LS第1話第1部 均衡の破綻
1-1話 前触れのない幕開け
◆
その日も反乱軍と呼ばれる彼らの艦船の間を、違法な亜空間通信波が行き交い、海賊放送が展開されていた。
「旦那さんのその後はどうなっている? リッカ」
海賊放送「銀河の夜明け」の二代目の相棒であるショットという男性パーソナリティーに、リッカ・パルスは平然と答える。
「まず、旦那じゃないわよ。それは噂。彼は今頃、どこかで役者の勉強中よ。それに映像部門に自ら転属したんだから、もうこの番組も眼中にないかも」
そんな話をしているうちに、ちょうど時間になる。時計を見てから、リッカは構成作家の身振りを確認。両手が広げられていて、片手の親指が折られた。あと九秒か。
「じゃ、ここらでCMだけど、みんなからのメッセージ、大募集よ。CM明けを楽しみにしていてね」
ちょうど構成作家が指を全部折って、握りこぶしにする。カフをゆっくり下げた。
「はい、オッケー」
構成作家がそう言うなり、ブースの外へ。メールをプリントアウトしに行ったのだ。
リッカは飲み物を飲みつつ、元相棒のことを考えた。あの男はやると決めたら、何が何でもやる人だし、つまり努力は惜しまない。兵士からラジオパーソナリティーになって、あんなに信頼できる喋り手になったわけだし、すぐに映像にも出るでしょう。
彼女から見ると、ショットはまだ素人のようなもので、今も、無言でひたすら台本を確認している。何度か、トークは「考えるな、感じろ」だと教えているけれど、まだその真髄は彼には見えない。
ま、気楽にやればいいか。
それでもちょっとは場を温めようとリッカが口を開こうとした時、「参ったな」と言って構成作家が戻ってきた。手には一枚の紙もない。
「どうしたの? プリンターの故障? 隣のスタジオから借りてくればいいじゃない」
「プリンターじゃない、端末か、もしくはシステムだな、どうも」
「どういうこと? システム?」
「メールが受け取れないんだ。端末に呼び出せない不具合さ。あるいは、リスナーが根こそぎにいなくなって、聴取率がゼロになった」
思わず笑いつつ、リッカが時計を確認する。放送再開まであと三十秒。
「つまり、しばらくは私とショットのトークで場をつなぐ、ってことね?」
「そうなるな。今、アシスタントを他所のスタジオに走らせて、そこでメールを引っ張り出せないか、確認している。届いていないわけがないから、システムなのは確実かもね」
「わかった。良いわね? ショット。準備できている?」
ああ、とか、うん、とか、モゴモゴとした返事。
「あと十五秒。気合い入れて。番組は止まらないわよ」
構成作家が席に着き、チラチラとブースの外に通じるドアを見つつ、素早く時計を確認し、手のひらを広げる。
「大丈夫だって」リッカはショットに笑みを見せる。リラックスしてもらわないと、トチってもらっちゃ彼女が困るのだ。「私にうまく乗ってきて」
構成作家が手を握る。
カフを上げて、リッカは第一声を口にした。
「さーて、「銀河の夜明け」も後半戦よ。でもちょっとした機材トラブルで、メールが読めないの。退屈かもしれないけど、少しの間、私たちの近況でも話しましょうかね。これは秘密の情報なんだけど、帝国歴六十八年に作られたウイスキーが、コンテナ一つ分、発見された噂、知っている?」
「ウイスキー?」ショットがリッカを見る。「本物のウイスキーかい? 合成品じゃなく?」
「そうよ。ただし、反乱軍の闇に消えた、ってオチだけどね」
そんな話をしていると、アシスタントが戻ってきて、まず構成作家を見て首を振った。メールは呼び出せないらしい。リッカは即座に、次の展開を予測している。どれくらい続ければいいんだろう?
過去のメールを引っ張ってくればいいじゃないか。でも、そうか、システムが落ちていれば、それも難しいのかも。
まったく、こんなこと、初めてだ。
「おかしいぞ」
その声はリッカでもショットでも、構成作家でもなかった。
ミキサーを兼ねているディレクターが手元の携帯端末をいじっている。そこに反乱軍が構築した海賊放送用の様々なツールが入っているのだ。
しかし、ディレクターが放送中に、大きな声を上げるなんて、滅多にない。リッカはぽかんとして彼を見ていたし、ショットも困惑していた。放送作家も目が点になっている。
「こいつを見ろ、みんな」
「放送中よ、あなた。えっと、その……」
どうにか放送を継続しようとしたリッカに、ディレクターが首を振る。
「良いから。見てくれ」
ディレクターが机の上に端末を置いたので、全員がそこを覗き込んだ。
画面には星海図があり、反乱軍の拠点が点で示されている。この画面が海賊放送の受信状態を示しているのに、リッカはすぐに気づいた。海賊放送は移動中の船舶や機動艇でも聞けるが、送信状態を確認するために、宇宙母艦などからは受信状態の情報が返ってくる。
だから、その星海図にある光点は、受信状態が良好であることを示す青であるはずだ。
はずだが、ほぼ全てが赤に変わっていた。
「信じられん、システムが根本的にイかれたのか?」
ディレクターが端末の画面に触れて、一つ、また一つと赤い点を確認するが、不通である。
「どういうこと? こちらの機材の損傷って可能性は?」リッカは睨むようにディレクターを見た。「受信できない、じゃなくて、送信できていない、とか」
その言葉を受けて、ディレクターが星海図を操作し、さらに広い範囲を表示させる。
偶然だったのだろうが、その時、画面上で起こった現象は彼らを驚愕させた。
広い範囲の星海図は元々の彼らの放送範囲をわずかに超えている。真っ赤な点が散らばるエリアの外周は、薄い灰色で塗られている。そのゾーンに近い位置に、青い点がいくつか見えた。
それが見ている前で、赤に変わる。
「攻撃を受けているんじゃないか……?」
唐突に、ショットがそう口にしたので、全員が彼に注目した。
「ありえないわ、だって、ただ海賊放送を受信していないだけじゃないの?」
言いながら、そう口にしているリッカ自身、確信が音を立てて崩れていくのを感じた。
「あり得ない……」
もう一度つぶやいた時、広い範囲の星海図にある赤い点のうちの一つが、消えた。
◆
アリスン・ローディは海兵隊大尉に任官して、その上、教導隊に配属されたことで、人生の幸福を謳歌していた。
任地は反乱軍が勝手に建造した訓練基地のある、高重力惑星レドス。
反乱軍に入ったばかりのひよっこどもを徹底的に叩き潰し、性根を鍛え上げ、一流の兵士にする。
彼自身、帝国軍からひょんなことで反乱軍に鞍替えしたが、反乱軍に加入すると同時に、両親と妹は反乱軍の工作員が素早く救出し、今は二人共がそれぞれに仕事を得て、反乱軍に協力していた。
その日もアリスンは新兵四個小隊、合計三十二名をひたすら走らせていた。
「走れ走れ! 走れなくなった奴から死ぬと思え!」
三十二名を急かすように彼は最後尾を走り、遅れそうな奴を小突いて、さらに走らせる。
彼も帝国軍時代はここまでマッチョな主義の持ち主ではなかったが、何年も反乱軍の訓練基地にいたせいで、すっかり人格が変わってしまった。自分でも思うほど、様変わりしている。
しかしそれがどうした、とアリスンはいつも思う。
白兵戦なんて滅多にないし、反乱軍が地上戦をやることも滅多にない。
しかし、筋肉は裏切らない! しかし、根性は不可能を可能にする!
「さあ! 行け! それ! 走れ!」
一人脱落して、その新兵に強烈な蹴りを入れて地面に叩きつけた後、さらにもう一人が脱落しかけた。軽く小突くと、また走り出す。いいぞいいぞ、その調子だ。
大声を上げるためにアリスンは息を吸い込んだ。
小さな音がした、と思ったら、それが一瞬で轟音になった。
何が起こったのか分からなかったのは、彼の責任ではないし、訓練基地のほぼ全員が、事態をまだ把握していなかった。
爆発音と共に爆風が全てをなぎ倒し、それにアリスンも新兵も、他の兵士たちも、全部が巻き込まれた。
三半規管がぐちゃぐちゃだな、と変に冷静に思いつつ、アリスンは起き上がり、目をこすった。くそ、耳もよく聞こえない。
重力が強いので、爆煙も比較的早く消えていく。
煙が上がっているが、低くたなびくのもまた高重力ならではだな。そう思いつつ、そこじゃない、とアリスンは思考を先へ進めた。
あの位置にあるのは、シャトルの発着場か?
シャトルが爆発した? まさか。
記憶の中から、帝国軍で訓練を受けた時の体験学習が蘇った。
「こいつはまずい」
思わず呟きつつ、腰につけている連絡端末を操作する。
入力するコードは一つだけだ。
緊急事態。敵勢力が地上に出現。攻撃を受けている。
さっきの爆発は遠距離ロケット攻撃だ、間違いない。
立ち上がって、アリスンは訓練基地の司令所目指して走り始めた。耳が少しずつ回復してくる。うっすらと低音が聞こえていると思ったら、それはミサイルの推進器の音で、彼が振り返った先で、まさに彼めがけて二発のミサイルが降ってくるところだ。
閃光が走ったかと思うと、空中でミサイルが爆発。爆圧で地面に叩きつけられつつ、アリスンはどんどん冷静になっていた。
訓練基地に配備されている迎撃システムは生きている。
しかしそれも時間の問題だろう。
煙を突き抜け、建物が前方に見えてくる。空を仰いだのは、ほとんど絶望を確認するような行為だった。
空は真っ青に晴れている。
その青の中で、チカチカと何かが頻繁に瞬いていた。
くそ、宇宙でもやりあっているのか。
この宇宙でこれだけの戦闘力を持っている集団は、一つしかいない。
帝国軍だ。
(続く)
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