第7-2話 奇妙な男
それ以来、私は周囲に気を払うようになり、二度ほど、誰かに監視されている気配を感じた。
でも気配だけだ。勘違いかもしれない。
そのうちに時間も流れて、半年ほどが過ぎた。
「ドグムントさん、ちょっと良いですか?」
「何かね?」
その時、私は本社にいて、人事課の事務室で書類をさばいていた。
やってきたのは人事課の新人である。
「経理の新入社員が、話があると」
「新入社員?」
なんで人事課に来る?
たまに自分の配属先に不満があり、それを訴えに来る社員もいる。
見当はずれな主張だが、逆に処分するなら、既成事実は必要だ。
私はその社員を待たせているという小さな会議室に向かった。
「こんにちは、ドグムントさん」
そこにいたのは、例の男だった。辺境惑星の、奇妙な学生。入社していたのか。
「タター・マフィダです。お忘れでしょう?」
「いや、タターくんのことは覚えているよ」
私は席に着いた。名前を名乗ってくれて助かった、ホッとした。
彼の様子からは、配置換えを要求するような気配はない。
「何の話かな? 手短に頼むよ」
ここで強気に出て威圧するのがいつも通りのやり方だった。この圧力を受けると、圧倒されるものと、自棄になるもの、この二つに分かれるのだ。
しかしタターはどちらにもならなかった。
平然としているのだ。
「ドグムントさんにお引き合わせしたい方がいます」
「誰だね? 私用なら、今の時間は不適切だ」
「すぐ済みますよ」やはり少しも物怖じしない。「サライ、というバーに、今日の十九時に行ってください。ダーグという人が待っています。すぐわかると思います」
何の話だ?
聞き返そうとする前に、タターは立ち上がると、一礼して、部屋を出て行ってしまった。
これには逆に私の方が気を飲まれてしまった。
人事課の机に戻り、私はちょっとだけ考えた。
無視しても問題ない。
ただ、どこか無視できない響きがある。
あまりにも静かすぎて、それが逆に嫌な気配だった。
結局、私は十九時にサライというバーにいた。
入った時、一人しか客がいない。私は彼に恐る恐る、近寄った。
若い男で、こちらに人の良さそうな笑みを見せた。
「ドグムントさんですね? ダーグです。どうぞ」
進められて彼の向かいの席に座った。
居心地が悪いのは、何故だろう。
「あなたのことはよくよく調べさせたいただきました」
「私のことを?」
「ええ。ジャン・ドグムントさん。人事課の採用係主任。いい仕事です。私も共感できる」
「はあ……」
なんて答えたらいいんだろう?
そもそも、この男は何者だ?
「あなたにぜひとも参加してほしい仕事がある」
「仕事? 副業は、会社から禁止されているのです」
「副業ではなく、本業としてやって欲しいのです」
とんでもないことを言い始めた男を、私は凝視した。
「仕事を辞めろと? 私は今の仕事に満足しています。地位にも、賃金にも不満はありません。この街も、旅も、気に入っている。辞める理由はありませんし、そうしたいとも思えない」
「非常にやりがいのある仕事があるとしても、ですか?」
既視感があると思ったら、なんのことはない、自分がやっていたことが立場を逆転して起こっているだけだ。
この目の前にいる男が、学生に対する私で、私が、私と対面していた学生なんだ。
「お断りします」
事態が飲み込めれば、いかにして切り抜けるかもわかる。
ただ、ダーグも知っていたんだろう。
「反乱軍に興味はありませんか?」
私は慌てた。
反射的にバーの店内を確認するが、バーテンダーすらいなかった。それに気づいていない自分と、バーテンダーのしのび足に驚いた。
「こんなところで反乱軍の話をするのはやめてください」
タターとの面談は閉鎖空間だった。しかしこのバーは違う。他に客がいれば、何が起こるか、わからない。
「反乱軍など、おいそれと口にしては……」
「ここは安全です。ご安心を」
安心できるわけもない。
混乱の極みの私に、ダーグは冷静に告げる。
「あなたにぜひとも、参加して欲しい会合があります」
「それが、その、は、反乱、軍と、関係が?」
「行ってみればわかりますよ。これが案内状です」
差し出されたカードを私は手に取れなかった。テーブルに置かれたそれを見るしかできなかった。
「期待してしますよ。では、また、いずれ」
ダーグは席を立ち、去って行った。入れ違いのようにカウンターの中にバーテンダーが戻ってくる。そして私の前に正体のわからないカクテルを置いて、「サービスです」と言った。
私は机の上のカードを、まだ見ていた。
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