカタパルトに運ばれているブラックナイトの操縦席で、ケルシャーは機動母艦の索敵結果を眺めていたが、こんな愚策をボビー・ハニュウが選ぶはずもない、と自然と考えていた。
おそらく何か、奥の手があるのだろう。
帝国軍はどう対応するかと思うと、包囲されることを好まず、帝国軍も広い陣形を敷き、どうやら反乱軍と正面衝突するつもりらしい。
数に差があるために、その対処はそれほどの下策とも思えない。
反乱軍は奇策を弄する必要があるが、帝国軍は数という絶対の要素で勝っているため、平凡な手法でも、堅実に勝ちを目指せば済むはずである。
『管制より、ファントム・リーダー、聞こえるか?』
「ああ、聞こえている」
『出撃準備を整えろ。そちらは先頭だ』
ケルシャーは姿勢を整える、パネルの位置を微調整。
それから七人の部下にそれぞれ声をかけた。誰が選んだか知らないし、個々人の腕前もはっきりとは知らないが、声を聞いた限り、怯えているものはいない。
「ファントム・リーダーから管制、いつでもいいぜ」
『管制より、ファントム・リーダー。カウントダウンを始める』
メインモニターの隅に数字が表示され、二十から減っていく。
この戦闘を切り抜ければ、万々歳だ。
ジゼルのこと、何よりクリスのことが気になったが、考えている余裕はない。
数字がゼロになり、機体が高速で射出された。
(続く)
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