第10-4話 巡り会い

 思いついた発想は、倫理的にだいぶ問題だったけど、これ以外にないと思えた。

 僕は自分が保管していたスターウォッチャーの動画を、情報ネット上の有名サイトがやっている、動画コンテストに勝手に投稿した。

 ほとんどやけくそで、個人情報はデタラメで済むところはデタラメで済ませ、メールアドレスは、フリーアドレスを一つ、開設して、そのアドレスを打ち込んだ。

 投稿してからは、最初こそ落ち着かなかったものの、そのうちにほとんど忘れて、僕は受験勉強に没頭した。

 試験の日になり、僕はどうということのない、平凡な私立大学に合格し、もうそこで受験勉強を終わりにした。

 私立大学は隣の惑星にあるので、一人暮らしをする必要がある。

 この決断を伝えた時、母さんは何でもないように受け入れたけど、その日の夜は泣いているのが、漏れる声で分かった。

 父さんはあの後、何回かメールをくれて、また後方に戻った、ということだった。

 つまり、全てはとりあえず落ち着きを取り戻した、あるいは取り戻しつつあるわけだ。

 年度が切り替わる数週間前、もう高校は卒業式が終わり、僕が新しく暮らす部屋も確保された頃、何気なく端末をいじっていると、フリーアドレスの文字列とパスワードをメモしたテキストが発掘された。

 その時まで、スターウォッチャーの映像を投稿したことを、忘れていた。

 たぶん、スターウォッチャーのことを考えるのが辛すぎて、僕の心は忘れるように無意識に心がけたんだろう。

 フリーアドレスの受信メールを確認すると、どうでも良いメールが溜まっていた。

 次々と消去していくうちに、一つのメールに出会った。

 コンテストの審査委員会からのお知らせ

 そんなタイトルだった。僕は恐る恐る、そのメールを開封した。

 内容は、僕が投稿した動画が佳作に入選した、というものだ。

 驚きながら文面を読み進めると、どうも向こうはこちらとコンタクトを取りたいらしい。

 まさか入選するとは思わなかったし、しかも連絡があるとは、想像もしてなかった。

 そのメールは、受信したのは一ヶ月も前だった。

 端末で情報ネットにアクセスし、そのコンテストのサイトをチェックした。

 もう授賞式は済んでいて、受賞者の集合写真が上がっている。

 そのサイトに、受賞動画が見れるページがあり、僕が投稿したスターウォッチャーの動画も、その中に入っていた。

 僕は何か、背負っていた大きなものを下ろせたような気がした。

 これで、この件は一区切りだな。

 僕は一人暮らしのために、今の部屋の掃除を始め、様々なものを捨てていった。

 積まれている記憶装置をどうするかは、最後まで迷った。

 それは部屋に残しておくことにした。

 フラッと父さんが帰ってきたのは、僕が家を出る三日前で、本当に突然だった。

 誰かが見ている前では泣かない母さんが大泣きして、父さんも僕も困惑した。

 一晩中、三人で話をして、明け方に眠った。

 翌日は僕は父さんと母さんを二人にしてあげることにして、一日、ブラブラと生まれ育った街を見て回った。

 家に帰ると、豪勢な夕飯が出来上がっていて、話すことが尽きない三人で、賑やかに時間を過ごした。

 その夜、僕は早くベッドに入ったけど、深夜にチャイムが鳴ったのに気付き、体を起こした。

 端末はカバンの中に入っている。ディスプレイもだ。

 明かりをつけて、僕は端末を取り出した。

「嘘だろ」

 そこには、スターウォッチャーの生配信開始を告げるメッセージが表示されていた。

 ディスプレイを取り出すのも面倒で、僕は端末の画面に、映像を表示させた。

 どこかで見たことのある星が映っている。半分が夜で、半分が昼間だ。

 でも、前にスターウォッチャーの映像で見たんじゃない。もっと前に、もっと頻繁に見たことがある気がする。

 僕はしばらくその映像に見入っていた。

 どこで見たんだろう?

 確信は突然にやってきた。

 この映像は、惑星ロケロー、つまり、僕がいるこの惑星じゃないか!

 それはつまり、スターウォッチャーのカメラが今、この惑星の軌道上にいるってことだ!

 端末を手に慌てて階段を駆け下り、靴を履くのももどかしく、外へ飛び出した。

 寝静まった街の明かりは少なく、周囲は街灯以外に明かりはない。

 僕は星空を見上げた。

 もちろん、スターウォッチャーが見えるわけもない。

 でも僕は、夜空に視線を向け、時折、まだそこにスターウォッチャーがいることを確認するために、端末の映像を確認した。

「どうしたんだ? リーン」

 父さんと母さんが、一緒に外に出てきた。

「この映像、見てよ」

 僕が端末を見せると二人はすぐにその映像がロケローだと気付いたようだった。二人とも、僕より長い時間をこの惑星で過ごしているのだ。

「綺麗じゃないか。ここは夜で、時間は深夜だから、ギリギリ、映っているかどうかだな」

 冷静に父さんが指摘する。

 映像の中の夜の部分、その地平線のあたりを僕はじっと見てから、今度は視線を実際に見える地平線の方へ向ける。

 山が邪魔だ。でももしかしたら、見えるかもしれない。

 僕は端末を操作して、メッセージを送った。

「こちらから見えないのが残念です」

 スターウォッチャーが僕のことを認識していることは、疑いの余地がない。妄想じみてるけど、確信があった。

 返事はすぐに来た。

「一回きりですが、合図をします」

 合図?

 僕はじっと地平線の山の際を見ていた。

 小さな光が強くなったと思ったら、流れ星になり、消えてしまった。

 端末を見ると、生放送は終了していた。

 がっかりしたのも一瞬で、次の瞬間には真相に連想が進んだ。

 あの流れ星は、ただの流れ星じゃない。

 スターウォッチャーは、カメラが搭載されていた何かを、大気圏に落としたんだ。

 僕に合図をするために、自分はここにいると主張するように、そんなことをした。

「あら、放送は終わったの?」

 母さんが僕の端末を覗き込む。

 僕が泣いていることに、二人とも暗いせいで気付かなかった。

 それとなく目元を拭って、明るい声で二人に言った。

「たぶん、また放送されるよ。今日は終わりにして、休もう」

 家に入る前に、僕はもう一度、夜空を見上げた。

 今度は僕の方から、彼に会いに行きたい。

 でも彼は、どこにいるんだろう?

 この果てしない宇宙のどこかで、今も、どこかの惑星を写しているんだろうか。

 僕は自分の部屋のベッドから、ずっと窓の外の夜空を見ていた。


 その映像作家と知り合いになれたのは、大学生になって二年が過ぎた頃で、そろそろ進路を決める必要が生じた頃だった。

 なんでもないアルバイトのつもりで、夏休みの間、その映像作家と旅をした。

 僕は二十歳で、彼は二十六歳。

 二十六歳といっても、彼は国立大学の八回生だ、と笑って教えてくれた。

 撮影する映像は、様々な惑星の遠景を取るだけで、どういう理由があるのか、不思議だったけど特に聞かずに、僕は彼のサポートをした。

 でもある時、どうしても質問せざるをえない事態になった。

 彼の映像が、あまりにスターウォッチャーに似ているのだ。

 思い切って、そのことを尋ねると、彼は驚きのあまり、椅子から転がり落ちた。

「君は彼を知ってるのか! 僕は彼のファンだよ」

 今度は僕が驚く番だった。椅子から落ちたりはしなかったけど。

 こうして僕は、何年も前に情報ネット上で接触していた同志と出会い、それが僕の未来を決めた。

 今でも僕たちは宇宙を巡っている。

 スターウォッチャーは、もうあれきり、ネット上には、現れていない。

 僕たちのことを、スターウォッチャーと呼ぶ人もいるけど、それが違う、と僕たちはお互い、思っていた。

 僕たちはインタビューで、なんで惑星を撮影するのか、聞かれると、こう答える。

 以前、同じことをしている人がいて、僕たちは彼に魅了されました。

 彼は、流れ星になったんです。

 僕たちだって、流れ星ですよ。

 宇宙のそこここで一瞬だけ光る、流れ星。

 人間の一生なんて、そんなもんですから。

 

 そんなわけで、僕たちは、終わりなき旅を、続けている。

 





(第10話 了)

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